タンポポ
2022/04/26
道端や何でもない処で咲くタンポポの花を見かけても余り写真を撮ることがないが、今日は朝の散歩の帰り道、仁王門から県道へ向かう手前に掛かる石橋の傍らでタンポポの綿毛を見て、写真を撮った。タンポポの花は詩人坂村真民さんがよく取り上げる花だ。其の中で「タンポポ魂」と「綿毛のように」は短い詩でも真民さんの優しさが伝わってくる、帰宅後、真民さんの詩集を開き読んだ。タンポポ魂は僕の好きな詩だと口に出して読むと、雨の日も気持ちが明るくなって来た。散歩から帰り、雨が降る前に湖岸ポタリングに出かけた。打出浜湖岸でも黄色のタンポポ?が咲いていた。?マークはタンポポに似ている花も多く在るからだ。琵琶湖を見ると太陽の光を少し残した雲が雨の降る前の美しさを見せてくれた。長閑な平和な時間が流れる中で、ウクライナでの戦争の惨禍を想像するのは難しいが、ウクライナ人が治めるウクライナと言う国からロシア軍は速やかに去るべきだ、そして一刻も早く停戦が成立してウクライナが平和な国に戻れるようにと空に願った。そして雨の降る前の美しい琵琶湖を写真に撮った。
蜃気楼観察会?
2022/04/25
昨日の雨が空気中の埃を流してくれた所為で湖岸から見る琵琶湖は視程もよく琵琶湖大橋もよく見えた。こんな日に蜃気楼が見られれば良いのにと湖岸ポタリングに出かけた。打出浜で自転車を止めてデジカメのファインダーを覗くと琵琶湖大橋の守山側に蜃気楼の気配があり何枚かシャッターを押して、モニターで確認するとイマイチだった。写真を諦めて近くのベンチで休憩していると、遠くに三脚やカメラ機材を積んだバイクを見かけ近づくと、琵琶湖蜃気楼研究会のIさんだった。手慣れた作業で撮影準備をされる姿を見て流石とおもった。カメラや双眼鏡を三脚にセットされ撮影を始められたので僕もカバンから望遠ズーム付きデジカメをだしてファインダーを覗くと少し蜃気楼がでていた。暫く撮影していたが余り変化が無く少し飽きたので一時帰宅した。夕方、湖畔通信用の夕景写真を撮りに湖岸へ向かった。打出浜に着くと、Iさんは炎天の下で蜃気楼の観察を続けている姿を見て本物の愛好家はちがうなと感心しながら近づいた。Iさんは開口一番、つい今しがた迫力あるZ型蜃気楼がでていましたと言われた、もう少し早く家を出れば見られたのにと少し悔やんだ。でも暫くすると素晴らしい蜃気楼が表れた。視程も良く蜃気楼がハッキリ見え写真に撮るにも絶好のチャンスとなり楽しく撮影できた。帰宅後、パソコンで見ると今まで撮った蜃気楼写真の中で一番とよく撮れていた。良いチャンスに巡り会えたことと琵琶湖蜃気楼研究会の人達との出会いのお陰と感謝しながらパソコンから離れた。
ネグロス島の友人
2022/04/24
今日の午後、去年亡くなった、友人の宮里さんを偲ぶ会が開かれる、におの浜のホテルへ行った。宮里さんとの出会いは鳥人間大会が近江八幡で開催された1980年に手製ハンググライダーで大津のチームリーダーとして参加していた時に、僕は運営役員をしている時だ。その後語り合う中で、彼の口からフイリッピンでの反日感情の話が出た。ボーイスカウトの国際大会?で訪れたフイリッピンで日本軍が戦争中に現地で起こした残虐な行動や被害状況を知り、個人で何か償いは出来ないかと考えたと熱く語ってくれた。その後、宮里さんの率いるボーイスカウトで育った仲間達と熱気球を制作して滋賀県では最初の熱気球を完成させてた事も思い出の一つだ。気球が完成した頃、彼はフイリッピンのネグロス島へ再びボランティア活動に向かう為に、単身で日本を離れた。ネグロス島で暮らす貧しい人達の子どもたちの教育支援の為だ。彼(宮里)はあくまでも個人に拘り自分一人の力で出来る活動を続けてきた。