歴史は日常の積み重ね・・・
2022/03/09
湖岸ポタリングで毎日通る浜大津港の桟橋に琵琶湖汽船135周年観光船ミシガン号40周年の記念幕が掲げられた。琵琶湖汽船は以前、太湖汽船と言われていた、其の頃は定期航路も多く湖上交通は華やで汽船乗り場は何時も賑わっていた。今は其の面影すら感じられない寂れた佇まいだ。湖上を行き交う船の姿もない静な湖面を眺めていると人の作った文明が少し賑わっただけの短い時間が過ぎただけではと・・・日常の積み重ねが平和に続いて行くことを願いながら湖岸を走った。
青空の一日
2022/03/08
今日は春を想わせる青空を見上げウクライナでの戦争を想像するも長閑な平和な空気が支配している我が国では悲惨な状況を肌身を持って感じる事は出来なかった。早くウクライナに平和が訪れる事を祈ることしか出来ないと又、青空を見上げた。琵琶湖では渡り鳥の数も少なくなり、帰った鳥もあるのかと湖上の少なくなった水鳥を見た。ユリカモメの数も少なく今日は10羽ぐらしか見られなかった。遊覧船も定期運航が始まるも乗船ターミナルは静な佇まいだ。三井寺の桜木の蕾も固く今年の開花は4月になるのではと思った。午後は三井寺の茶房へ向かうと門が閉ざされていた、臨時休業ではと諦めて、境内を後にして、歴史博物館の併設しているカフェへ向かった。最近、経営者が変わって、美味しいコーヒーが飲める店へと変わった。窓際の席でコーヒーを飲みながら小川糸さんの「真夜中の栗」を読んだ。小説と違いエッセイは喫茶店で読むには丁度良い、文庫本だ。其の中で、紛争や戦争に関係したエッセイもあった。人間はぜんぜん進歩しないどころか、むしろ後退している、と記された箇所もあった。エッセイを読みながら、ロシア軍の侵攻で何も関係のない市民の幸せが奪われ、他国へ難民として向かうも過酷な人生を強いられ、希望までも奪われかねない状況が待ち構えている現実に世界は一刻も早く問題解決に叡智を尽くしてほしいと願うしかないと思った。
日常・・・
2022/03/07
何も書くことが無いとパソコンの前に座った。ウクライナでは差し迫るロシア軍の首都キエフに向けての侵攻が何時始まるか分からない中で、其処に暮らす普通の人々の日常は以前の日常と比較にならないほど過酷な状況ではないのかと思うも此方は至って長閑で平和な日常が続いている、平和ぼけの我が国に暮らす、僕には生の戦場の恐ろしさを感じる事は出来ないし、どうする事も出来ないから、何も出来ないでいる空しさを唯感じるだけの日常だ。昨日読んだ、生活と自治に記載されいる、連載 新・反時代のパンセの中で、辺見庸氏がジャン・ジャック・ルソーは18世紀の哲学者が、21世紀の人間の決定的弱点を予言していたようにもみえる。「人間のすべての知識のなかでもっとも有用でありながらもっとも進んでいないものは、人間に関する知識である」(「人間不平等起源論」本田喜代治=訳)として引用していた。軽く読んだだけでは本当に意味を理解できていないとおもうが、人間は本当に進歩していないと、そして僕も進歩していないから恥ずかしくなった。
浜大津港ではヒドリガモが緑地へ飛ばずに歩いていた。鳥も歩くほうが楽なのかと写真を撮った。二枚目写真です。
可逆的?不可逆的?
2022/03/06
可逆も不可逆も僕は今日まで知らなかった。・・・今日も午後三井寺の茶房ながら亭へ本を持って出かけた。本はドストエフスキーの「白痴」4部の、残り分30ページを読み終え、19世紀の三角関係の恋愛模様は21世紀も同じではと思うのは社会面を通じて報道される、男女関係のニュースを見ていると人間は少しも進歩していないと・・でも此の複雑でどうしようもない人間の物語に魅力を感じるのは何故だろうと思いながら読み終え、お茶を飲んでいると、お店のKさんが冊子「生活と自治」をお菓子と一緒に持ってきてくれた。此の冊子の楽しみは、辺見庸さんの連載「新・反時代のパンセ」を読むのが楽しみで毎月読ませてもらっている、早速、そのページを開くと見出しには、これからどうなる?と書かれていた。一気に読んだ。重い言葉が心に何時も残る、辺見さんの文章は今の時代の危うさを伝えてくれ、愚かな僕にも気づかせてくれる、其の中で不可逆的の言葉を僕は初めて知った。科学進歩の不可逆的なテクノロジーの発展と可逆的な政治との結びつきの危険を語っていた。科学の進歩で便利な時代と危険な時代は後戻りすることは出来ない中、政治は進化せずに留まったままだ。相変わらず権力思考で基本的には19世紀と同じで、戦争も紛争も領土争いや利権争いに独裁政治と霊長類の長と言われるホモ・サピエンスの体も心も進歩しないのでは虚しくなるばかりだ。恋愛小説なら変化しない人間の悲しさや面白さも楽しめるが、戦争や紛争で多くの弱い立場の人が被害を被るのだけは防げないものかと思った。
追 これからどうなるのか? に興味がある方は「生活と自治」3月号の連載98新・反時代のパンセをお読みください。
びわ湖開き・・黄金の鍵のエピソード・・・
2022/03/05
青空の下で第67回びわ湖開きが行われた。浜大津港へ向かうとミシガン号は出航した後だった。港周辺には多くの人がセレモニーを見に来ていた、NHKの朝ドラのヒロインが一日船長を務めるのが恒例になっているがコロナの影響で二年ぶりのセレモニー?が行われたからだ。湖上セレモニーでは一日船長,市長らがミシガン号から湖上へ黄金の鍵を投げ入れてびわ湖の観光シーズンの幕を開ける行事は続けられているようだ。黄金の鍵と言っても一メートル以上あるハリボテ(金色の紙張り)?今では発泡スチロール製の大きな金色の鍵?だ。其の鍵は二個用意されていた理由が面白く今も記憶している、日本の有名な放送局のカメラマンが鍵の投下シーンを撮り損ねた事があり、その後、鍵は二個用意されたと記憶している、僕が報道船から撮影した1983年第28回のびわ湖開きの時も二度鍵を投下したとおもっているが・・・今日、掲載二枚目の写真は僕のアーカイブ写真で、大きな鍵が空中にあるのが見える、僕は失敗しないからと懐かしい黄金の鍵のエピソードを思い出した。現代はデジタルカメラ時代で失敗するカメラマンなどいる筈はないだろうと望遠レンズを付けたデジカメで沖合の湖上パレードの様子を撮った。
今日は百円商店街で町中は賑わっていた。写真三枚目

















