雲に魅せられて
2024/01/17
毎日、湖岸ポタリングで琵琶湖へ向かうのは湖上の雲を見るためだ。少年時代から好きだった飛行機にも親しめ、大空が身近になった。小型飛行機を操縦して空を遊び場としていた頃は雲は友達のように・・・でも相手をしてくれるのは、小さな積雲だけだ。他の雲は高度も高く小型機では友達になってもらえない巻雲や高積雲は3000メートル以上にあり小型機では3000メートルがやっとだった。年老いて飛行機に乗ることもなくなった今、湖岸から見上げる大空の雲の魅力が最近ようやく少し分かるようになったと思うこの頃だ。地球を取り巻く薄い空気の層の中で起きる大気の循環がなければ生命は保てない、そして大海の水の循環と一体化した素晴らしいシステムが作動しているから生命体は活動出来ていると教えられたが、分かっていることは僅かの事しか解明できていないと言われている、今日も湖岸から眺める雲の情景は奇跡と思わざるを得なかった。毎日、見る雲の姿も二度と見ることの出来ない風景だ。日常だって同じ日は二度と来ないと思えば愛おしさが湧いてくる、今日も雄大で奇跡的な雲が描く超大風景の迫力は只々凄いと眺めるだけで言葉を無くした。
古民家
2024/01/16
毎日、テレビが伝える能登地震の災害状況を見ていると古民家の倒壊が多く、我が家も築100年近い古民家?に入る、耐震工事もされていないから必ず倒壊するだろうと思いながらテレビ画面を見ていると、何時起こっても不思議でないと言われている東南海地震が心配だが資金もなく耐震工事も出来ないから諦めるしか無いと思いながらテレビから離れた。13年前にリフォームした折に北側のみ少し補強はされたが多分、大きな地震がくれば倒壊は免れないと覚悟した。湖岸ポタリングではハクセキレイが足元近くまで近づいてきた。何時も写真を撮ろうと思っても動きが早くなかなかシャッターチャンスが無かった。でも幼鳥なのか自転車を降りて近づいても逃げずに写真を撮らせてくれた。何時も鳥を眺めていると、自由を考える、人間も鳥の様に自由になるには、一番にモノを捨てなければ鳥の様になれないと思いながらセグロセキレイと別れた。
二枚目の写真はハクセキレイ 最初セグロセキレイと書いていましたが親切な鳥撮りのTさんが教えてくれました。感謝 感謝です。
三井寺の御札焼き
2024/01/15
今日は正月の十五日、近くの神社では注連縄や御札を約習わしで朝から宮司さん役員らが注連縄を燃やしていた。三井寺では此処数十年前から護法善神社(千団子さん)前の広場で御札焼きが行われるようになった。神仏習合の面影を残しているのではと?思いながら僧侶が唱える、お経が唱えられる中、参列者が燃え盛る御札焼きの火の前に設えた机で焼香を済ませた。ただ燃やすだけではなく儀式となり厳かな雰囲気の中で見る炎に神秘性を感じた。能登半島の地震の大災害の復興支援は国がプロジェクトを立ち上げ本腰を入れて一刻も早い救援活動が必要だと・・・札焼きの炎に願った。
青空の日
2024/01/14
三井寺観音堂の上には展望台があり琵琶湖を一望できるが観音堂へ来た人すべてが来るわけではない、観音堂前の展望デッキから琵琶湖を眺める人が殆どだ。今日は全天青空で雲ひとつ無く雲好きの僕には写欲を無くす日となった。展望台からは伊吹山そして久しぶりに白銀に輝く比良の峰が見えた。でも大きな雪庇が出来るほど積雪量は無いようだ。もう三メートルを超す大雪にはならないと蓬莱山を眺めた。観音堂の書院では、やんばる屏風展が開かれている、僕は昨日、拝見した。画家菊田 一朗さんが、やんばるの森をテーマにした作品が飾られた室内はやんばるの森を感じさせてくれた。会期が今日まででは短すぎると思った。湖岸ポタリングも青い琵琶湖、青い空と青色世界を楽しんだ。におの浜には巨大集合住宅が姿を表した。700戸以上もの住宅が出来たのかと写真に撮った。学区の小学校や中学のキャパシティーが問題だと言われている、子どもたちへの対応が出来ているのだろうか、今日から大津市長選挙が始まったが、市政の未来はとどうなるのかと・・・・
虹を求めて・・・
2024/01/13
今、二度目の湖畔通信を打っている?というのは折角仕上げた文がキーボードに触れて消えてしまった、月に一度はそんなミスをしてしまう、気を取り直して打っているが・・・今日は朝から天候の不順で、晴れているかと思えば急に風が出て時雨る、空を見上げると青空も見え、琵琶湖の虹が見えそうなので湖岸ポタリングへ出かけた。寒く風も強い日に誰もいないのかと湖岸を走っていると写真を撮っている人を見かけた。一人は蜃気楼研究会のTさんで燕を三羽見たと教えてくれた。冬なのに・・越冬燕かと思った。そして今度は僕の友達の小学生のHくんに出会った、彼も水鳥観測やキノコに詳しい少年だ。Hくんも燕を三羽見たと僕に話してくれた。辺りを見渡しても僕の老眼では無理なようだと燕探しは諦めた。暫く湖岸を行くとカメラマンのMさんにも出会った。皆さん防寒対策はしっかりされ寒さなに負けない体制だと感心した。午後も湖岸へ虹を見に出かけた。又、蜃気楼観測のTさん出会った。少し話をしていると雪雲が迫り来るのが見え退散することにした。逃げ場所は近くのタイムへと向かった、タイムは場所が変わり公共施設の中にあり食事が主になり以前ほど寄らないが・・店に入ると同時に時雨が来た。コーヒーを飲みながら時雨を見送った。・・・・二度目の文を読み返し、やはり一度目の消えた文の方に未練を感じた。

















