ひな祭り
2022/03/03
ひな祭り、は道具好きの父親が戦争が終わり、やっと落ち着いた頃、妹用に雛人形を京都で買ってきたのは僕の小学生の頃だった。床の間に少し大きめの雛人形が飾られた3月3日は遠い記憶の彼方へと去った。今日、写真に撮った木目込み人形の雛は母が東京から持ってきたと聞いているが定かではないが・・関東大震災を12歳で経験した母は大津で起きる地震には驚かなかったのは、東京で大きな地震に遭ったからではと小さな雛人形を見ていると母の顔が浮かんできだ。今日は春を感じる穏やかな好天の中、湖岸ポタリングで膳所由美浜の河津桜の様子を見に行った。例年ならチラホラと咲いていたが今年は少し遅いようだ。由美浜に着き河津桜を見ると先週に比べ蕾が赤く膨らんでいた。辺りを見ると一輪咲いているのを見つけた。其の花は青空に向かって一番先に咲いたよとアピールしているように見えた。間もなく由美浜では河津桜が開花すると春はスピードを上げてやって来るはずだ。春の陽射しを受け白く輝く比良の峰にも春の兆しを感じた。
透明度
2022/03/02
雨上がりの琵琶湖を写真に撮ろうと湖岸へでかけた。気圧の谷の影響が長引き思ったほどスッキリした風景を望む事は出来なかった。浜大津湖岸に佇んで琵琶湖を眺め、足元の湖面を見ると透明度の良さに驚いた。そして先日、柳が崎湖岸でも久しぶりに透明感のある美しい水を見たことも思い出した。例年よりも寒気が強く雪も多く降った所為で琵琶湖の深呼吸いわゆる全層循環が早く起こり琵琶湖の水は何時もより綺麗に感じた。今日は浜大津港ではユリカモメの姿は見られなかった。湖上では春の運航に備えてミシガン号が桟橋から離岸して港湾を一周して着岸を繰り返す慣熟航行を行っていた。コロナが終息して春の行楽シーズンに浜大津港の賑わいが戻ることを願いながらターミナルを通過した。
写真三枚目は1975年の高島市の松の木内湖周辺のアーカイブ写真で、此のような美しい光景を今では見ることはできなくなった。
誕生日
2022/03/01
今日、僕の誕生日だと言ったら本当は嘘になる、と言うのは2月29日に彦根で生まれたからだ。四年に一回の誕生日は幼い頃から祖母が3月1日が来ると本当は2月29日生まれで誕生日は4年に一回と言われていた事を思い出した。何故2月29日で申請しなかったのかと・・僕は29日で申請してほしかったが、2月29日生まれの人は28日にするか3月1日に決めて申請するそうだ。そして今日はSNS(FB)では誕生祝いのメッセージが届いているが、僕の誕生日2月29日を知っているのは限られた人なので関係ない話で、メッセージを頂いた方に感謝した。そして誕生会など開いた記憶も無いし、赤飯で祝うぐらいだ。そして誕生日を喜ぶ歳でもないのが現状だ。目出度くもなし中くらいの誕生日だ、そして元気に過ごしている82歳になった事には素直に感謝しなければとおもった。自分は誕生日などに拘らず時間の長さで表すのが好きだ、今日まで生きた時間はどれ程と計算してみると七十一万七千八百十六時間だ、もちろん、うるう年は一日差し引いて計算した。一年365日、8,760時間だ。人生長いようで短いと思った。そして僕の家族同様で暮していたマサドさんが南方の戦場で無くなったのは20歳?と聞く、戦火の中で大切な未来の時間が消えたマサドさんの無念さを、ウクライナの惨状を見て思い出してきた。僕を可愛がってくれたマサドさんの記憶は消えることがない・・・そしてウクライナでの戦火が一刻も早く終結することを祈った。
武器の無能化・・・
2022/02/28
ウクライナではロシア軍の侵攻を受けて国境に接する場所では戦争状態で多くの被害が出たことを伝えるニュースを見た。遠く離れているからと安心はしていられない、グローバル化した社会は何れ大きな影響を受けて大変な事態になるのではと思うと少し憂鬱になった。こんな時に僕は何時もアーサー・C・クラークのSF小説「地球幼年期の終わり」を思い出すのは地球にやって来た地球外生命の上主の総督カレレンが率いる船団?の力は凄い、瞬時に地球上の武器を無能化して、地球人は手も足も出なくなる物語は楽しく読めたのは武器を無力化して血を流すこと無く平和的に交渉をするからだ。世界の各地で起きている紛争で使われている武器、そして核保有国の持っている核兵器や全ての武器をSF小説の様に瞬時に無力化して欲しいと、青空を見て地球外生命がいればと・・・今日、停戦会談が行われるとニュースが伝えているが良い結果がでる事を祈るしかないとおもった。
遠方の友とカメラ談義
2022/02/27
今日も好天に恵まれ湖岸ポタリング日和となった。風は少しあるが快適に自転車を走らせる事が出来た。湖畔では家族連れが休日を楽しんでいる姿を眺めていると、ウクライナでのロシア侵攻による被害状況のニュース映像が浮かんできて、同じ地球上でありながら一方ではミサイルや砲弾が飛び交い命の危険を感じながらの暮しと此方は長閑な春の陽射しを受けての平和な暮しをしている現状から悲惨な状況を想像しても、安全地帯からでは本当の怖さを体感することは出来ないと思った、そして早く終結の道を見つけて欲しいと願うことしか出来なかった。そんな中でカメラ談義など悠長な話題もはばかられるが・・・僕は最近、遠方の友人Hさんと電話でカメラや写真の話をするのが楽しみだ。お互いフイルム時代からの写真愛好家で話が通じるから、話題はカメラや写真らで、話はつきないが大抵10分ほどの対話だ。町中でのスナップ写真は以前なら近くで人を撮っても然程問題にはならなかったが、昨今は肖像権やプライバシーの問題で迂闊に人物を撮ることも憚られる時代となったことなどをHさんと話した。スマホではインスタグラムでの写真が主流になり、カメラ(デジカメ)らで撮られる写真はマイノリティーになりつつあるのが現状だ。写真家であり小説家の藤原新也氏は「日々の一滴」(藤原新也)の始めでインスタグラムラッシュアワーと題して語っている・・だがそれも写真、これも写真。時代のあらゆる生き方を包括するからこそ、それは写真なのだ。君たちは君たちの写真を撮れ。俺は俺の写真を撮る。と本の初めに記してあった。うむ・・なる程と感心した。僕も僕の写真をスマホで無くカメラ(デジカメ・フイルム)で此れから先も撮って行こうと思った。
湖畔通信は全てカメラ(デジカメ。フイルム)で撮影したものです。
(スマホで毎日、インスタグラムへ投稿している自分が少し恥ずかしい、この頃です。)

















