中島省三の湖畔通信

散歩写真

2022/04/16

湖畔通信を始めた頃のデジカメはコンパクトデジカメで撮っていて、時々一眼デジカメを使っていたが最近はデジイチ(一眼レフ)で撮ることが多くなった。一番の原因は折角撮影するのだから大きなデータで記録して置けば後々役立つからだ、そして友人Hさんからの機材提供のお陰で写欲がでてきたからだ。散歩写真は不要不急の爺だから気楽に時間を気にすること無く歩いていると、犬も歩けば・・諺の様に意外と良い被写体に出会う時がある、そしてパソコンで写真を確認できるから費用も掛からないから気楽に撮れるのもデジタルカメラのお陰と感謝しながら今日も随分撮った。三井寺を散歩している時、八重桜の名所が境内にある事を思い出した。護法善神を祀っている護法社殿前にある桜樹を思い出し向かったが、桜は満開の時期が過ぎて苔の上に少し大きめの花びらが広がっていた。残念と、枝に残っている八重ザクラを撮った。良く見ると先日、撮った八重桜と違い花弁も少ない清楚な八重桜が強い風に揺れていた。今日は湖岸も風が強く波立っていた。風速20メートル近く感じる強風に体が揺れる湖岸で写真を撮った。やはり風が強い日は福井若狭の原発群が気になる、高浜と美浜の老朽原発が事故を起こせば一時間も掛からずに放射能を含んだ雲が琵琶湖上空に達するからだ。そんな事態が起これば僕らが避難する場所は無いだろう、そして命も危うくなると考えると危険な老朽原発は即停止してほしいとおもった。

足の踵が感じる自然?

2022/04/15

夜来の雨も上がり、散歩に出かける時間には霧雨程度で、傘は必要なかった。新緑が雨に濡れ一段と鮮やかさを感じさせてくれた。最近、歩くと右足の踵が少し痛く感じるが、三井寺の総門を潜ると土の道に入ると踵の痛みが消えるのは何故と思った時、40十年近くも前、僕が琵琶湖の環境問題をテーマにした映画を作っている時に、解説をお願いした滋賀大学教授の鈴木紀雄さんが、録音所で画面を見ながらアドリブで解説の折に、画面に映る老婆が歩くアスファルト道路を見て、自然の土の道なら足を痛める事もなく幾らでも歩けるのに、と言われた事を思い出した。今日も境内を歩いて散歩している時は踵に痛みも感じないが、仁王門を潜るとアスファルト舗装された道になり、大門通を歩く頃には僕の右足の踵が再び痛くなり始めた。改めて地球の表面を覆っている土の柔らかさがホモ・サピエンスにも必要だとおもった。江戸時代、東海道を行き交う人達は柔らかい土道を疲れずに一日十里も歩けたのかと自動車や自転車専用のアスファルト舗装の大門通を下る足取りは重く感じた。

文中にある映画は「変わりゆく琵琶湖」(16ミリフイルム1983年制作解説鈴木紀雄)で今も映写機があれば見られるが・・・

写真は個人で湖岸を清掃する人を時々見かけ、この人達のお陰で湖岸が美しいのだと思った。今日の蜃気楼は下方で気候が冬型に戻った所為だ。三枚目はフイルムカメラで今日撮影した写真です。

静な境内

2022/04/14

近くの桜の名所、疎水に掛かる鹿関橋から見る眺めは花は散ってしまったが新緑シーズンになり美しさは花の頃よりも今の方が色彩も豊かで植物のパワーを一番に感じる本当の自然美を感じることができるのに橋上には人の姿と言えば僕一人だ。疎水の流れの先には観光通船が二艘が客を待っていた。堰堤下部の通路には通船に向かう観光客の姿が見えた。京都蹴上までの一時間の船旅を楽しむ人もコロナの影響か一艘は閘門に繋がれていた。小型船の乗客一艘12人と少なく三艘でも36人では運べる数も知れたものだと思いながらデジカメのシャッターを切った。三井寺の境内も静で、僕は何時も鬼貫の句を思い出す、鬼貫が三井寺を訪れた江戸時代は境内には今のように桜が多くなかったのではと、すっかり花を落とした桜を見ながら歩くと、八重桜が見えた。八重桜は少し離れた場所で咲いていた。近くに寄って花を愛でていると、先日友人から送られてきた手紙にあった、百人一首をおもいだし、頭に詩を浮かべ、字を追った、いにしえの奈良の都の八重桜 けふ九重に においぬるかな と心で読んだ。そして写真も撮った。午後は湖岸へ向かうと、僕の好きな鈍色の琵琶湖が雨の降る前の光景を見せてくれた。

時間どろぼう?

2022/04/13

児童文学小説「モモ」を読み終えた。モモと時間泥棒の物語はミヒャエル・エンデが1973年書き上げて、出版された児童文学書でもあるが、大人が読む本ではとおもった。空想科学小説的なファンタージーと時代への鋭い風刺は21世紀に入った今の社会が、小説「モモ」に出てくる架空都市と変わらないと思えるからだ。町中ではスマホを見ながら周囲など見る余裕すらなく急かせかと時間に追われる大人たちの姿は小説よりも現実社会の方が酷い状態だと僕は思った。町は一見美しく見えるが、本当のゆっくりと流れる時間が消え、無駄なものが排除され、何もかもが同じような形になってしまったと思うのは、鉄道の駅や町並みも日本全国何処も同じ様に見えるからだ。町中や公園らで遊ぶ子供たちも見かけなくなった、そして野良犬や野良猫、ねずみ、蛇、トカゲも最近見かけなくなった。そして蚊に刺されることもない清潔な社会へとなってしまった。今では犬や猫も服を、そして靴まで履いた犬を見かけるようになった。観光地に向かう車の列や渋滞の様子を思い出すと小説「モモ」が時間泥棒に立ち向かい、豊かな時間を取り戻すSF小説の世界よりも現実は厳しいのではと思った。豊かな暮しを求め大切な時間切り売りしてモノを買うために働き続ける姿は、正しく時間泥棒に時間を奪い取られているそのものではと思いながら「モモ」の本を閉じた。

写真は花が散って、静になった三井寺は新緑が美しく、ゆったりと流れる本当の時間を楽しめる時期なのに何故人は桜花なのかと境内を眺めた。
湖岸では今日も蜃気楼を観察する人を見かけた。

新緑のシーズンへ

2022/04/12

季節の移り変わりは平常に動いているようだ。三井寺の境内も新緑が勢いを増してきた。木立の中からは小鳥たちの鳴き声が活発なのは春の恋愛シーズで鶯をはじめ色んな鳥たちの囀りが響き渡る境内は春の活気が漂っていた。琵琶湖は大方の水鳥は北へ旅立ったがオオバンだけが数十羽居残っているが,留まるつもりなのかと訪ねても返事はなかった。外来魚も激減したのかブラックバスの大物を釣り上げる人も見かけなくなった。湖中ではプランクトンが活躍しているが、淡水赤潮の原因の植物プランクトン、ウログレナの繁殖は進んでいるのだろうか、此処近年、琵琶湖では淡水赤潮は発生していないが、プランクトンの状況はフェイスブックで研究者が伝えてくれる画像を見て注視しているが、温暖化による影響も気になった。午後は久しぶりに琵琶湖の雲を楽しんだ。

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