雪景色
2025/02/08
今朝は素晴らしい雪景色を期待して目覚めた。でカーテンを開けるとそれほど雪は積もっていなかった。ゆっくりと朝食を済ませて三井寺へ向かった。雪遊びが出来なくなったのは今から8年前にクロカンスキーで三井寺の山中で大怪我をしてから以後ドクターストップで雪遊びが出来なくなった。でも雪が降ると胸が騒ぐから不思議だ。今日の積雪は2センチぐらいだから何時もの散歩靴で十分だ。鹿関橋の上から見る疏水の雪景色は木々の雪が落ちているから絵にはならなかった。長等小学校のグランドは真っ白な板に見えた。土曜日でなかったら学童がグラウンドで雪遊びで賑わっていただろうと静かなグラウンドをデジカメで撮った。観音堂では新聞記者が久しぶりの雪景色を取材していた。境内の雪も少なく雪景色を楽しむ人の姿も無かった。
寒い冬
2025/02/07
今年の冬が此れほど寒くなるとは予想すらしていなかった。改めて気候変動の恐ろしさを感じている次第だ。暖冬から極端な厳冬へ変化する気象は地球温暖化による気候変動が実際に起こっているのではと思った。でも湖北に積もった雪が溶けて琵琶湖に流れ込めば全循環が起きれば今年も琵琶湖が深呼吸出来るのだからと寒波襲来にも良いところがあると思った。
大雪のニュース
2025/02/06
連日テレビから流れる大雪のニュースを見ていると昔の冬を思い出した。スキーに出かけた信州や山スキーに出かけた福井、石川県境の村も大雪で埋まっていた。冬は閉ざされた場所へスキーを履いて向かった懐かしい雪の世界を思い出してきた。ニュース映像を見ていると誰一人クロカンスキーで買い物に出かける人の姿が無く雪国の情景としては寂しいと思いながらテレビのニュースを眺めた。
大雪警報
2025/02/05
暖冬なのに大雪警報が?気象ニュースを見ていると暖冬だから大雪になる説明をしていた、日本海の海水温度が高く水蒸気の発生する量が多いの影響しているのからだと・・・地球温暖化による気象変動は過激になるばかりでは安心して暮らせる社会にはならないのではと不安を感じるばかりだ。便利な時代にくらしているが少し前の僕らの子供時代の暮らしでもそんなに不便ではなかった。テレビもパソコンもクーラや暖房機も無かった、そして寒かった冬も部屋に火鉢で過ごした少年時代が酷い時代とは思わないのは何故と・・外で遊ぶ楽しさは自然と繋がるモノが多かった。凧上げは風と遊ぶ、雪あそびは雪合戦やソリ遊び、水遊び、川遊び、山遊びと自然の中で自由に体を動かせる楽しさ感じて育った。僕は昔は良かったとは言っていない、ただ便利なモノが多すぎるのでは思っているだけだ。文明の利器?電気を使う製品が自然環境まで変えてしまったのかと思うこの頃だ。
西武百貨店そしてパルコも消えた・・
2025/02/04
今日は寒波襲来の予報通り自転車で走る湖岸は風も強く押される感じで膳所のマックスまで来るのは楽だった。買い物を終え帰路を考えると湖岸を選ぶより市内へ向かう方が強風が避けられると西武百貨店跡に出来た集合住宅前を通ると5年前には存在していた西武百貨店のおしゃれなウインドディスプレイされたショーウィンドウを思い出した。何時も通るとデジカメでウィンドウを撮った。今は集合住宅がいかにも住まいとばかりの佇まいで存在するだけだ。横断信号で止まっていると西武百貨店時代にも在った車の防護壁其の上に描かれた陶版の大津絵が49年の時を刻んでいた。パルコの建物は存在するが佇まいには往時の面影は感じなかった。
写真3枚めは浜大津港のユリカモメの数は少なくなるばかりだ。そして湖面の渡り鳥も今年は数が少なく感じた。