中島省三の湖畔通信

タイサンボク

2022/05/25

琵琶湖と雲の写真ばかりではと、湖畔の辺りを見渡すと遠くで白い花が見えた。琵琶湖ホテル近くの湖畔公園に咲くタイサンボクの花だ。高い処で咲いていて見上げながら撮るから花弁の中は見えないが大きな白い花は人間どもに迎合することもなく、気高さを感じ好きになった。桜の様に人様に見てもらう様に下に向かって咲く花より、堂々している、花言葉は「威風堂々」「威厳」でピッタリだ。写真を撮るのが難しいが花弁が開ききるのを待てば花の全容が撮れるのではと今日は仰ぎ見ての一枚を撮って終わった。打出浜の石積み湖岸では漁師がオオバナミズキンバイの除去作業をしていた。特定外来植物と言われるだけで根こそぎ、徹底的に駆除されても生き残る生命力を持っているから根絶は難しいと聞いた。雑草の除去作業で湖畔公園や湖岸は綺麗になったが、此方も永遠に続く作業は琵琶湖開発の付けではとおもいながら作業風景を写真に撮った。琵琶湖の風物詩には程遠い除草作業は年に数回行われる人工湖岸で繰り広げられる現代の縮図ではとおもった。

大空に雲がなくても・・・

2022/05/24

大空に雲がなくても空の美術館が在ることに気がついた。何時も雲の美術館と言っているが本当は空の美術館だと雲一つない青空を見上げるとイブ・クラインの表現するような青の世界が広がった。そして此の青空の下で何人の人が戦争の犠牲になっているんだろうと遠くウクライナの方向を見上げて此れ以上の犠牲者の出ないことを祈りながら湖岸から青空を撮った。デジカメに記録した青空をパソコンで確認すると青空にシミが一つ浮かんでいた。一点の曇もない青空と思っていても暮らす場所により大きな曇もあると思いながら、デジカメの撮像素子の汚れも小さなシミだが写真の中では大きな傷に見えた。宇宙から見ればウクライナは大きな傷に見えるのではと思いながら写真に映る青空のシミを眺め一刻も早く終戦になるように願った。

雲の美術館

2022/05/23

二度目の湖岸ポタリングでは琵琶湖上空の雲の美術館を久しぶりに楽しんだ。人間社会とは関係なしに自然が見せつける超自然的な美しさに言葉を無くした。でも人間社会では名もない人達のドラマが繰り返されているが誰も自分以外のドラマを詳しく知るすべもないが・・小説の世界では名もない人達の物語が紡がれている、僕はそんな小説が好きだ。中でも佐藤泰志の書いた物語は映像が浮かんで映画を見ている様だ。小説を再読することはあまりないが、佐藤泰志の書いた「海炭市叙景」を今再読しているが短編で構成された物語はどれも素晴らしいと読み進んでいる、僕の友人のシナリオライターのF氏は愛しいと書いて、かなしいと表現しているが、佐藤泰志の物語は正しく、愛しい(哀しい)物語で僕の心に残るのは言葉に無駄がなく市井に生きる名もない人達の暮しをリアルに感じられて、僕の住んでいる大津の町でも起こり得る物語だと今日も短編を一つ読んだ。

初夏を・・

2022/05/22

初夏を想わせる爽やかな青空が広がった琵琶湖を見ながら湖岸ポタリングを楽しんだ。今、マスクの着用問題がニュースで取り上げられているが琵琶湖岸では僕はマスクをしなくても良いのではと以前から思っていたから外国の様に自由意志にすればと思いながらテレビを消した。三井寺の境内も静で人影も疎らでマスクの必要はないと石段を上がる時は以前から外していた。境内を歩く人は2メートルを遥かに超えた数百メートルは間隔が開いている昨今なら大丈夫だとおもった。湖岸も安全地帯だが、殆どの人がマスクを着けて歩いているのは同調圧力?を感じているのかとおもった。僕も明日からマスクを外して朝の散歩を楽しもうと考えた。

トリミング

2022/05/21

僕の撮る写真は普通はトリミングはしないが、今日の写真の二枚はトリミングをしなければ湖畔通信にアップできないからだ。構図を決める余裕が在る時は撮った時点で写真は完成形だ。スナップショットでは瞬間的に構図を決めるより撮ることが優先されるから、動物写真も近づけば逃げられるからシャッター優先だ。猫は最近良く撮るようになったのは以前ほど猫が嫌いでなくなったからだ。今日は三井寺の料金所で時々見かける猫で、親子関係だそうだが餌に関しては先を争っているから人間とは違う?でも最近は人間も親子でも争いが多いから・・・畜生の世界と変わらなくなったと地球上で起きている紛争や戦争そして格差による貧困問題を見ていると地球上で威張れるほど人類もたいしたことないのではと思えてくるのは人間力の低下の兆しではとおもった。

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