中島省三の湖畔通信

新聞を購読していて良かったと思う日

2022/06/24

新聞を購読していて良かったと思う日が年間を通じて数回はあると、今日の夕刊(朝日)の記事、いま聞く 核のごみ処分場反対の訳は を読んだ。山本竜也さん(気象庁職員)が語る言葉は地元、寿都町にあった寿都測候所に勤めていて、地元の歴史などの本を自費出版した人だ。大阪の人が何故北海道にと、興味をもって記事を読んだ。1911年明治時代に寿都で銀鉱石の精錬所の建設問題が起きた時も地元住民が反対する中、国家事業として稼働するも、精錬所の過酷な労働で鉱夫たちの「同盟逃亡」らが繰り返され、結局、武田は寿都鉱山の採掘権を放棄したことなども記録した自費出版本などを出した山本さんが、今回の核のごみ処分場に反対する訳を分かりやすく語っていた。僕もチェルノブイリの原発が1986年4月16日に事故が起きたのを切っ掛けに滋賀県内で原発反対の仲間らと原発問題を語る中で、京都大学原子炉研究所に居られた小出裕章さんを招いて原発の危険について講演していただいた時に深く印象に残った言葉は原発から出る核のゴミは10万年経たねば放射能が減衰しないと言われた事が忘れなられない、記事の中で山本さんは寿都鉱山の話しは100年前のことだ、そして核のゴミ処分場では原発から出る核廃棄物を10万年も誰が面倒をみれるのか検討もつかない、100年や200年の問題ではない10万年と言えばホモ・サピエンスはアフリカを出発する以前で文化や文明など存在しない時代だ。今日も琵琶湖に佇んでいると、僕はどうしても福井若狭の原発群の早期廃炉しかないと・・そして高浜、美浜の老朽原発の再稼働は絶対許してはならないと思った。

写真二枚目は上空から鳴き声で威嚇するケリの鳴き声は我らホモ・サピエンスへの警告かもと鳴き声を聞いた。

湖畔叙景・・・

2022/06/23

湖畔叙景とタイトルを付ける時は話題が乏しいのと何もないことを書く筆力がないからだ。「湖畔通信」の以前は「何もない写真」として毎日、写真を撮っていたと昔を思い出した。京都の湯川書房で「何でもない写真」展を東京の吉田さんの企画で開いてもらった事も懐かしい記憶へと変わった。以前はコンパクトカメラを多用していたから気楽に撮れたのかもと・・・デジイチで撮る様になってからは記録写真へと変わった。今日も午後柳が崎へ向かったのは、去年の柳川の水害?で溜った土砂が保管されていた砂が気になったからだ。墳墓の様に積まれていた砂は消えていた。数十年前は水泳場だった砂浜が柳川の堆積砂が敷かれて以前により広くなった砂浜には人影もなく、此処が水泳場で賑わった場所と想像できるのは以前、此の場所で泳いだ世代の人だけと、静寂が支配する砂浜をデジカメで撮った。午後、湖岸ポタリングで通った浜大津港の近くの空き地にはケリの雛も親鳥も見かけなかった。でも夕食後、再び湖岸へ向かった時には雛が一羽と親鳥の姿を見かけた。その他の雛は元気だと良いのにと、側を通過した。久しぶりに静な夕景を見ていると心が鎮まってきた。

早くもアオコが発生・・・

2022/06/22

午後、五月晴れの空が広がった、午前中の湖岸ポタリングでは想像できなかった好天に誘われ、又自転車を出して湖岸へ向かった。浜大津港で午前中に見たアオコの前兆が気になったからだ。浜大津港の西側の湖岸から湖面に目をやると緑色のペンキを流した様なアオコが発生していた。例年通りならアオコの発生は9月だとすると二ヶ月以上早い発生だ。地球温暖化の影響かとアオコの湖面を見ていると、僕が諏訪湖でアオコを初めて見てから53年が経った。1969年大津JCが琵琶湖の富栄養化防止を訴えた16ミリ映画「青の輝き」の撮影で長野県の諏訪湖でアオコの撮影した事を思い出してきた。ボレックス16ミリ撮影機のファインダーから見る諏訪湖の水は緑色のペンキを流したとしか思えないような緑色の湖面が広がっていた。正か琵琶湖で毎年アオコが発生することなど想像すら出来なかった。1994年には空から湖面が緑色になっている場所を見た時は信じられないとファインダーから目を放し肉眼で確認してもアオコが湖面に確認できた。それから28年が経った今もアオコは連続発生しているが、最近ではアオコの発生など問題がないのか滋賀県もテレビ、新聞らも琵琶湖の話題は取り上げるが、肝心の環境問題らの報道は少なくなった様に僕は感じている、もうメディアを信じる時代は終焉を迎えたと・・テレビも新聞も見なくても、其の程度の情報はいくらでもSNSらで入手できる時代だ僕も新聞やテレビを止める日は近いと考えた。今日もテレビから各党が日本の防衛について語っていた。武器を強化と訴える政治家の多いことか武力では何も解決できないことは分かっているのに・・・それよりも地球温暖化による気候変動は待ってくれないとテレビを消した。

