中島省三の湖畔通信

写真を撮らない日?

2022/04/21

写真を撮らない日と言うより撮れない日となった。朝の散歩そして湖岸ポタリングでは一応シャッターを押したが湖畔通信にアップ出来る写真が無いのは今日が初めてではとおもった。パソコンで写真を探しながら、保管されている写真データーを見ると6年間の写真の量の多さに驚いた。そろそろパソコンからハードディスクに移し替えねばと思った。古いものは既にハードディスクに移してあるが、ハードディスクも満杯なので購入しなければならないがデジタルデーターは常に移し替えて保存しなければならないから手間と機材費も掛かり、本当に貴重な写真などデジカメの記録にあるのだろうかと考えた。僕の記録写真で貴重なのはフイルムで撮影した1960年代から1990年代の琵琶湖の航空写真だけではと思った。そして湖畔通信の写真は友人のMOROさんが一万枚近くの写真を何時でも見られるようにしてくれたので心配無用だ。5月1日から三井寺の書院で始まる「めぐる水」展では一万枚近くの写真をモニターで見られるように設定してくれるが、全て見るには17時間掛かるとMOROさんに教えられ驚いた。デジタル写真については暇な折、大切な写真だけを選び出してデーター保存するなら簡単だとおもった。でも選び出すには相当の時間を覚悟しなければとパソコンのデーターを見た。

今日の写真は昨日に撮った写真とフイルム写真は二週間前の町中写真です。

ウラシマソウ

2022/04/20

爽やかな季節は地球温暖化が進み短くなったのではと感じるのは僕だけではないと思った。毎日の散歩で訪れる三井寺も新緑シーズンに入り境内は生命力に溢れ歩いているだけで自然のパワーを感じる場所だ。今日も展望台傍らでは新緑と新赤?が競っている、椎木も間もなく花粉が飛ぶ季節だ。門前町周辺では5月になると木々たちが放つ香りが漂うと僕ら子どもたちは千団子さんの臭いだと言ってお祭りが近いことを臭いで感じた、懐かしい少年時代を思い出した。山野草の季節で境内ではウラシマソウが咲いていた。去年よりも少し早いのではと近づいて写真を撮った。少しグロテスクに見えるが花から出た蔓が釣り竿に見えるから、ウラシマソウになったのかと不思議な花を眺めた。護法善神を祀る護法社は千団子さんと地元では親しみを込めて呼ばれている社殿の前には池があり周囲はカラタチの生け垣で囲われているが近年はカラタチも少なくり花が咲いても目立たず気が付く人もなく僕が写真を撮るくらいだ。大きな棘があり注意しないと痛い目に遭うが四弁の花は清楚で美しく気高いとおもった。少年時代カラタチの実は覚えている、固く大きさもあり悪戯で投げ合うことも在ったから記憶にあるが花を見た記憶はおぼろげと言うより皆無だ。今日は40年以上も前に使っていたソフターと言うフイルターの一種をレンズに付けてウラシマソウやノムラモミジを撮った。ソフトな写りは流石ドイツ製ツアイスだと感心した。でもカラタチの花にはソフターは不要とおもった。棘が魅力と思ったからだ。

赤い新緑??

2022/04/19

毎日、散歩する三井寺の境内には新緑シーズンに赤くなるモミジの樹が何本かあり、毎年何気なく見ているだけで済ましていた。今日、改めて見てみると新緑と赤い新緑?の不思議さに戸惑った。同調圧力の中で暮らす窮屈さが支配する我が国の社会では人と違う生き方をするのは難しいのに自然界では新緑シーズンの真っ只中で、新緑なのに新赤?でいられる自然界は素晴らしいと思った。その後パソコンで検索してノムラモミジと分かった。午後は三井寺の茶房ながら亭へ出かけ、小説「海炭市叙景」(佐藤泰志)を再読した。短編で構成された物語は何れも素晴らしく何よりも映像が浮かんでくるから不思議だ。五年も以上も前に読んだ本だが、新鮮味を感じるのは物語に風を感じるからだとおもった。北海道の函館を舞台に繰り広げられる物語には哀感と其処に暮らさなければならない宿命に流されてゆく人達に人間として魅力を感じるからだ。そして佐藤泰志の作品は映画化される作品も多くあり、僕の見た「オーバーフェンス」「きみの鳥はうたえる」も印象に残る映画だった。「海炭市叙景」は見たい映画だがビデオでしか見られないのが残念だ。

琵琶湖の波音

2022/04/18

今日の午後、ブランチ大津京へ出かけた。目的はモンベルで夏物シャツを買うためだ。店内で半袖シャツを探しても僕の必要としている胸に両ポケットがあり、ポケットにはフラップが付いているシャツを探すも見つからず、店員さんに尋ねると、今年のカタログにも無く生産が中止された、と返事があった。アウトドアー専門店のモンベルもファション重視に方向転換したのかとアロハや片ポケットのお洒落なシャツを見ても僕には興味が沸かなかった。大きなポケットが付いたシャツは便利だと僕は思うのだが最近は機能優先から見てくれのファション性重視とモンベルまでが変わってしまったのかと少し失望した。仕方なくTシャツと夏用チョッキを買ってモンベルを出て、隣のユニクロで物色するも欲しいモノは無かったが、Tシャツを二枚買った、モンベルのTシャツ一枚分でユニクロでは二枚買えた、もちろん素材はモンベルが優れているが、拘ることがなければユニクロで充分と思った。物作りも薄ぺらな流行を追う方向に向かったのかと堅実なモノを生産していたモンベルだったのにと過去の物作りを振り返った。そして外へ出て、近くの柳が崎湖畔へ向かった。砂浜の再生?工事は終わって広い砂浜が広がっていた。豪雨の災禍で柳川に堆積した山砂が役に立ったのではと砂浜を写真に撮った。水際に出て砂浜に打ち寄せる波の音を聞いていると心が鎮まり、雑念が消えた。何時も聞く波音は人工湖岸のコンクリートや石垣に打ち当たる波は水の悲鳴が聞こえて来るようで心が落ち着く事は無かった。今日は自然の砂浜に打ち寄せる波の優しい声を聞けた、心安らぐ日となった。

写真日和

2022/04/17

一年を通して一番爽やかな気候が続くのは4月中頃から5月中頃までだ。空を飛ぶにも、写真を撮るにも空気が安定していて、そして視程も良く、僕はこの時期が大好きだ。山スキーは新雪こそ味わえないが安定したザラメ雪の上を滑るのは難なくスキーを走らせることが出来る、そして山の新緑を楽しめるからだ。航空写真も大地が芽吹きを感じる壮大な眺めを飛行機の窓を開けて春の新鮮な空気を吸いながら上空から地上を撮影する快感は忘れることが出来ないと青空を見上げた。三井寺でも新緑のパワーが境内を駆け巡っているようで、今日も木々からのパワーを感じた。湖岸では稚鮎釣りが盛んで釣り仲間たちが集っていた。におの浜のシバザクラも一気に咲いた。午前の湖岸ポタリングでは蜃気郎を期待して望遠レンズを付けたデジカメは役にたたず、シバザクラの咲く情景を撮るもイマイチだ。蜃気楼は下方で、空気が冷たい所為で上方蜃気楼は出なかった。午後はシバザクラを撮りに再度、におの浜へポタリングした。ワイドレンズでシバザクラと琵琶湖を撮り楽しい写真日和となった。

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