中島省三の湖畔通信

何でもない写真

2022/11/28

何でもない写真、と題してブログを書いていた時もあった。20十年ほど前に京都の湯川書房で東京の友人Yさんの企画で「何でもない写真」展をしたことを思い出した。Yさんに宛てた写真ハガキの題名が何でもない写真だった。其のハガキを使った、写真展は湯川書房の小さなスペースに展示された。今でもYさんの洒落た展示を思い出す、もう一度何でもない写真で展示会をしてみたいと思った。今日は久しぶりの何でもない写真を撮ってみた。

大銀杏の木

2022/11/27

膳所のスーパーまで買い物に出かけた序に和田神社の大銀杏の黄葉を見に寄った。先日とは違い一段と黄色くなった葉が青空に映えていた。風で時折ハラハラと舞い落ちる銀杏の葉が秋の陽を受け輝いていた。黄色の絨毯も厚みを増してきた。晩秋は短く厳しい冬が近づく気配を感じた。帰路、浜大津アーカスの側を通ると閉館して7ヶ月も経った元アレックスシネマの人の気配の無い窓が見え、寂しく感じた。午後は久しぶりにパソコンでプライムビデオの映画を見ることにした。友人のMOROさんが推薦してくれた「ダゲール街の人々」(1975年・監督アニエス・ヴァルダ)を見た。ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールは1893年に銀板写真を発明した有名な人だ。其の名前を冠したパリのダゲール街の商店の人達をドキュメントした映画は未だテクノロジー文明に侵されていない人間が喜々として暮した時代を思い浮かべながら楽しい時間を過ごした。アニエス・ヴァルダ監督は女性の優しい目線で撮る映画は名作も多いが、僕は以前見た「落穂ひろい」のドキュメンタリー映画を見たことを思い出した。そしてダゲール街の商店街は大津の商店街の1975年と似ているような気がした。僕も商店街を題材にして8ミリ映画を撮ったが、もう少し丁寧に街で働く人を撮っておけばと悔やんだ。パリのダゲール街のお店は現在も商いをしているのだろうか?、大津の商店街の様にシャッターが閉まって寂れているのだろうかと・・いや今も映画のシーンの様な商店街が残っていて欲しいと思いながら見終えた。

個人情報

2022/11/26

僕は個人情報など既にグウグルやフェイスブックら読み取られていると感じている、でも僕の個人情報など取るにたらないものだ。人間の脳なら直ぐに忘れ去られる事までコンピュターは記憶しているから怖いと思った。国会の答弁を見ていると、政治家の脳は殆ど記憶能力がないのは周知の通りだ。予てから政治家になれば即、人工記憶装置を脳に埋め込むのが政治家の条件にすれば漫才みたいな答弁を聞かずに済むとおもった。それにしても自分ながら感心することがある、毎日、SNSに投稿するためスマホで写真を撮っていることだ。パソコンのブログ用にはデジカメで写真を撮っているから毎日、最低でも60回シャッターを押していることになる、フイルム時代なら一月分だと、自分が既に現代のテクノロジー文明の虜になっていると改めて自覚した。情報をタダで得る代わりに個人情報もタダで吸い取られている現状を打開するにはどうすれば・・・・簡単なのは一切を遮断して山に篭もることも一つのあり方だが・・・ネアンデルタール人なら可能だが脆弱な年金爺のホモ・サピエンスには無理だとおもった。後、何年、生きられる分からないが、このまま情報網に繋がったまま朽ち果てるのも癪にさわるとスマホを机に置くのが関の山だ。

今日もスマホカメラが活躍した。誰でもがカメラマンの時代に改めてデジカメで撮る意味を考えてみると、自己満足の字が脳に浮かんだ。
三枚目の写真はフルサイズのデジイチで撮った。

暖かい晩秋

2022/11/25

秋晴れの中、三井寺の散歩を楽しんだ。三年間も続いている新型コロナウイルス感染症は終息は見えないが、去年と違い大型の観光バスも時々見かけるようになった。修学旅行も増え中学生や高校生の姿を見かけるようになった。コロナの絶滅は難しいようだ、治療薬が出来れば普通の風邪にすれば社会は大きく変化するのではと思った。今年の晩秋は少し暖かく、やはり温暖化は着実に進んでいるとおもった。琵琶湖も低水位のままでは冬場の渇水が心配だ。浜大津港でユリカモメを見かけるも数羽と近年で一番少ないとおもった。そして虹が発生する回数も少なく毎年、年賀状用に虹の写真を撮るのだが今年は未だ撮れずにいる、虹の写真が撮れなければ年賀状は止めても良いと思った。

スポーツ観戦

2022/11/24

子供の頃からスポーツ観戦は好きでなかったので(落ち着きのない子?)、野球は少年時代、近江球場でプロ野球のオープン戦を一度見ただけだ。甲子園には一度も出かけたことがない、勝負ごとが好きでないのは、何時も負けると思っているからだ(自信が無い子)。勝ち負けを決めるゲームやスポーツは勝てば気分は高揚するが負ければ面白くないから、勝負で決めるモノは嫌いだった。柔道も数年、道場に通ったが練習は楽しいが、試合は嫌いだったので大会に出たのは一回だった。生涯を通じて楽しんだのは、登山に始まりスキーやサイクリングそしてスカイスポーツのパラグライダーや飛行機操縦も一人で楽しむスポーツなので好きだった。勝ち負けがなく、怪我や事故に遭うのは自分の未熟さと自然の厳しさが相手で勝負に関係なく楽しめた。だから団体スポーツには余り興味がないので見ることが少なく、ワールドカップが始まっても普段通りテレビを見る時間は一日数十分だ。日本がドイツに勝ったことはニュースで知れば充分だとおもっているからだ。

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