廃墟の零年
2024/08/27
湖畔通信を書こうとパソコンの前に・・・付けているテレビから終わらない戦争の番組が流れていた。今、僕が読んでいる本「廃墟の零年」イアン・ブルマ著の内容にある1945年の時代、戦争が終わったから世界は何もなかったかの様に平和な時代になったのではと単純に考えていた。本を読み進む中で戦勝国、敗戦国、捕虜、抑留、処刑・・・・廃墟とかした戦争の跡地で国が正常になるまでの人間の行為や行動には言葉を失うしかない内容が語られる、戦争は戦っている間も終わっても簡単に平和にならないことを知った。テレビ(NHKのEテレ)では終わらない戦争の中で抑留の話を主題の番組と今、僕が読んでいる本「廃墟の例年」とリンクした。著者イアン・ブルマは1951年生まれだ。其の著者が記した「廃墟の零年」を8月の忌まわしい戦争の記憶の月に読み終えようと思った。
台風が近海に
2024/08/26
台風が近海にあると雲の動きが激しく空を見ていても飽きる事なく楽しめた。浜大津湖岸では風が強く吹いても湖面が波立たないのは藻が茂っているからだ。藻のない水面には波紋が美しく走っていた。打出浜の湖面を見ると緑色の湖面が人工着色した様にも見え面白かった。でもアオコでは心から楽しめ無かった。柳が崎湖畔公園の渚には藻が打ち上げられていた。台風10号が心配だ。でも琵琶湖の水位が上昇するから、台風にも期待するしかないと琵琶湖を眺めた。
活発な積乱雲
2024/08/25
今日は朝から雷鳴が聞こえ不安定な天候を知らせてくれた。幸い三井寺の散歩でも帰宅するまで雨に出会わずにすんだ。午後も夕立が来るのではと期待したが遠くで雷鳴が聞こえるだけで雨は降らなかった。夕方、湖岸へ積乱雲を撮りに出かけた。琵琶湖の周辺には積乱雲の衝立が見えた。
柳が崎水泳場
2024/08/24
今は柳が崎水泳場などは無い、柳が崎湖畔公園と名称が変わり湖畔でには泳ぐ人など見渡らないが今日は中学生と思しき少年たちが遊んでいた。少年に話しかけた。此処が水泳場だった事を知っているかと尋ねると知らないと返事がかえってきた。僕が柳が崎へ来た理由はアオコが出ているかを確かめるためだ。予想に反して透明感のある水が漣をたてていた。数日前はアオコの現象があったとSNSでの投稿を思い出した。浜大津湖岸もアオコの発生もなく水草が見えるが嵐の前の静かな琵琶湖の表情が見られた。
アオコが消えた?
2024/08/23
今日は地蔵盆、我が家の庭の小さな祠には二体の石仏(地蔵)の地蔵盆をした。三井寺から二人の尼僧さまにおまいり頂いた。祖母に地蔵様の由来を聞いたこともあり、少し記憶を辿った。僕の曾祖父さんが河川改修工事の折に出てきた石仏を持ち帰り祀ったと聞いた。詳しく尋ねる術もなく毎年、地蔵盆をするのが祖母への供養だと思った。お昼前に湖岸ポタリングで浜大津港へ向かった。心配していたアオコ状態が解消され水位低下ながら美しい琵琶湖が見られた。

















