中島省三の湖畔通信

溢れる写真

2024/11/27

スマホを開くと綺麗な写真が溢れ出てくるが脳が記憶として受け付けないのは何故と・・・脳に記憶する必要が無いからではと思った。僕は少年時代からカメラを持っていたが撮った写真の数など知れたものだ。そして記録したフイルムや写真も僕の整頓の悪さから消えてしまったものが殆どだ。でも8ミリフイルムの記録映像は21歳頃から撮影した映像はデジタル化されて残っているのは映画が好きだからだ。スチール写真は飛行機操縦に夢中になった26歳から撮り始めた航空写真もフイルムのデジタル化で残すことが出来た。でも枚数は今のデジタルカメラで撮影している枚数から比べれば僅かでフイルム写真は見れば何時撮ったかは大凡記憶を辿ることが出来るが今撮っているデジタル写真は脳には本格的に記憶されないのは脳が重要でないと判断しているからではと思うこの頃だ。そして今もフイルムで時々撮影している写真は不思議と脳に記憶する事が出来ているのは撮影枚数が少ないからだろうか?・・・
今日の写真も10年前のデジカメペンタックスK01で撮ったものです。

古いデジカメ

2024/11/26

古いデジカメと言っても13年前に買ったLUMIX GF1は一度も故障しなかったデジカメだ。他の一眼デジカメやコンパクトカメラは5年を待たずに故障したり修理ができなくなったが今もメインで使う事もないが健在だ。カメラも電気製品?となり大型量販店で他の電気製品と同じ扱いになった。三十年前なら町のカメラ屋や写真店のウインドウにフイルムカメラやデジカメが並んでいた。購入する時は店員がカメラの説明をしてから持ち帰った。カメラに詳しいプロフェッショナルな店員が応対した時代は過去のものとなった。カメラなんて店員さんの説明だけで十分だった。分厚い説明書を開かなくても高級機でも基本は同じだったアナログ時代を懐かしく思い出した。デジタルカメラは2年で古いと言われる時代だから13年前のデジカメはクラシックデジカメになるのかと今日、撮った写真をパソコンにアップした。
写真の一枚目二枚目はLUMIX GF1で撮影三枚目は数日前の写真です。

パブリックスペース

2024/11/25

琵琶湖岸のパブリックスペースが告示もされずに変わって行くのは良いことだろうか?と感じるのは浜大津港に観望デッキが琵琶湖疏水観光通船の船着き場に変わってしまった。工事は途中なのか簡単な柵で囲われたまま運用されているが告知されたのだろうかと不思議に感じるこの頃だ。琵琶湖は一級河川なので湖岸は国が管理しているのではとルーズな使い方にも疑問を感じた。人工湖岸から眺める唯一の楽しみは広がる琵琶湖と空の空間が演出してくれる大パノラマの風景だ。今日は一日琵琶湖と空が青の芸術を見せてくれた。

きかんしゃトーマスが止まった?

2024/11/24

きかんしゃトーマス号が止まった?別にアニメまんがの夢を見たのではない!今日、湖岸ポタリングの帰路京阪石坂線の浜大津交差点の手前の横断歩道で電車の通過を待っているとラッピング電車が止まり運転手?助手?指導員?(運転席には二人)の誰かが渡ってくださいと声を掛けてくれた。電車がいくら路面電車でも横断歩道で止まるとは思っていなかったから驚きながら電車を見ると、きかんしゃトーマスがラッピングされた電車だったので少し嬉しくなった。こんな素敵な事が出来る運転手さんもいるのだと石坂線の運行スタッフにエールを送りたくなった。園児だったらもっと喜んだのではと思いながらきかんしゃトーマスにお礼を込めててを上げて挨拶した。地元に根ざした公共交通機関ならではと石坂線に改めて親しみを感じた。そしてこれからも地元密着で京阪石坂線が続くようにと願った。
一枚目のきかんしゃトーマスラッピング電車は以前に撮影したものです。電車は石山行で後方部です。

四百年大遠忌?

2024/11/23

今日、三井寺の金堂で北政所ねね様の四百年大遠忌法要があった。午前11時からの始まる法要なので三井寺へ何時もの散歩に出かけると既に準備は完了していて寺関係の人が多く見られた。一度帰宅して10時半に向かうと既に多くの参列者は金堂に入場していた。僕は唐院から出発する僧侶の行列を写真に撮ってから入場することにした。数十年前は三井寺の行事の映像記録の仕事をしていたので懐かしく思い浮かべながら僧侶の行列を写真に撮った。青空も顔を出し僧侶の晴れやかな装束が冬空に映えた。金堂内で唱えられる声明が堂内に美しく漂うと心が鎮まった。法要が終わり外へ空を見上げ四百年の時の流れの速さに驚くと急に冬の寒さを感じた。午後はポタリングで琵琶湖へ向かうと北方に小さな虹が見えた。

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