雪雲の琵琶湖夕景
2023/01/21
昨日に続き素晴らしい雪雲の琵琶湖を楽しませてもらった。浜大津湖岸に佇んで眺める琵琶湖夕景の迫力ある光景を眺めていると日頃の小さな悩みなど消えてしまった。毎日、デジカメで記録写真的に撮っているが、実際の僕の感じている大気の移ろいの中で繰り広げられる迫力を写真で伝えることは不可能なことだと思いながら今日もデジカメのシャッターを切った。
今日、読書中の「死にがいを 求めて 生きているの」(朝井リョウ著)を読み終えた。久しぶり青春物?少年から青年が生きる平成時代の物語は僕の生きた戦後20年の少年時代から青年時代とのギャップを感じながらも楽しく読めたのは、僕を平成時代の少年に若返りさせてくれたからかも???自分にとっての死にがいは???
雪雲が・・・
2023/01/20
テレビの天気予報が、10年に一度の大雪が予想されると伝えたいた。危機感を伝える常套句で何十年に一度は良く使用される言葉で、何回も使用されオオカミ少年の例えになってしまったのではとおもった。夕方近く湖岸へ向かうと、雪雲が琵琶湖を覆い始めた様に見え、北西風も強まって来た。明日は三井寺の雪景色が見られるのではと雪雲を見た。明日は雪が積もれば、クロカンスキーを履きたいところだが、6年前の怪我の事もあり諦めなければと人工骨頭の左足を触った。
マカロンのお店が・・・
2023/01/19
湖岸ポタリングで走るのは、琵琶湖の側を走る遊歩道で自転車はゆっくり走るのがマナーだ。以前なら石山辺りまで走ったが最近は、におの浜で折り返すことが多くなった。風が強い日は湖岸道路か市内へ入る、数日前、島の関から市内へ向かうと、新しく出来たお店が目に留まった。開店祝いの胡蝶蘭が飾られている、開店したばかりのお店の中へ入った。お店の人達の自然な応対が初めて入る店の緊張感を和らげてくれた。店長と思しき職人さんの物腰に柔らかさが、楽しい会話へと導いてくれた。僕はマカロン三個を買った。そして店員さんの対応も日常会話の様で、爽やかさを感じた。店員さんからフードロスを避けるためといって、商品化できないマカロンを頂いた。(そのマカロンは売り物と違うのは少しヒビが入っているだけで味や見かけは変わらなかった)帰宅後、食すると、今まで食べたマカロンとは別次元の美味しさだった。やっと大津にも自慢できる美味しい洋菓子店(マカロン)の店が出来、これからが楽しみだ。そして琵琶湖では久しぶりに美味しい夕景が見られた。
マカロンのお店は島の関にあり、営業日は木、金、土曜日の週三日間の営業だ。名前はフューズと書いてあるだけでした。
去るモノ来るもの
2023/01/18
お天気が優れないと気分までもネガティブになると曇空を見上げた。三井寺の散歩は最近デジカメを持たずに出かけることが多くなった。冬場は撮るものも無いからだ。湖岸ポタリングも最近は休憩場所のカフェが無くなり、打出浜で引き返す事が多くなった。打出浜の琵琶湖文化館は足場が組み上がり、幕で囲われ始めた、そして屋根上の大トンボのあきつ君にも足場が組まれ、間もなく取り外される、あきつ君をデジカメで撮った。帰り道、疎水に掛かる北国橋から閘門工事の様子見ると、新しい閘門の扉の取り付け作業が行われていた。現代のAIテクノロジーを利用して製作された門扉なら簡単に取り付け出来るとおもっていたら、作業は手間取っている様に見えた。取り付けは人間によるアナログ作業だ。暫く見ていたが、カンカンとハンマーなどで調整しているが上手く出来ないように見えた。大きな門扉は以前のデザインの方が良かったのではとデジカメで撮った。クレーン吊るされた門扉はまた水平に戻され地面に降ろされた。電動化された閘門は観光通船が通る度に開閉されると聞いている、頻繁に開閉して故障しないのかと心配するのは余計なことだと北国橋を離れた。
最近、読んだ小説、今読んでいる小説
2023/01/17
僕の読書は気の向いた時に一時間から二時間までの短い時間だ、何時も行く中井書店の店主が伊坂幸太郎の「シーソーモンスター」を注文した訳でないが僕が伊坂幸太郎の小説が好きなので取り寄せておいてくれたので買った。今までの小説とは少し趣向が変わっていた。8作家が「共通のルールを決めて、原始から未来までの歴史物語をみんなでいっせいにかきませんか?」と伊坂幸太郎氏が呼びかけて始まった8作家による競作企画の文庫本を読んだ。全部の作家さんを読むつもりはないが・・・まず最初に伊坂幸太郎を選んだのは正解だった。物語は昭和後期「シーソーモンスター」はテンポ良く進む国内情報機関?の活躍?する家族の中で起きる話しは楽しく読めた。近未来「スピンモンスター」は近未来のAIテクノロジーが進んだ我が国での物語も、8作家競作の共通点?の山族と海族の問題が絡んだ話も伊坂ファンを喜ばせてくれた。そして今、読んでいるのが朝井リョウの「死にがいを 求めて 生きるの 」は平成時代が舞台で、今の時代で感覚も分かりやすく読み進んでいる、少年少女から青年へと舞台を変えながら進む物語は、自分の少年時代、青年時代の過ごした、心情を思い返したり、反省したり、思い上がった考えなどが恥ずかしく浮かんだりしながら読み進む物語は伊坂幸太郎の小説とは別の味わいが感じられた。もうすぐ読み終えてしまうが8作家の中、まだ選んで読む予定はないが山族や海族に興味が湧けば読むつもりだ。

















