明日はびわ湖開き?
2022/03/04
午前中は青空も見られ春らしい陽気も感じられた。膳所のスーパーで買い物を済ませ何時ものカフェ、タイムでティタイム後、湖岸へ出ると上空は薄雲で青空が覆われていた。青空の琵琶湖を撮っておけば良かったと少し悔やんだ。今日もミシガン号は乗客なしで湖上を走っていた。其の訳を知ったのは午後遅く湖岸ポタリングに出かけ、浜大津港でミシガン号を見るとデッキを見ると青い幕にびわ湖開きの文字が見えた。そして今年で67回目と分かった。ミシガン号は明日のう本番での航路確認を行っていたのだ。桟橋にもミシガン号の就航40週年の記念幕が見えた。1982年に就航したことが直ぐに計算できた。はり丸とミシガン号も1982年のびわ湖開きでは湖上パレードに参加していたのではと記憶を辿った。僕が空から、びわ湖開きの湖上パレードを見たのは1967年だ、其の頃は
大津際川飛行場があり、テイクオフすれば5分と掛からずに湖上パレードする船団の上空に到達できた。そして空から湖上パレードを写真に撮った事も思い出してきた。もちろん、当時はミシガン号は無く、びわ湖の女王はり丸を中心に,みどり丸、弁天丸、そしてクルーザーやヨット、漁船まで加わって賑やかな湖上パレ−ドを空から取材する飛行機も多く、空中戦の様で少しスリルを感じた飛行少年時代も遠い過去となった。明日は地上から望遠レンズで湖上パレード?を撮って見ようと思った。
ひな祭り
2022/03/03
ひな祭り、は道具好きの父親が戦争が終わり、やっと落ち着いた頃、妹用に雛人形を京都で買ってきたのは僕の小学生の頃だった。床の間に少し大きめの雛人形が飾られた3月3日は遠い記憶の彼方へと去った。今日、写真に撮った木目込み人形の雛は母が東京から持ってきたと聞いているが定かではないが・・関東大震災を12歳で経験した母は大津で起きる地震には驚かなかったのは、東京で大きな地震に遭ったからではと小さな雛人形を見ていると母の顔が浮かんできだ。今日は春を感じる穏やかな好天の中、湖岸ポタリングで膳所由美浜の河津桜の様子を見に行った。例年ならチラホラと咲いていたが今年は少し遅いようだ。由美浜に着き河津桜を見ると先週に比べ蕾が赤く膨らんでいた。辺りを見ると一輪咲いているのを見つけた。其の花は青空に向かって一番先に咲いたよとアピールしているように見えた。間もなく由美浜では河津桜が開花すると春はスピードを上げてやって来るはずだ。春の陽射しを受け白く輝く比良の峰にも春の兆しを感じた。
透明度
2022/03/02
雨上がりの琵琶湖を写真に撮ろうと湖岸へでかけた。気圧の谷の影響が長引き思ったほどスッキリした風景を望む事は出来なかった。浜大津湖岸に佇んで琵琶湖を眺め、足元の湖面を見ると透明度の良さに驚いた。そして先日、柳が崎湖岸でも久しぶりに透明感のある美しい水を見たことも思い出した。例年よりも寒気が強く雪も多く降った所為で琵琶湖の深呼吸いわゆる全層循環が早く起こり琵琶湖の水は何時もより綺麗に感じた。今日は浜大津港ではユリカモメの姿は見られなかった。湖上では春の運航に備えてミシガン号が桟橋から離岸して港湾を一周して着岸を繰り返す慣熟航行を行っていた。コロナが終息して春の行楽シーズンに浜大津港の賑わいが戻ることを願いながらターミナルを通過した。
写真三枚目は1975年の高島市の松の木内湖周辺のアーカイブ写真で、此のような美しい光景を今では見ることはできなくなった。
誕生日
2022/03/01
今日、僕の誕生日だと言ったら本当は嘘になる、と言うのは2月29日に彦根で生まれたからだ。四年に一回の誕生日は幼い頃から祖母が3月1日が来ると本当は2月29日生まれで誕生日は4年に一回と言われていた事を思い出した。何故2月29日で申請しなかったのかと・・僕は29日で申請してほしかったが、2月29日生まれの人は28日にするか3月1日に決めて申請するそうだ。そして今日はSNS(FB)では誕生祝いのメッセージが届いているが、僕の誕生日2月29日を知っているのは限られた人なので関係ない話で、メッセージを頂いた方に感謝した。そして誕生会など開いた記憶も無いし、赤飯で祝うぐらいだ。そして誕生日を喜ぶ歳でもないのが現状だ。目出度くもなし中くらいの誕生日だ、そして元気に過ごしている82歳になった事には素直に感謝しなければとおもった。自分は誕生日などに拘らず時間の長さで表すのが好きだ、今日まで生きた時間はどれ程と計算してみると七十一万七千八百十六時間だ、もちろん、うるう年は一日差し引いて計算した。一年365日、8,760時間だ。人生長いようで短いと思った。そして僕の家族同様で暮していたマサドさんが南方の戦場で無くなったのは20歳?と聞く、戦火の中で大切な未来の時間が消えたマサドさんの無念さを、ウクライナの惨状を見て思い出してきた。僕を可愛がってくれたマサドさんの記憶は消えることがない・・・そしてウクライナでの戦火が一刻も早く終結することを祈った。
武器の無能化・・・
2022/02/28
ウクライナではロシア軍の侵攻を受けて国境に接する場所では戦争状態で多くの被害が出たことを伝えるニュースを見た。遠く離れているからと安心はしていられない、グローバル化した社会は何れ大きな影響を受けて大変な事態になるのではと思うと少し憂鬱になった。こんな時に僕は何時もアーサー・C・クラークのSF小説「地球幼年期の終わり」を思い出すのは地球にやって来た地球外生命の上主の総督カレレンが率いる船団?の力は凄い、瞬時に地球上の武器を無能化して、地球人は手も足も出なくなる物語は楽しく読めたのは武器を無力化して血を流すこと無く平和的に交渉をするからだ。世界の各地で起きている紛争で使われている武器、そして核保有国の持っている核兵器や全ての武器をSF小説の様に瞬時に無力化して欲しいと、青空を見て地球外生命がいればと・・・今日、停戦会談が行われるとニュースが伝えているが良い結果がでる事を祈るしかないとおもった。

















