アオコは復活した。
2023/09/26
琵琶湖にアオコが発生すると僕は琵琶湖の富栄養化が気になるが滋賀県もアオコの詳細を発表しないし新聞やテレビも以前ほど琵琶湖の環境問題には無関心なのか報道が少なくなった。1980年代はメディアが琵琶湖の環境問題を良く取り上げていた時代があった。僕も自主制作映画で琵琶湖の環境問題をテーマーにして毎年発表していたから良く取材を受けた。僕は久しぶりにビデオカメラを持って柳が崎湖岸へ昨日に続き今日も撮影に向かった。家から自転車で10分少しで柳が崎湖岸へ行けるから便利だ。3日前の日曜日にアオコが発生していた柳が崎湖岸ではデジカメでアオコの様子を撮ったがビデオカメラは持参しなかったのは残念だった。久しぶりに見るアオコの発生に少し驚いた。富栄養化の象徴として琵琶湖にアオコが出ることは由々しきことだと滋賀大学教授の鈴木紀雄先生が生前良く言っておられた。外国ではアオコの水を飲んだ牛が肝臓をやられて死んだ話をよくされた。現在は市民の立場で琵琶湖の環境を語る大学の先生や研究者は殆どいなくなり御用学者ばかりになったと思うこの頃だ。アオコが柳が崎で大発生しているにも関わらず滋賀県の発表もなくテレビや新聞も報道していない。滋賀県はジャーナリストがいないのかと思うと悲しくなった。今日のアオコは緑色のペンキを流した様な状態のところもあり危機を感じた。午前中の取材では子供がアオコの湖水に入っているのには驚いた。僕がアオコをご存知ですかと聞くと知らないと答えたので、簡単な説明をして、危険ではないが、帰るときは水道水で子供の足を洗ったほうが良いと伝え、水泳場でないから湖水には入らないように伝え別れた。午後も気になり出かけた。柳が崎のアオコなど誰も関心ないのか散歩する人は湖岸へ近づくこともなかった。アオコは一段と酷くになっていた。研究者で無い僕はアオコの詳しいことは分からないが琵琶湖にとっては大変な問題ではないのかとアオコをビデオカメラで撮った。僕は琵琶湖からメッセージは受け止めたつもりだ。ホモサピエンスの経済活動らで地球の6回目の絶滅が危惧され、それも多重絶滅と言われている現在、琵琶湖の環境問題にも目を向けるのも大切なことだとおもった。
アオコは消えた。
2023/09/25
昨日、柳が崎湖畔公園の湖岸で発生したアオコの様子を見に出かけた。今日は湖上は風と波があり湖面を見るとアオコ状態は消えていた。でも湖水は透明に近いが少し緑色が残っていて、デジカメで撮った写真で確認すると湖面は緑色していた。湖畔に佇んで湖面を眺め、概ねアオコは消えたとのではと思った。また何時アオコが復活するか分からない状況だと思った。帰路、家に向かわずに浜大津港へ向かい、湖面を見ると透明度もありアオコの心配は無かった。打出浜湖岸では久しぶりにキノコ少年?Hくん親子に出会った。今日は湖岸探索で植物の写真を撮っていた。水鳥の事を尋ねると、カモ類の第一陣が到着したと教えてくれた。ふと足下を見ると彼岸花が咲いているのが目に止まった。遠くへ出かけなくても彼岸花は打出浜湖岸でも咲いていた。でも三本と少なく見つけるのは至難の技と思った。琵琶湖は間もなく渡り鳥の楽園と化し賑やかになると想像した。空を見上げると秋の雲が出ていた。夕方のテレビの気象の時間で秋の雲の様子を砂と言う事を知った。明日はお天気が下り坂ではと空を見上げた。
柳が崎湖畔でアオコが見られた。
2023/09/24
