ご近所逍遥
2016/03/27
本日も予定の散歩、湖岸サイクリングを終え、午前中の日課は終了した。昼食後、お天気が崩れると思っていたら陽射しもあり、家に居るのも退屈とカメラを持って三井寺から歴史博物館へ向かい企画展、大津歴博の玉手箱を見に行き、展示の古写真等を楽しんだ後、館外の展望デッキより琵琶湖の風景を眺めるが以前と比べれば湖岸にはマンション等が増えて景観は決して素晴らしいとは思わないが、前方の視界は不思議な事に低い建物のお陰で、その部分だけが琵琶湖を望める、手前は大津商業のグランドがあり、その向かい側には低い建物がある、鉄筋コンクリート製の昭和の面影を残す官舎、所謂公務員宿舎が建っている、その場所は南から官舎、陸上競技場、そして総合グランド、野球場が広大な土地にあるが、元、陸軍歩兵第九連隊の用地に戦後、進駐軍からの返還を受けて建設され今の姿になった事等を想い出しながら、ぼんやりと我が町内の全域を眺めた。帰り道は町内をぶらりと写真を撮りながら歩いた、何時も見ていた風景が急に光を帯びて僕の前に昭和の町を再現してくれタイムスリップしたかと一瞬錯覚した。踏み切り近くの古びた旅館、販売機、そして現代的なラッピングされた電車が走り去って行く光景は、映画のシーンの中にいる様におもえた。身近なところにも写真に出来る場所があると感じた、ご近所散歩だった。家に帰り、写真をパソコンにアップしながらモニターで写真を見て何か今日の題名はと考えていると、頭に逍遥という言葉が浮かんできた、パソコンで言葉の意味を見ると自由に彼方此方、歩く事と書いてあった、今日の題名はご近所逍遥と決めた。
スノーフレーク
2016/03/26
スノーフレークと言っても食べ物ではない、僕も花の名前と知るまで少し時間がかかった、今日も湖岸を自転車で走るが写真にするものも無く、家に帰った。午後の退屈な時間を持て余し、コーヒーブレークに三井寺の茶房ながら亭に出かけた。コーヒーを注文する時に店員のNさんがスマホを見せ、庭にこんな綺麗な花が咲いているよと知らせてくれた。コーヒーを飲み終えて、Nさんに花の咲いている場所に案内してもらい小さな花の写真を撮った、名前を聞かれたが…水仙の様にも見えたが・・・判らないと答えながら写真を撮ったが上手く撮れずに止めて、別のカメラを取りに帰った。花は小さくロウアングルでしか撮る事が出来ないのでキャノンG12を持って再度、三井寺の茶房に向かった。このデジカメは故障したまま使用している、修理代が高く、このまま騙し騙し使用できればとおもいながら今に至っている。G12はモニターのアングルが自由に変えられるので重宝しているが、いざ撮影となるとピントが合いにくく工夫して何とか撮れた。家に帰りパソコンにアップして見ると其れなりに撮れていた。花の名前を調べると、スノーフレークと、そして花言葉は純情、穢れ無き心,慈愛、美とあり、その花言葉にピッタリの花とおもった。原産地はヨーロッパ中南部と、和名は鈴蘭水仙とあった、なるほど和名も良く似合うと思った。今日は小さな花と出会え写真が撮れ楽しい日となった。そしてカメラを修理に出すのも止めた。
モクレンの花
2016/03/25
湖岸サイクリングの帰り道、京阪電車石坂線の三井寺駅近くで疏水の対岸に白い花が咲いているのに気が付き、近くまで行き花を見ると直ぐにモクレンと判った、最近になってコブシとモクレンの違いは判別できる様になった、其の家の玄関前の庭には紅梅と白梅、そして見事に花を付けているモクレンの花を愛で写真に撮った。この場所は多分、京都疏水の敷地かとおもわれる、家の前の道路は狭く土の細い道で明治時代からのものと想像できおまけに小さな踏切まで在るが普段からあまり人が利用するのをあまり見かけることは無かった。改めて写真に撮るとおもしろい風景とおもった。
家に帰り何時もの様にパソコンを開き、モクレンを見ると、何と恐竜が食べていたと、恐竜と言えば白亜紀で人類の歴史を遥かに越えたモクレンの花の存在感に敬意を表しながら画面のモクレンの花を見た。
スタンドアップパドルボード?
2016/03/25
春の暖かさから冬に逆戻り、久しぶりの寒さの中、湖岸サイクリングに出かけた。浜大津港も寒さのせいか人影も少なく観光シーズンが来たとは思えない様子で、琵琶湖を眺めても冬景色、やはり、言い伝えの様に比良の八講が終らないと春が来ないと思いながら比良の方を見ると雪雲が架かり山容は見えない、打出浜を過ぎ、由美が浜に到着、湖畔から三上山を見ると湖面に人が立っている、よく見ると最近、穏やかな湖上らで流行りかけているスタンディングボードと判った、以前に浜大津の沖合いで見た時は遠くでもあり本当に人が湖上を歩いている様に見え驚いた事を思い出した。資本主義社会は人が欲しがるモノを造り続けねば持続できないと言われている、次から次えと欲望をかなえる為に走り続ける悲しい運命と、僕も若い頃は次から次へとモノを欲しがり買っていた事を思い出し今の社会のあり様を批判するのもおこがましい事だがモノに追われるシステムからは早く降りた方が良いと思うこの頃と、少し反省しながら自転車に乗り、スーパーへ買い物に向かった。
買い物を終えて打出浜の湖岸に出て湖上を見ると雪雲が消え、薄く雪化粧した比良が冬の終わりを告げているように感じた。
エシカルて何?
2016/03/24
先日、京都みなみ会館で見た映画、ザ・トゥルー・コストは消費経済の在りかたを考える機会を与えてくれた良い映画で、今日も少し考えた、パソコンで調べるとエシカルという言葉が出てきて興味深く読んだ、言葉の説明には人や社会、環境や地球にやさしくした様子、と少し大まかで理解しにくいと感じながら読んでゆくと理解できた。賢い消費者になるためには、商品のバックストーリーまで理解して買う事の大切さ、ファーストファション等の製品を生産している発展途上国の劣悪な社会環境や労働条件の悪さの中で低賃金で働く貧しい人達の事などを考えて倫理的な経営をして現地の働く人の条件を考慮したシステムで作られる商品、少し値段は高くとも品質の高い商品を選び、長く使用する方向に転換して行かねばと考えている。僕は以前からユニクロ等の製品の製造過程の事は予備知識でしっていたので、なるべく日本の商品ならモンベルを、そして外国ブランドでは以前からパタゴニアの製品は少し高いが倫理的に生産地にも配慮して造られていて一番良心的なメーカーと思っている、何時も履いているスポーツシューズもベトナム、バングラディシュ等の発展途上国で生産されている、ケミカル製品、や世界の有名ブランドの使用する皮を作るために使用される科学薬品が処理されずに川に流され、汚染された水で人体にも被害が出ていると映画の中でも訴えていた、そして現地の労働者が貴女方は私たちの血で作られた服を着ているのだと言った言葉が今も僕の心に突き刺さったままだ。少なくとも今はいている靴は現地の人の血で作られたモノと想い大切に最後まで使用しようと決めた。僕も残された人生はモノを買わず増やさず,ミニマリストにと、今頃、気のつく愚かさに恥ずかしくなった。

