蚕の杜

2022/06/21

今日は雨、湖岸ポタリングも出来ず退屈な午前中を過ごした。午後は友人のMOROさんに借りていた展示会で使用したパソコンを返しに太秦へ向かった。京都の地下鉄東西線が完成するまでは不便な場所だった、今では浜大津駅から直通で太秦天神川駅まで40分足らずで行けるようになった。文庫本を読んでいる中に終点天神川に着いた。MOROさんが迎えに来てくれいた、家に向かう途中に大きな石の鳥居があり、尋ねると蚕の社だと、以前京福電車で太秦のイノベスタジオに出かけた時、電車のアナウンスで蚕の杜は良く耳にしていたが訪ねたことは無かった。住宅地の中に森が見えた、大きな森ではないが大木が茂り、歴史が感じられた。木嶋坐天照御霊神社(このしまあまてるみたまじんじゃ)が蚕の杜の本名だとMOROさんが説明してくれた。渡来人,秦氏の土地柄でもあり蚕が伝わった事も想像できると説明書きを読むも神代の時代は僕にとっては存ぜぬ世界と境内へ入った。神を信じないが大木が茂る小さな杜はタイムカプセルの様で町中に荘厳な自然がある不思議さを感じながら境内を歩いた。元糺の池は今では水が枯れているが、美しい水が湧き出ていた事が想像できる雰囲気がいまも漂っていて、其の奥に三角鳥居が鎮座ましていた。写真を撮りながら初めて見る三角鳥居に不思議さを感じた。帰宅後、パソコンで調べると蚕の杜 超強烈パワースポットとあった。

三枚目写真は三井寺の蓮池です。

ハッピーな日・・・

2022/06/20

ハッピーな時は突然やって来ると思ったのは、湖岸ポタリングの帰り道。浜大津港付近を通っているとケッケッと甲高い鳴き声が辺りに響いた。鳥には違いないと辺りを見ると足の長いハト位の大きさの鳥が鳴き叫んでいた。近くにも同じ鳥がいた。デジカメで撮るも少し距離があり少し近づくと甲高い鳴き声を発して飛びたった。でも手応えもあり撮れたと確信した。もし撮れていれば初ゲットだ。帰宅後、パソコンにアップして鳥の特徴を思い浮かべ図鑑を見てケリと分かった。チドリ科とあり、以前に見たミヤコドリもシギチドリ科で似たような鳴き声を思い出した。写真を見ていると何だかハッピーな気分になってきた。昨日、読み終えた「マイクロスパイ・アンサンブル」(伊坂幸太郎)の中にも人がハッピーになれるのは、ひょんな時に訪れる場面が幾つも出てきた事を思い出した。コロナやウクライナとロシアの戦争、景気の低迷らが続く、重く暗い空気が支配している時に本屋で見つけた小説が僕の気分をハッピーにしてくれたのは、物語の主人公たちが何かの切っ掛けで周りをハッピーにしてゆく明るい小説は今の時代にピッタリだと改めて「マイクロスパイ・アンサンブル」の表紙を見た。何でもない切っ掛け・・猪と鹿と蝶が揃えば何かが起こり現状が良い方向に進み、みんながハッピーになれる物語は楽しく読める大人の童話ではと読み終えた。そしてウクライナとロシアの戦争も何でもない、ひょんな事から平和が訪れるチャンスが出来るのではと少し希望を抱きながら一刻も早く平和が訪れることを願った。夕方、湖岸へ向かったがケリの姿は無かった。薄雲に覆われた太陽が西の山に近づいた。

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- 管理

× 閉じる