今日も朝から爽やかな風が涼しさを誘った。3日前の暑さが嘘のように思えた。午前中の琵琶湖は視程良好で雲ひとつ無い青空が秋を感じさせてくれた。午後は彼岸花を探して南志賀へ向かった。最初、近江神宮近くの柳川で彼岸花を探すも見つからなかった。京阪石坂線の南滋賀駅付近の稲刈りの終わった田んぼのあぜ道で彼岸花を見つけた。だが風景写真としては絵になりにくく、花だけを撮った。辺りを探すも見つからなかった。彼岸花がこんなにも少なくなったと実感した。折角、遠くまで来たのに期待した成果は無かった。帰路、柳が崎湖畔公園へ寄った。砂浜はグリーンビーチへと変わっていた。狭くなった砂浜に出て琵琶湖を眺めて、足下をみるとアオコで緑色の湖面が広がっていた。少し驚いたのは午前中に見た浜大津湖岸では透明度もあり、まさかアオコが発生しているとは予想していなかったからだ。琵琶湖の富栄養化はやはり進んでいるのかと心配になった。琵琶湖のアオコは1983年9月に南湖で発見されたのが最初だ。そして1994年には北湖でも発生が確認された。僕も1994年のアオコはヘリから撮影した。美しかった琵琶湖の北湖にアオコが出たことにショックを受けた。大津JC在籍中の折、琵琶湖の環境映画の撮影を担当している1968年頃に長野県の諏訪湖のアオコを見たのが僕がアオコを見たのが最初だった。アオコの危険性は自主制作映画でもお世話になった滋賀大学教授の鈴木紀雄先生がアオコの怖さを何時も話されていたことをアオコが出るたびに思い出し琵琶湖の環境は大丈夫かと・・今日も柳が崎のアオコを見て琵琶湖が心配になってきた。アオコに関しては近年、メディアもあまり取り上げなくなったのは何故だろうと思った。
今日がお彼岸の中日
2023/09/23
昨日の湖畔通信に彼岸の中日と載せてしまったが、今朝の三井寺の散歩で観音堂の柱に彼岸の中日の法要が在ることを告げていた、それを見て今日が中日だと気がついた、でも昨日も観音堂の柱には彼岸中日法要と書かれていたから、お寺が間違えることはないと・・・看板には中日とあったから信じてしまった僕が悪いのか看板を出した観音堂の関係者も間違えていたのかも?と考えた。今日は僕の祖母もよく口にしていた、暑さ寒さも彼岸まで、を思い出した。昨日とは打って変わって急に涼しくなった。先人の諺は地球温暖化になっても通用すると感心しながら空を見上げた。琵琶湖岸では祭日で釣りびとが多く見られた。気温が下がり昨日見かけたヒメアカタテハ蝶の姿は無かった。琵琶湖上空を白線が青空を横切っていた。飛行機雲はお天気が下り坂のサインとして有名だ。明日のお天気は?・・・・
ヒメアカタテハ
2023/09/22
今日はお彼岸のお中日、三井寺の観音堂には幕が張られていた。やはりお彼岸は季節の変わり目、昨日までの暑さも和らぎ観音堂への石段上りも汗もかかずにすんだ。大門通りを下る頃に雨が降り出した。降水確率10%の予報だったので傘を持たなかった。でも家の近くで濡れずに済んだ。午後は雨が上がり、僕はお彼岸のお墓参りに出かけた。お墓は長等山の麓で自転車で5分ほどの距離だ。花を手向け線香、ろうそくを付けてご先祖様に感謝した。帰路、空を見上げると秋を想わせる青空が広がり雲の美術館が開館した。帰宅後、カメラを持って湖岸へ急いだ。浜大津湖岸から琵琶湖を眺め季節は秋へと変わったと感じた。足元を見ると蝶が舞っていた。ツマグロヒョウモン蝶ではとカメラを向けるも飛び去られた。昆虫写真の極意は相手が来るのを花の傍で待つのが肝心だと聞いた。待つこと暫し蝶が戻ってきた。気配を消した訳でも無いのに蝶は花蜜を吸うのに集中しているのかカメラを20センチくらい近づいても逃げなかった。彼方此方と移動するが手の届く範囲で簡単に撮影できたのは初めてだ。カメラを蝶に近づけ過ぎて逃げ去るも、暫く待てば蝶は同じ花に帰ってくることも分かり俄昆虫カメラマンになった気分だ。スマホで撮った写真をぐうぐるレンズで探ると蝶はヒメアカタテハ蝶と分かった。そして此の蝶は世界中何処でも見られるとあった。でも個体数が少ないので簡単には見られないとあり、写真に撮れたことが少し嬉しくなった。花の名前もシロバナサクラタデと分かった。湖畔の何でも無い花にもゆかしき名前があるのだと感心した。図書館や図鑑を見なくても、スマホで調べる事が出来る便利な時代は本当に良いことなのだろうかと考えた。
蝶の写真は明日も載せる予定だ。

















