古いデジカメ
2024/11/26
古いデジカメと言っても13年前に買ったLUMIX GF1は一度も故障しなかったデジカメだ。他の一眼デジカメやコンパクトカメラは5年を待たずに故障したり修理ができなくなったが今もメインで使う事もないが健在だ。カメラも電気製品?となり大型量販店で他の電気製品と同じ扱いになった。三十年前なら町のカメラ屋や写真店のウインドウにフイルムカメラやデジカメが並んでいた。購入する時は店員がカメラの説明をしてから持ち帰った。カメラに詳しいプロフェッショナルな店員が応対した時代は過去のものとなった。カメラなんて店員さんの説明だけで十分だった。分厚い説明書を開かなくても高級機でも基本は同じだったアナログ時代を懐かしく思い出した。デジタルカメラは2年で古いと言われる時代だから13年前のデジカメはクラシックデジカメになるのかと今日、撮った写真をパソコンにアップした。
写真の一枚目二枚目はLUMIX GF1で撮影三枚目は数日前の写真です。
パブリックスペース
2024/11/25
琵琶湖岸のパブリックスペースが告示もされずに変わって行くのは良いことだろうか?と感じるのは浜大津港に観望デッキが琵琶湖疏水観光通船の船着き場に変わってしまった。工事は途中なのか簡単な柵で囲われたまま運用されているが告知されたのだろうかと不思議に感じるこの頃だ。琵琶湖は一級河川なので湖岸は国が管理しているのではとルーズな使い方にも疑問を感じた。人工湖岸から眺める唯一の楽しみは広がる琵琶湖と空の空間が演出してくれる大パノラマの風景だ。今日は一日琵琶湖と空が青の芸術を見せてくれた。
きかんしゃトーマスが止まった?
2024/11/24
きかんしゃトーマス号が止まった?別にアニメまんがの夢を見たのではない!今日、湖岸ポタリングの帰路京阪石坂線の浜大津交差点の手前の横断歩道で電車の通過を待っているとラッピング電車が止まり運転手?助手?指導員?(運転席には二人)の誰かが渡ってくださいと声を掛けてくれた。電車がいくら路面電車でも横断歩道で止まるとは思っていなかったから驚きながら電車を見ると、きかんしゃトーマスがラッピングされた電車だったので少し嬉しくなった。こんな素敵な事が出来る運転手さんもいるのだと石坂線の運行スタッフにエールを送りたくなった。園児だったらもっと喜んだのではと思いながらきかんしゃトーマスにお礼を込めててを上げて挨拶した。地元に根ざした公共交通機関ならではと石坂線に改めて親しみを感じた。そしてこれからも地元密着で京阪石坂線が続くようにと願った。
一枚目のきかんしゃトーマスラッピング電車は以前に撮影したものです。電車は石山行で後方部です。
四百年大遠忌?
2024/11/23
今日、三井寺の金堂で北政所ねね様の四百年大遠忌法要があった。午前11時からの始まる法要なので三井寺へ何時もの散歩に出かけると既に準備は完了していて寺関係の人が多く見られた。一度帰宅して10時半に向かうと既に多くの参列者は金堂に入場していた。僕は唐院から出発する僧侶の行列を写真に撮ってから入場することにした。数十年前は三井寺の行事の映像記録の仕事をしていたので懐かしく思い浮かべながら僧侶の行列を写真に撮った。青空も顔を出し僧侶の晴れやかな装束が冬空に映えた。金堂内で唱えられる声明が堂内に美しく漂うと心が鎮まった。法要が終わり外へ空を見上げ四百年の時の流れの速さに驚くと急に冬の寒さを感じた。午後はポタリングで琵琶湖へ向かうと北方に小さな虹が見えた。
ユリカモメ
2024/11/22
ユリカモメは以前なら大編隊飛行で京都へ向かう姿が見られた頃はと記憶を辿るも最近ではなく数十年前に遡らねばと記憶映像を浮かべると三井寺の展望台の上空を通過するユリカモメの羽音が飛行機のエンジン音の様に聞こえるほど大きく感じた大編隊飛行の日時の記憶は思い出せないが映像は思い浮かべる事が出来た。それほど多かったユリカモメの数は減り続けているように思った。浜大津で見かけるユリカモメの姿は少なく写真は撮れなかった。SNSの情報では膳所公園にいる事が分かり湖岸ポタリングで向かった。膳所公園湖岸に在ったエリ撤去されてからはユリカモメが少なくなったようだ。去年は撮影していなかったから確かな事は分からないが・・・膳所公園の南側湖岸から湖上を見るとユリカモメが見えた。僕の200ミリ位の望遠では捉えるのは無理だと諦めて湿地を撮っている時、眼前にユリカモメの群れが飛んできてくれた。多分、餌やり人と間違えたのだ。暫くすると湿地に掛かる橋の欄干に整列してくれた。何枚か撮影して思った写真が撮れたのでユリカモメにお礼を言って静かにその場を離れた。

















