広島原爆の日77年
2022/08/06
今日8月6日は広島原爆の日77年の日で広島市の平和記念公園で記念式典が行われる同時刻に三井寺の観音堂でも広島原爆犠牲者法要が行われた。此の行事は1953年(昭和28年)から毎年行われていて今日も観音堂前の広場には参加者が集っていた。ラジオから流れる平和記念公園の実況に合わせて、8時15分原爆が投下された時間に一分間の黙祷が行われた後に観音堂内で法要が行われた。広島市当時の人口35万人の中、9万人から16万6千人が被爆直後から2ヶ月から4ヶ月の内に亡くなったと言われている一般市民に向けた原爆の悲惨さと戦争の悲劇は忘れてはならないと思いながら法要に参加した。法要後、福家長吏が挨拶で経済優先の社会が戦争を起こす一つの要因では・・そして原民喜のガリヴァの歌の話しを語られた。「ガリヴァー旅行記」は有名だが、知っているのは小人国の話しが殆どだ。最後の第4話フウイヌム国渡航記では馬が統治する理想国家でヤフー(人間)が出てくる、ヤフーは愚かで読んでいても嫌になるほど本質をついている皮肉小説は、政治家を志すものは必ず読むべき本だ。ジョナサン・スウィフトが18世紀に書き記した風刺小説は見事に今の我が国の政治の状況を思い起こさせてくれる、現代にも通じる小説だ。核廃絶と地球温暖化の二つを同時に考え行動する時期は過ぎているのだが、それでも真剣に取り組まねば未来はないとおもった。
妖怪ナイト
2022/08/05
心配された雨も上がり、三井寺妖怪ナイトの初日がスタートした。去年はコロナ感染予防の為に中止となった。夏休みの子どもたちもコロナで遠出も出来ずに退屈している子どもたちには良いイベントだ。親子連れの姿も多く見られた。もちろん小学生は無料だ。普段はスマホやゲームを楽しんでいる子どもたちもバーチャルと違うアナログの妖怪は苦手なのか怖がる子供を見かけた。三井寺と言えば少年時代の夏の思い出、肝試しをしたことを思い出した。妖怪ナイトは照明もあり、そして大勢で妖怪を楽しむイベントとは異なり、非常に怖かった。其の当時の三井寺の境内は照明などは少なく、金堂の辺りは暗闇で子供にとっては恐ろしく感じた。そして暗闇で聞く冷泉の湧き出る音は本当に何か出るのではと、恐る恐る近づくも誰かが逃げると全員が走り出した、少年時代を思い出しながら妖怪ナイトで賑わう境内を歩いても怖さは感じなかった。
祝日本遺産琵琶湖疎水?
2022/08/04
湖岸ポタリングの帰路、商店街を走った。シャッター商店街と呼ぶには少し早いとアーケードに吊り下がる幕を見ると祝日本遺産琵琶湖疏水そして琵琶湖疏水のある街ナカマチ商店街の大きな文字を読んだ。世界遺産にでもと勘違いしそうな垂れ幕に再び目をやると2020年6月と書いてあり、二年以上も前のことかと拍子抜けした。そう言えば、疎水商店街なる名前も昔聞いたが、疎水近くに数件在った商店は今では呉服屋と料亭と食堂くらいだ。ナカマチ商店街は少し離れているのにと、垂れ幕を見て疎水は何処にと・・まあ良いかと商店街を後にした。鹿関橋の近くでは閘門の準備工事が始まっていた。来年3月中頃までと長期の工事だ。周辺の道路の混雑も予想されるのではと間もなく止まる疎水の流れを見た。
濡れない雨具等は無い?
2022/08/03
今日も素晴らしい好天の中、散歩と湖岸ポタリングを済ませた。午後も晴れるのではと思っていたら、天気は急変した。私用と歯医者に出かける前に空を見ると雨が降るのではと雨具をリュックに入れて自転車で打出浜へ向かった。カフェで私用を済ませ、歯医者に向かう時に雨がポツリと顔に当たるが、到着してセーフだ。診療を終えると外は雨の気配が、遠くで雷鳴が聞こえ、雨具を出して完全防備で自転車に乗った。ペダルを漕ぎ出したと同時に強く降り出した。稲光と雷鳴そして強い雨の中を家に向かった。久しぶりの雨中走行も少し楽しく感じた。雨足は強くなるばかりで遠くも見えない強雨の中を走った。足元はゴアテックスのオールランダーシューズだが、もう中が濡れだし、長靴には勝てないと足元の靴を見た。雨具はパタゴニアでパンツはモンベルでアウトドア仕様だからと大丈夫と思っていたら微かに湿りを感じた。少し雨を避けようとアーケードの在る商店街へ向かった。雨具を見るとぐっしょりと濡れて、水を弾く水玉などどこにも見当たらず、登山等での長時間なら仕方ないが10分間の雨でこのざまかと赤い雨具を見て失望した。そして友人のプロ山岳ガイドのYさんが以前言っていたことを思い出した。雨具を買いに来た客が濡れない雨具は無いですかと聞かれた時に即座にそんな雨具は無いと言った事が頭に浮かんできた。Yさんは人間の皮膚が最高の防水性能があると笑いながら言っていたことを思い出した。久しぶりの雨の感触を味わへたと雨に感謝した。
噴水の向こうに・・・
2022/08/02
浜大津の湖畔公園の噴水が復活した、でも常時ではなさそうだ。午前中のポタリングでは止まっていた。午後、公園近くを通ると噴水は出ていた。炎天下誰も見かけない公園で噴水が辺りに涼感を漂わせていた。噴水の写真を撮ろうと構図を決めるとアレックスシネマの在った建物が淋しげに噴水の背後に見えた。4階部分には明かりもなく数ヶ月前までは映画館として存在していたことを懐かしく思い出した。此の映画施設はマネージャーが素晴らしく京都でも上映されていない映画を見せてくれた。月に二度は足を運んだ映画館も再開の見通しも無く、映画好きの僕には寂しい光景だ。京都の映画館に足を運ばなくなったのはコロナの影響ばかりではないと、少し老いたのも原因ではと自分に笑った。

















