休日叙景
2022/11/20
毎日の散歩も冬場は遅く朝の九時半頃に家を出る、今日は休日で三井寺の境内は紅葉を楽しみに訪れた観光客の姿が見られた。久しぶりに旗を持ったバスガイドさんを見かけスマホで撮った。三年ものコロナ禍の影響で観光バスの姿を見かけるのは少なくなった。少人数が乗った大型の観光バスが殆どで、それも偶に見かけるだけだったが、最近は満席の観光バスを見かけるようになった。三井寺の駐車場にも大型観光バスが数台留まっていた。浜大津港ターミナルは賑わいは以前ほどではないが徐々に客は戻って来ているがインバウンドの様な賑わいには程遠いと思った。今日もシラサギくんは浜大津港の湖岸で餌取りをしていた。水位が低くなり湖岸の浅瀬に寄ってくる小魚が獲りやすくなったからではと思った。湖上を見ると今年は水位が低かった所為で水草が育ったのか小さな茂原があり水鳥の格好の遊び場のようで水鳥が多く群れていた。
写真一枚目はスマホからの転載です。
古いデジカメを持ち出して
2022/11/19
今日のカメラ散歩は福島の友人Hさんが数年前に送ってくれたデジカメ、ニコンD300は15年前に製造された、今では古いカメラを持ち出した。友人Hさんは癌で闘病中だ、友人が使っていたデジカメは今でも充分に写真が撮れる名機だ。朝の散歩、そして湖岸ポタリングで数十枚撮った。今日も浜大津の湖岸には件のシラサギくんが人を恐れることもなく餌取りをしていた。シラサギくんの祖先は恐竜だ。ホモ・サピエンスの7万年の歴史を遥かに凌ぐ、今から6000万年前に滅びたと言われている、そして地球上で1億6000万年もの長い間栄えた動物は恐竜だけだ。そんな恐竜を祖先に持つシラサギは凄いと思った。湖畔のシラサギくんは最近、人が近づいても飛び立たずに餌探しに夢中だ。シラサギは普通は人が近づくと飛び立ち逃げ去るのが普通だが、でも此のシラサギくんは逃げない、学習能力で得たのか、人を認知しているようだ。今日も人が近づいてスマホで写真を撮っても平気で餌を探していた。僕は飛行機やグライダーやパラグライダーで空を飛んでいたが鳥のようにはなれないと諦めた。人は自分の体だけでは飛べない、何らかの道具を使わなければ空中を飛行することは不可能だ。今も鳥に憧れるのは自由に体一つで好きな場所へ行けるからだ。曲がりくねった道を進む必要もなく最短距離で目的地に向かえる鳥は凄いと憧れをもって何時も空を見ているホモ・サピエンスだ。
フイルムカメラのシャッター音
2022/11/18
カメラと言えばフイルムを入れなければ写真が撮れなかった時代を過ごした、僕は今でも時々、フイルムをカメラに入れて撮影を楽しんでいる、今日は友人のSさんが親類からもらった、ニコマート(フイルムカメラ)を持て遊びに来た。ニコマートはニコンFの廉価版として1960年代で人気があったカメラだ。頑丈で精密感あふれるカメラは50年以上経った今もフイルムを入れれば写真が撮れる名機だ。Sさんのカメラは露出計が故障しているから露出は?とデジカメのオートカメラに馴れた事もあり、もう一度フイルムカメラの使い方を尋ねるために・・・僕も久しぶりに晴れの16を思い出すも、やはり露出計を持って友人と三井寺へ紅葉を撮りに出かけた。三井寺の紅葉は見頃で大勢の観光客で賑わっていた。ネガフイルムでの露出はシビアでないからと露出計の指針を読みSさんに伝えた。紅葉と建物を入れSさんが真剣に構図を決めてシャッターを押すと懐かしいパシャとシャッター音がした。久しぶりにカメラのシャッター音を聞くと、懐かしいカメラ少年の時代が蘇ってきた。でもフイルムカメラの時代には戻る事はないと、テクノロジーの進化は之から先、デジカメに代わる未来のカメラはと考えた。カメラと呼ぶ映像記録装置は別名になっていると、もしかしたらホモ・サピエンスの時代は終わっているのではと思った。
賑わう湖上・・・
2022/11/17
晩秋の琵琶湖の湖面は渡り鳥の大群で賑わっている、何時もならオオバンが多いが、今年はマガモやキンクロハジロが目立つ、ユリカモメは最近、少し見かけたが今日は見かけなかった。そして湖岸には狩りの名手のチュウサギ君が餌を探していた。此のシラサギは人を認知しているのか人が三メートルの距離に近づいても逃げない、僕も毎日と言っていいほど顔を会わしているから認知されていると、今日も二メートルに距離を詰めても飛び立たない、本当は飛び立つシーンを撮りたかったが諦めて広い構図で撮った。今日は暖かく午後遅く湖岸へ向かった。ベンチで文庫本を読みながらマジックアワーを待った。本を閉じて湖畔へ向かうと件のシラサギ君が佇んで哲学しているように見えた。シラサギ君は息を凝らし神経を集中して餌を探しているだけだが絵になるとデジカメのシャッターを押した。マジックアワーの美しい琵琶湖に佇んでいると浮世の悩みを忘れた。
二枚目写真は疎水閘門の工事、僕は閘門の扉がモーターで動作さすための工事かと思っていたら、閘門扉を切断して取り外し、新しく製作する?大掛かりな工事とは思っていなかった。
太陽のスポットライト
2022/11/16
去年の秋よりも今年の秋は短く感じるのは気候変動の影響かと思った。夕方、湖岸ポタリングに向かうと観光船ミシガン号がスポットライトに照らされ浜大津港第二桟橋に接岸した?浜大津港に大きなスポットライトなどの設備はなく、晩秋の太陽光線が雲?建物?に遮られ、限られた光線だけがミシガン号に当てられた様に見え、背景は影で黒いから余計にスポットライト効果が感じられた。陰りを感じる黄昏時の光には憂いを感じた。打出浜から湖上を見ると、此方は夕日が分断された様に見えた。琵琶湖は少し風もあり冬が近いことを知らせているようにおもった。湖岸に佇んでいると一抹の寂しさを感じるのは、最近、年上の友人が亡くなったからだ。長年、山スキーでお世話になったNさんが8月に他界されたことを知った。遠くは新潟の浅草岳、そして御岳、乗鞍、白山へ、山スキーに連れてもらった事は遠い思い出になってしまうのかと、新雪の斜面をテレマークスキーや山スキーで滑り降りた快感は今も忘れることは出来ないと山スキーの大先輩Nさんの冥福を黄昏の空に祈った。