世界の記憶
2023/05/25
毎日の散歩で歩く三井寺の境内に見慣れない旗が並んでいた。旗の文字を見るとユネスコの「世界の記憶」登録と大きく書かれた旗が収蔵庫前に並んでいた。三井寺の開祖円珍が平安時代の僧が9世紀に唐へ渡った時の渡航証明や、それに関する古文書が人類の財産として保護するユネスコの「世界の記憶」に登録されることに決まった。それを記念して今日から収蔵庫で国宝の古文書が展示が始まった。三井寺の光浄院での記者発表後、テレビ各社が大きく取り上げニュースとして放映した。今日も三井寺の境内は静かな佇まいだ。ニュースがきっかけになり三井寺の賑わいに繋がると良いのにとおもった。
何でもない日・・
2023/05/24
何でもない日、そんな日はないとパソコンの前に座り湖畔通信を書こうとしている・・・毎日の散歩で通る疏水鹿関橋の上から閘門を見ると電動化が完成したのか工事関係者の姿はなかった。手動では三十分かかるが電動にすると5分ほどで開閉できるらしい、観光通船の見せ場のために明治に作られた閘門を自動化しては文化的な価値が半減するのではと閘門を見た。そして疏水両側の堰堤の除草作業がはじまりアザミの花も刈り取られてしまった。情緒など現代生活には必要ないと言わんばかりだ。三井寺の境内は舗装されておらず、僕の少年時代の道路が残っている様な感覚になれる場所だ。志納所に務める人が道に水を撒いているのは車が通ると土埃が立つからだ。少年時代に散水車が道路に水を撒いていたことも懐かしい思い出となった。土煙を上げて車が走っていた時代は心に余裕があったのか、それを夏の風景として受け入れていた時代があった。風鈴の音を聞いて暑さを和らげ、夜は家の前に床几をだし大人たちは将棋を、子どもたちは花火などを楽しんだ夏の夜の思い出には暑さよりも涼しさを感じたのは情緒が豊かな時代だったからだ。そんな事を思い出した何でもない日も悪くないとおもった。
波の彼方
2023/05/23
今日の琵琶湖は午前中は黄砂の影響で視程も悪く打出浜からの眺めもイマイチだった。湖岸では除草作業が進んでいた。最近では駆除対象のオオバナミズキンバイの花やキショウブも見かけなくなった。午後遅く二度目の湖岸ポタリングに出かけ、打出浜から琵琶湖を見ると白波が立ち湖上は荒れていた。湖岸に佇んで波の彼方を見ていると、僕はやはり福井若狭の原発が気になるのが高浜と美浜の老朽原発の再稼働問題だ。40年超え原発が再稼働され、もし事故でも起こせば今日の様に北西風が強ければ、一時間も掛からずに放射能を帯びた雲が琵琶湖を覆い始め、近畿1400万人の命の水が放射能に汚染されればどの様な事態になることは誰でも想像できる、原発事故防止のためにも絶対老朽原発の再稼働には反対しなければと波の彼方を見た。
G7サミット
2023/05/22
広島で開催された、主要七カ国首脳会議が昨日無事終了し、テレビが主催国日本での会議が成功裏に終わったと大々的に報道されていた。僕ら一般視聴者には何が成功なのか分からない、イベントみたいなセレモニーだけが表立って見えただけではと思うだけだ。原爆が投下されて今年で78年を迎えるのに未だ世界では核兵器を大量に保有し続けている国や新たに核の保有を目指す国らの多い現実に虚しさを感じるばかりだ。中国やロシアが参加しない国際会議は本当に大事な問題を議論できるのだろうかとおもった。ウクライナとロシアの戦争も一年以上が過ぎても停戦のきざしもなくウクライナから要求される武器を供給するばかりの現状を見て、ボブ・ディランの「風に吹かれて」の歌詞を思い出した。どれだけ砲弾が飛び交えば、撃つことを止めることができるのだろう・・どれくらいの人が死ねば あまり多くの人が死んだことに気づくのだろう 此の歌をどれだけ多くの人がきいたのだろうかと思いながらウクライナで続くロシアの侵略戦争が早く終結することを祈りながら朝刊(朝日)のG7サミットの記事を読んだ。
打出浜の湖岸にドクダミの花が咲いていた。僕の子供の頃、祖母が十薬と言っていた。そして記憶では子供同士のケンカで腕を噛まれた時祖母が十薬を腕に当ててくれたことを懐かしく思い出した。僕は十字の白い花が好きなのは幼い頃に十薬(ドクダミ)に助けられたから・・・
緑色の自転車
2023/05/21
夕方近く、疏水に掛かる鹿関橋の上で犬を連れたご近所の人数人が談笑していたので自転車を降りて話に加わった。心地よい風が吹く中で何気ない話をしていると、緑色の自転車に乗り片手には金属の花瓶に生けられた花を携えた青年が近くの橋の欄干で自転車を止めて会釈した。親しみを感じる好青年に我ら老人も気楽に会話に入った。青年は大津、特に此のあたりの環境を開口一番に褒めたので初対面のぎこちさはなく話に入れた。僕は自転車が緑一色でタイヤまでも緑色の自転車は始めてみたから自転車の話題から話し始めた。話しているうちに青年からでるオーラにモノづくりの雰囲気を感じた。そして彼は編集者であることが分かった。そして彼はカバンから小さな(タブロイド判?)新聞を皆に手渡してくれた。僕は手渡された新聞を湖岸ポタリングから帰宅後読んだ。その新聞は「人民新聞」と書かれ、徴用工問題を第一面に取り上げていた。そしてマイナンバーカードやカジノ問題、環境問題、ラテンアメリカの民衆芸術らと大きな新聞が取材しない社会の問題を取り上げた紙面に本来のジャーナリズムを感じた。青年は別れ際に僕のスマホに名前らの情報を入れてくれた。少し話をすると僕の友人池田さんとも知り合いであることを知り世の中の狭さに少し驚いた。今日は緑の自転車に乗った素晴らしい若者に会え刺激を受け充実した日となった。

















