イルミネーション
2021/12/15
今日は湖岸ポタリングも午前中の一回だけで夕景を見る機会はなかった。浜大津港にはユリカモメの本隊は姿を見せていない、三羽が湖面に浮いているだけだ。今年は来ないのではと思うと少し寂しくなった。夕食後、パソコンで今日、撮った写真をアップするが数も少なく湖畔通信に載せる写真は無いと判断した。そして直ぐに行動に移した。ダウンを着込み柳が崎の湖畔公園びわ湖大津館のイングリッシュガーデンで開催されている「冬のイルミネーション」の写真を撮りに出かけた。以前のイルミネーションはイマイチだった事を思い出しながらペダルを漕いだ。びわ湖大津館は元琵琶湖ホテルの建物で今も往時の姿だ。券売所でシルバー料金160円を払って入場した。以前よりも明るくなったのはLEDの性能が良くなったのと器具の量が多いと感じながら光のゲートを潜った。青。赤、緑と鮮やかなLEDの光でガーデンは昼間とは違った別世界が広がっていた。想像していた以上に華やかな光のガーデンを眺めて、素直に美しいと思った。そして何回もシャッターを押して撮影を終了した。寒い中でも結構、入場者があり良い企画だと思った。でも少し不便な処にあるのは残念だと寒い中を自転車を走らせ帰路についた。
青空・・・・・
2021/12/14
青空の下、湖岸ポタリングを楽しむも、琵琶湖の眺めは少し物足りないのは雲が無い所為だと首に下げたデジカメも出番がなかった。今日は視程も良く琵琶湖周辺の山もスッキリと見渡せ、航空写真日和と空を見上げた。最近はドロンが流行りで僕が以前に撮った航空写真を見てドロンで撮ったのですかと聞かれるが、説明するのも白けてしまう、航空機から実際に見る光景は高度も最低で300メートルで、ドロンの高度150メートルからワイドレンズで撮る風景は手前が異常に広く感じ、肉眼で見る光景と大きな隔たりを感じるから、そしてドロンに搭載されたデジカメを通して見る風景は枠でしか捉えていないから、僕にはデジカメのモニターを見ながら飛んでいるように見え、実際、空間を飛行しながら全視野の中から被写体を確認できないドロンには興味が湧いてこないからドロンを買ってまで航空写真を撮りたいとおもわなかった。でも青空の素晴らしい日は3000メートル上空から琵琶湖をフイルムカメラで撮ってみたいと雲ひとつ無い空を見上げた。
雲を愛でる・・・
2021/12/13
今日は偏西風も強く琵琶湖は少し波もあり、琵琶湖大橋以西は雪雲に覆われていた。買い物に向かうマックスは東方向で自転車は追い風のサポートを受け楽をしたが帰路は向かい風でペダルを漕ぐ足にも力が入り疲れた。午後はデジカメに望遠ズームを付け、水鳥を撮そうと膳所公園へ向かった。打出浜湖岸で自転車を留めて湖上を見ると堅田方向に虹が見え、デジカメを構えると虹は消え、時雨が此方へ向かって来ると予想して急いで自転車を出し膳所由美浜へ逃げた。時雨は追ってこなかった。今日の雲は層雲が主体で、雲の迫力が直に感じられ何枚も雲の写真が撮れた。ニュースではアメリカで起きた竜巻の被害を伝えていたが、迫力あるスパーセルなら楽しむ余裕もなく必死で逃げなければ命も危うい状況の中でもスマホで写真を撮る人がいる事に驚いた。そして竜巻で亡くなられた方々の冥福を祈りながら湖上の雲を見た。気候変動は大きな問題として世界中に広がっている、真剣に地球温暖化にたいして行動を起こさなければとおもったが、以前に見たビデオ「愚か者の時代」の中で知った、転換点は2015年で、もう既に過ぎてしまっているが、遅くはないと諦めずに何か始めなければとおもった。帰路、打出浜湖岸から虹が見え、写真に撮ることも出来た。
霧の朝?
2021/12/12
霧が発生していると分かっていれば散歩の時間を早めればと少し後悔した。三井寺の展望台から霧の少し残る風景を眺めた。映画でも霧が立ち込めるシーンが多く出てくるタルコフスキーの「ノスタルジア」や「ストーカー」そしてアンゲロプロスの「エレニの旅」や「こうのとり、たちずさんで」らに出てくる霧のシーンの素晴らしい映像を思い出した。湖岸ポタリングで浜大津へ向かうと比叡山の麓から西大津近辺には霧がまだ漂っていた。そして琵琶湖も琵琶湖大橋や比良山も霧の中だ。冬の休日は湖岸も静な佇まいだ、観光船ミシガン号も定期検査で姿は見かけなくなった。イベント広場では露店が出ているが人影も少なく寂しさが漂っていた。そして琵琶湖の水位は当分の間は低水位が続くのであれば渇水が心配だ。
日常の時間枠?
2021/12/11
毎日、時間割通り暮しているわけではないが、先日は津へ出かけた事もあり何時もの時間が少し狂い、何か気忙しく二日ほど、本を読む時間もなかった。今日はやっと僕の日常のリズムに戻った。湖岸ポタリングも好天に誘われて膳所公園まで走った。ユリカモメがやっと姿を見せてくれたが本隊はまだ到着していないのか浜大津港で数羽を見かけただけだ。膳所由美浜のサンシャインビーチでは高校生の陸上部が練習をしていた。砂浜も草が生えて見窄らしく感じた。柳が崎に保管されている大量の砂は此のビーチに持ってくれば良いのにと思った。帰路、和田神社の大銀杏を見に寄ると落葉が進み、葉を少し残した銀杏の木が寒そうに見えた。落ち葉はかき集められて、厚みが増して上を歩くと上等の絨毯の感触が足に伝わってきた。今年もあと20日となった、拝殿に飾られた大きな絵馬には虎が描かれていた。午後は三井寺の茶房ながら亭へ向かった。茶房は静で読書には良い場所だ。二時間同じ本を読むと飽きるから僕は何時も併読するから二冊の本をリュックからだした。今話題の古典新訳のドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」と中島岳志の「思いがけず利他」を40分づつ読んだ。思いがけず利他の中では人間の業について書かれていた。そしてカラマーゾフの兄弟の方も人間の業を描いた小説と感じた。不思議と併読する本は何時もリンクしているようにおもった。まだ読み始めで内容は掴めてないが「カラマーゾフの兄弟」は長編小説で今年中には読めそうもないが、買ったのは第一部だけ、でも新訳で楽しく読めると、早速に中井書店へ残りの二部三部四部を注文しようと思った。

















