中島省三の湖畔通信

柳川の堆積土砂その後・・・

2021/12/10

今年の8月14日に起きた、柳川上流、宇佐山の土砂崩れで柳川は大量の土砂で埋め尽くされた。そして撤去されて、柳川河口に積まれ保管されている写真は何回か撮りに行った。そして久しぶりに柳が崎、元水泳場に出かけると、予想していた通り砂浜の再生に向けて作業が行われていた。作業が始まって時間が経つのか以前に比べ砂浜部分が大きく広くなっていた。僕が少年時代の柳が崎水泳場の砂浜が復活した様に感じ少し嬉しくなった。相当な量の砂を敷いても此の浜だけでは処分できない量の砂は何処へ運ばれるのだろうかと考えた。膳所由美浜サンシャインビーチ(人工の砂浜)の砂は海砂と聞いている、そして水位低下で痩せ砂止めの石垣も見えているから此の浜へ運べば琵琶湖本来の滋賀県産?の砂だから良いのではと思いながら工事の様子を写真に撮った。自然に流出する砂の量は如何程か分からないが土砂崩れで流出した量の凄さは何百年分が一日で流出したのではと考えると自然の力の凄さに畏怖を感じた。


爺四人は津へ・・・

2021/12/09

気の合った爺4人が津へ向かった。もちろん車で、運転はプロドライバーのOさんで安心して高速を一路、津を目指すも途中でコースを離脱、カーナビ装備の車であるのにとおもわれるが、目的地は一度、行ったことのある石水博物館なので自信たっぷりに案内するも車線変更を指示するのが遅れ四日市市内へと向かう破目になった。地上から四日市を見るのは初めてだと上空から眺めた四日市を懐かしく浮かべた。そして高速に乗り無事、カーナビの助けもあり石水博物館に到着した。そしてガーン・・博物館は展示替えの準備で休館だ。爺4人が誰も確認を怠ったからだと反省することはなかった。石水博物館は陶芸家川喜田半泥子の作品らを展示する建物は紅葉に包まれていた。僕は博物館の大きな窓ガラスに映る紅葉を見るだけで満足できた。津まで来れば食事は、うなぎ、と决めてケイタイで探し今まで行っていない店にと、カーナビで向かった。お店は想像していたイメージとは少し違った。うなぎ、は本物だが少し味がイマイチと思うのはうなぎが苦手な僕だけだった。陶芸好きのOさんMさんSさんには残念な日となったが僕には久しぶりの遠出で車窓風景を楽しめた。そして往復運転でお世話になったOさんに感謝した。


追 琵琶湖の夕景に間に合ったことが嬉しかった。

SLOW OTSUのパビリオン?

2021/12/08

夕食後、テレビを見ると、琵琶湖の水位低下の話題を取り上げていた。湖北の湖岸が干上がり島まで渡れると記者が現地取材するも水位低下による影響等の心配もなく物珍しさを楽しんでいた。番組は面白さだけを追求するだけかと・・・もうテレビはいいやと消して、新聞を開き滋賀版を読むも以前のように細かな取材された、記事もなく新聞を閉じた。もうメディアは終焉が近いとおもった。新聞を取るくらいなら文庫本でも買う方が良いのではと思った。そして二階へ・・湖畔通信のネタもなくパソコンの前に座った。散らばった本の上にパンフレットが目に・・SLOW OTSU のイベントガイドだ。其の中にヨシパビリオンが載っていた。そして今日の湖岸ポタリングで、浜大津港で写真に撮った、ヨシパビリオンをおもいだした。パビリオンなる言葉を知ったのは大阪万博だった。1970年奇抜なパビリオンが立ち並ぶ姿を上空からの光景が頭に浮かんできた。大きなパビリオンを想像しながら葦と丸太で造られた小屋の様にも見えるパビリオンの写真をパソコンの画面にだし、首を傾げた。パソコンで調べると、仮設の建築物そして貴族の庭の四阿と分かり、なるほどと理解した。今日も人っ子一人の姿も見かけない小さな丘の上でヨシパビリオンが所在なげに冬空の下に晒されていた。

ビニール傘の効用(紅葉)?

2021/12/07

毎日の散歩は嵐や雷雨以外は出かける、もちろん今日も雨の中、三井寺へ向かった。鹿関橋から疎水を見ると水の流れは無かった。恒例の清掃作業のためだ。総門を潜り収納所を顔パス?で通過できるのも僕が所持している参拝券の期限は2100年で、僕は150歳だ。石段には紅葉が雨に濡れ滑りやすく注意しながら上がった。展望台から琵琶湖雨情を楽しんだ。そして琵琶湖には恵みの雨になればと展望台を後にした。境内の紅葉は雨に映え妖しい美しさを見せてくれた。村雲橋でビニール傘越しに木々を見上げると透明の傘に落ち葉が、お洒落な傘にしてくれた。僕が作為的に落ち葉を付けたら、こんなに美しくは、ならないと翳した傘を眺め感心した。少し雨脚が強くなった。雨粒がビニール傘を打つ音と林の中から聞こえてくる鳥たちの鳴き声が上手く合っているようにおもった瞬間、何故か違和感を感じた。少年時代に指した番傘に当たる雨音を思い出したからだ、和紙と柿渋そして竹と全て自然な材料で造られた和傘から聞こえる雨音はビニール傘とは比べ物にならない、良い音だったことをおもいだした。普段から環境問題をうるさく言っている自分がライフサイクルの短いビニール傘を使い、透明な傘に乗った落ち葉を愛でている、めでたい奴だと少し恥ずかしくなった、雨の散歩だった。

沈水植物?

2021/12/06

沈水植物の言葉を目にしたのは朝日新聞の滋賀版に掲載される琵琶湖博物館研究だより、で知ったのが初めてだ。一般的には藻の事だ、何だと通り過ぎてしまえば其れまでだが、2000年代に入り沈水植物が過剰に繁茂した理由は水位の低下と関係?のキャプションが気になり読んだ。記事は琵琶湖博物館の総括学芸員 芳賀裕樹氏が南湖の沈水植物として四回に別けて紙面に載せた、今日が最終回だ。記事の中で透明度は1936年に京大の山口久直さんが観測した南湖の平均透明度2・6メートルは、現代とほぼ同じでした。従って可能性のあるのは琵琶湖の水位低下です。そして昔に比べると水位が低い期間が長くなっているのは京阪神の水需要の拡大に応えるためです。と記事に・・・そして最後に、研究の結果次第では琵琶湖の水を1450万人が利用していることが、沈水植物の過剰繁茂の原因ということになるかも知れませんと結んでいた。渇水の原因にも人間の生活が影響しているのかとおもうと水利用も考えねばと思った。そして1450万人が命の水としている琵琶湖が、もし若狭の高浜、美浜の老朽原発が事故を起こせば1450万人の命が危うくなる前に老朽原発の運転を止めなければならない事も重要だと考えた。今日の湖岸ポタリングで湖岸に佇んで彼方の原発群の危険性を心配した。今日は風がないが、若狭から強い風なら一時間も掛からずに、もし事故があれば放射能雲が琵琶湖を覆ってしまうと近畿は全滅だ。と想像すると怖くなってきた。

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