小説家
2022/03/19
先日,亡くなった小説家、西村賢太氏は時々テレビで姿を見た事もあった、そして作品にも興味を持っていたが読む機会が無かった。敬遠していたのは重くて暗そうな小説と思っていたからだ。亡くなられた事を伝えるニュースを見てから、急に西村賢太の小説「苦役列車」を読みたくなり、近くの中井書店で注文するも品切れで手に入れる事が出来なかった。その後中井書店で文庫本コーナーを探していると「どうで死ぬ身の一踊り」が目に留まり買った。文庫本を開くと、藤沢清造の略歴が書かれたページを見て、これ小説と、戸惑った。略歴を読んだら、物語が始まった。西村賢太氏が敬愛する小説家藤沢清造への思いと拘り?西村氏と藤沢氏の類似点らが重なり合いながら進む私小説は赤裸々な小説家の日常が感じられる物語は、まだ読書中だ。僕は藤沢清造の小説を読むつもりはないが、小説家が自分の赤裸々な生き方を表現することが出来るのは小説家だからと思った。そして知人の小説家が数十年前に話していた事を思い出した。その小説家Sさん(女性)は以前、小説家は丸裸で通りを歩けなければ本物の小説家になれないと師匠に言われたと話していた事を思い出した。もちろん丸裸は自分の内面を全て曝け出すことができるかと言うことだ。特に私小説は赤裸々に自分を表現してこそ小説にリアリティーを感じると・・そして西村賢太氏の作品の凄さは赤裸々に自分の事を語っているから・・作品に重みのある生き様を感じるのではと思った。
疎水傍らのオカメザクラも咲き始めた。写真三枚目
ネットで映画
2022/03/18
今日は雨、三井寺への散歩を終えると何時もなら自転車で琵琶湖へ向かうのが日課だが諦めた。そして読み始めたばかりの「地球外生命」(小林憲正著)第一章、地球外生命感を読んだ。有機物から40億年かけて生物界の頂点に達したホモ・サピエンスの最近の行動には恥ずかしさと愚かさで他の生物に顔向けできないと思った。読書は今日は第一章で終わった。そして閉館が迫るアレックスシネマ大津の映画情報を見るも興味ある映画は時間が会わず諦めた。僕は映画は映画館で見る主義?で家のテレビで映画を見るのは好きでなかったが最近、友人MOROさんからアマゾンプライムで結構良い作品が見られると作品の題名を知らせてくれてパソコンで見るようになった。一番最初は「愚か者の時代に生きて」だった。小さい画面で見てもインパクトを受けた。その後、MOROさんから良い映画を見るとスマホ(メッセージ)で題名を知らせてくれるからパソコンやタブレットで見る機会も多くなったが、やはり画面が小さいのと音声も小さく、先日も「博士と狂人」(監督P・B・シェムラン)を見た。素晴らしい俳優たちの演技に感心しながら「オックスフォード英語大辞典の編纂の物語を堪能するも画面が小さいパソコンそして音声も小さく、少し残念な思いがした。其の上に見終えると正座の所為で足が痺れて困った。原因はパソコンは座卓上にあり、正座して見るのは辛いからテレビへの接続を考え、またMOROさんのアドバイスでやっとテレビでプライム ビデオが見られるようになり、アレックスシネマ大津が閉館しても、テレビ画面でプライムビデオで映画を楽しめると思った。でも大きなスクリーンで映画を見る機会も作りたいと考えた。
地震列島
2022/03/17
昨夜遅く宮城・福島などで震度6強の地震が起きた。東北大震災から11年経った今も大きな地震が起き、不安を感じながら同じ場所に暮らす人達の安全を願いながらニュースを見た。そして地震列島には多くの原発が稼働しているから地震で事故が起きれば大変な事態になる事は実証済みだ、原発は速やかに廃止して安全な自然エネルギーへの転換をと、願うも経済発展第一主義の我が国では遅遅として進んでいなのが現実だ。ウクライナでの戦争で液化ガスや石油らが不足している状況でヨーロッパでも原発をベースロード電源へとシフトする国もあり、危険な原発が見直されるなんて悪夢のように思うのは僕だけではないと思った。
近くを流れる琵琶湖京都疎水では暫くメンテナンスで流れが止められていたが昨日から水門が開けられ疎水の流れが戻った。今日、鹿関橋から流れを見ると通船が二艘見え、いよいよ春の観光シーズン幕開けかとデジカメで撮った。暖かくなリ、湖岸では園児が楽しく遊ぶ姿を多く見かけるようになった。
春の叙景
2022/03/16
今朝の散歩、三井寺の展望台へ向かう石段でホーホケキョーと鶯が鳴いた、何時もなら此の時期は完成度の低いケキョケキョホーと練習中の鳴き声が森の中から聞こえて来るのが普通だと辺りを見渡すも鶯の姿は無かった。例年なら新緑の頃に森の彼方此方から上手になった鳴き声でホーホケキョが聞こえるが今年は何故と、一度鶯に訳を聞きたくなった。ソメイヨシノは蕾も固くライトアップの始まる今月25日には開花して欲しいと思った。琵琶湖ではキンクロハジロやユリカモメの姿は消えていた、オオバンが少し残っているぐらいで広い湖面が寂しく見えた。午後は坂本へ友人と向かった。坂本の桜も蕾は固く、コロナ禍で中止が続いていた有名な日吉大社のお祭り山王祭が三年ぶりに開催されると聞いた、4月の祭礼の頃には満開になるのではと桜木を見た。車窓風景も暖かい色合いの田園風景?の中に広がる住宅街が春を感じさせてくれた。琵琶湖の夕景は暖かさを感じる青の夕景が心を鎮めてくれた。
花が咲いても
2022/03/15
湖国の春は比良の八講(3月26日)が済まないと本格的な春にはならないと昔から言われていて祖母も比良の八講の事をよく言っていた。今日も昼間は春の陽射しを受けて膳所由美浜の河津桜を見に出かけた。先日、咲き始めたばかりの河津桜は見頃になっていた。ピンク色の花を見ても心が華やぐことはなかった。ウクライナのロシア軍の侵攻によって街が破壊され多くの市民が犠牲になっている現実を突きつけられても何も出来ないからだ。世界大戦への危険性を感じさせる現況を心配しながらニュースを見る毎日だ。そして早く戦争が終結することを祈るしかないと青空を見上げた。夕方近く湖岸へ向かうと北西風が強く吹き南湖にしては波が高く、石垣に打ち寄せ波しぶきが上がっていた。こんな日は彼方の原発群若狭の老朽原発の事が心配だ、もし事故が起きれば琵琶湖の水が放射能によって汚染され近畿1400万人の命の水が失われる事態になることは予想されているのに廃炉どころか老朽原発を再稼働することは狂気の沙汰だ。ホモ・サピエンスが霊長類の長と自負するなら降りかかる難問題を解決してこそ霊長類の長として誇れるようになるではとおもった。
追 テレビニュースではロシアの国営放送では生放送中にテレビ局の編集者が戦争とプーチン批判を紙に書いて抗議した行動を見て凄い勇気のある人だと思った。残念ながらNHKでは起きないとおもった。

















