穏やかな三が日
2016/01/03
お正月の三が日がこんなにも穏やかだった事は僕の記憶にはない、今朝の三井寺への散歩も手袋が要らない程暖かく感じた。
湖岸サイクリングも風も無く湖面も波も無く、春の様に遠方は霞んでいる。もう冬は過ぎたのだろうかと錯覚するくらいの今日のお天気の中を走り帰宅した。
パソコンに写真をアップしようと机の前に座ると天井で鼠の走る音がしたので何時も脅かしてやると静かになるので天井の隅にある板をずらしカセットラジオを大音量で天井裏に流すと音はしなくなり、改めて写真をアップして琵琶湖の静かな風景を見ながら、我が家の天井裏は鼠のお陰で騒々しいが、何処かで動物が生存活動をしている事は平和の証と諦めて当分はネズミとの知恵比べが続きそうだと思いながら湖畔通信を書いた。
御幸山のオベリスク
2016/01/02
御幸山といっても三井寺の観音堂の後方に在る山だ、其処にオべりスクがと言っても古代エジプト期の記念碑があるわけが無い、以前から存在も知っていたし僕が小学生の頃から見ていたのだが何であるか知る由は無かったが、昨年にパソコンで軍都大津を調べた時に目にして気になっていた記念碑で西南戦争へ歩兵第九連隊が大津から九州へ出兵して西郷軍と戦った事に由来して建立された我が国では最初のオべりスク型の記念碑と知った。今日の三井寺への散歩で其のことを思い出し記念碑のある場所へと向かった、展望台からは整備された山道を進む、歩く傍らには猪が鼻でミミズ等を探した痕跡がいたるところに、おまけにヌタバまであり此の附近の山は猪の天国だと思いながら歩くと直ぐに記念碑のある広場に出た。
広場は冬で雑草が枯れたのか、整備されたのか以前よりも美しく感じた。我が国で最初のオベリスク型の記念碑は石組された小高い丘に堂堂と聳えている。西南戦争の翌年1878年に建立とあり台座は明治の近代的なデザインでの作りで立派なものだ。国内の戦争といっても多くの犠牲者が出たことはいうまでもない事と思いながらオべりスクを見上げた。辺りは小鳥の声がする位で静寂で心が落ち着くが、此の記念碑も軍国主義へと進んだ一里塚と・・・考えながら去年、国会で審議されて可決した新安保法制になった今では戦争が出来る国へと変わった事を危惧しながら此の場所にこれ以上戦争を記念したオべりスクが建たないことを祈りながら山道を下り家路に着いた。
2016年新春
2016/01/01
新年明けましてと素直に言えばよいのに、余計なことを思いだして来た。あの有名な一休さんの歌を「門松は、冥土の旅の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし」を・・・・深い意味は知らないがお正月が来ると口に出てくる、又一つ歳を取り76歳となる、体は小さな故障はするが概ね元気なことに感謝しながら三井寺への初詣でと散歩を兼ね、何時もどおり歩き始めた。展望台より見る眺望は視界も良く比良が雪で薄化粧をしている、此れが普段通りの冬景色と写真に撮った。そして平穏な日常が続くことを観音さまに祈った。
本年も湖畔通信をよろしく御願いします。あまり無理をせず気楽に、そして発言は自主規制する事無く個人的な考えを書いて行こうと思っています。
では素直に、あけましておめでとう御座います。
大晦日
2015/12/31
冬とは思えない少し暖かい天気になった大晦日、何時もの様に湖岸サイクリングへと出かけた。浜大津港から打出浜へと風も無く楽に走れ、静かな湖面が広がり視程も良く周囲の山々にも雪は無く春の光景を見ている様に思えた。
長閑な風景と問題を抱えた世相とのギャップをどう埋めれば心が静かになるのかと考えた、今年は余りにも大きな政治の転換と原発再稼動、そして不条理な沖縄の基地問題の政府の対応などが大きな音を立ててこの国を騒がしているのに、湖岸に佇みこんな贅沢な時間を過ごしていてよいのだろうかと、静かに過ぎ行く平和な時は何時までと不安を感じながら湖岸を走った。
今晩は三井寺の除夜の鐘、朝の散歩では三井の晩鐘で有名な鐘は綺麗に掃除されて今夜を待っている、三井寺の除夜の鐘は百八つではない、鐘には伝説があり、簡単に説明すると琵琶湖に住む竜神が漁師と結婚してある事情で自分の目玉を両方とも父子に与え、盲目となり湖中に帰ってしまう、その帰った竜神が一年に一度、大晦日の日に三井寺の鐘を出来るだけ多く撞いて父子が元気で暮していることを知らして欲しいとの願いから三井寺の除夜の鐘は参百回以上撞かれると言うお話しで近辺では誰もが知っている伝説で、今年もこの鐘の音を聞きながら歳を越そうと思った。
何故、年末に掃除
2015/12/30
年の瀬になると、何故に大掃除をしなければと毎年、考える何も一度にしなくても日常にやっておけばよい事なのにと・・・・そんな事を考えながら台所の換気扇カバーの上部の油汚れを綺麗にした。今朝の京都新聞の梵語に大掃除の事が記してあった。其の中で断捨離も興味を持ったが僕は努力をしていらない物は整理しようと考えたが最近、諦めた、あまり無理をせずに時々、捨てればと、そしてモノを買わないようにする事に徹して行けば良いと思った。梵語の終わりには大掃除は一年を感謝して行う行事とあった。
社会面では雪不足でスキー場が困っていると、そして人工雪で再開とあったが、僕はスキーは大好きで今でも滑りたいと何時も思っているが人工雪では滑りたくない、電力や資源を使い雪を人工的に作ってまでしたいとは思わない、山スキーは自分の力で山に登り、そして滑り降りてくるのが普通だと思って続けてきたが近年はスキー場で滑るのみになりましたが自然の雪が降るまで待とうと思っている。
今日も湖岸から見る比良の山並みも薄っすらと雪化粧しているだけで寂しく感じた、比良と言えば山スキーを思い出す、ゴンドラの無い時代に江若鉄道の蓬莱駅から4時間かけて雪の蓬莱山へスキー登山したことが懐かしく思い起こされてきて、暫らく蓬莱山を眺めた。
大津の商店街の歳末風景は人通りも少なく、スーパー西友が無くなった影響は大きいと感じながら絵になる商店を写真に撮った。

