数年後、一時帰国した時に彼の仲間(ボーイスカウト)数人を交え宮里さんを支援する会を立ち上げないかと相談した結果、ネグロスココヤシの会が誕生する運びとなった。1995年に設立されたネグロス島ココヤシの会は15年ほど続いた。宮里さん独自の行き届いたボランティア活動は地元で評判が良かった。宮里さんは特にボーイスカウトで育てた仲間たちからボスと呼ばれ親しまれていた。そして2011年にココヤシの会は解散した。彼も(ボス)高齢になったから配慮してのことだ、その後も個人で出来るボランティアを続けたが去年、心筋梗塞になり、それが原因で、彼の望んだ永住の地、フイリッピンのネグロス島で亡くなった。今日の偲ぶ会ではボスを慕うボーイスカウトでボスに育てられた元少年が多く集まって宮里(ボス)さんの活動記録写真を見ながらボスの時代を語り合っていた。僕が宮里さんと会話した思い出で印象に残った言葉がある、毛布と杖があれば何処へでも行ける、と何時も口癖の様に語っていた、きっと天国でも毛布と杖をもって楽しく過ごしていると想像しながらホテルを後にした。
ココヤシの会は僕の友人清水さんが長年に渡り代表を務めてくれたことも忘れてはならないと思った。
群生地
2022/04/23
散歩や湖岸ポタリングで何気なく見ている風景も意外と細部までは見ていないと思った。今日も三井寺の境内を散歩しながら何か花は咲いていないかと彼方此方を見るも簡単には見つからないから、昨日、見つけたウラシマソウは大丈夫かと心配しながら花の場所に向かった。ウラシマソウは花から釣り竿を延ばしながら元気な姿で其処に在った。そして林の中を見ると何とウラシマソウが群生しているではないか、毎年、近く通っていても気づかなかったのは見ているようで見ていないのか、急に群生地になったのかと、花の咲いている林に足を踏み入れた。花を撮ろうと足を踏み出すと足元でシマヘビが慌てて逃げ出した。久しぶりに見るシマヘビの姿を見送った。二年ぶりに蛇を見て驚くより自然がまだ残っている状況が嬉しくなった。辺りを見渡すとウラシマソウの花が咲いているものを含め20位が確認できた。湿った空気とある程度の日陰が必要と以前パソコンで調べ知った。条件が揃わなければ此れほど多くウラシマソウが咲く事は無いと素晴らしい林を見ると椎の大木もある素晴らしい環境だと僕も深呼吸した。山野草の愛好家らが持ち去らないことを願うだけだ。
写真が撮れる日・・・
2022/04/22
写真が撮れる日・・・昨日は撮れない日・・・別に、そんな日が決まっているわけではないが、今日は朝から気持ちよくデジカメのシャッタを押した。朝の散歩、三井寺の展望台から見る景色も比叡山は雨雲が山頂部を覆っていた。境内は雨に濡れた新緑が一段と美しく見えた。鶯は恋の季節だろうか境内の森?林から完成度の高いホーホケキョーの鳴き声が聞こえた。蓮池では比叡山の修行僧が付ける行者笠の様な新葉が水面に見えた。写真を撮ってモニターで確認すると僕の網膜に写った水面では無く、固まって氷の様にも見える水面がモニター映っていた。デジカメでは空気や水の揺らぎを撮像素子が感知しないのかと不思議な画面を見た。そして今日は49日ごとに検診を受ける坂本のKクリニックへ向かう日で三井寺の散歩もゆっくりとは出来なかった。検診後の楽しみは鶴喜で蕎麦と酒を飲むことだ。もちろん結果は異常なしで安心して蕎麦を食した。そして友人の元店主Uさんを誘ってカフェへ向かう途中、古い商家に寄って写真を撮った。山王祭の神輿の模型?と言っても年代物で流石歴史在る坂本の商家と感心した。その後友人と昔話をしていると青年時代に帰った気分になった。残された時間は僅かでも楽しく行こうと言って別れた。湖岸ポタリングでは雲一つない琵琶湖を眺め、そして写真を撮った。

















