群生地
2022/04/23
散歩や湖岸ポタリングで何気なく見ている風景も意外と細部までは見ていないと思った。今日も三井寺の境内を散歩しながら何か花は咲いていないかと彼方此方を見るも簡単には見つからないから、昨日、見つけたウラシマソウは大丈夫かと心配しながら花の場所に向かった。ウラシマソウは花から釣り竿を延ばしながら元気な姿で其処に在った。そして林の中を見ると何とウラシマソウが群生しているではないか、毎年、近く通っていても気づかなかったのは見ているようで見ていないのか、急に群生地になったのかと、花の咲いている林に足を踏み入れた。花を撮ろうと足を踏み出すと足元でシマヘビが慌てて逃げ出した。久しぶりに見るシマヘビの姿を見送った。二年ぶりに蛇を見て驚くより自然がまだ残っている状況が嬉しくなった。辺りを見渡すとウラシマソウの花が咲いているものを含め20位が確認できた。湿った空気とある程度の日陰が必要と以前パソコンで調べ知った。条件が揃わなければ此れほど多くウラシマソウが咲く事は無いと素晴らしい林を見ると椎の大木もある素晴らしい環境だと僕も深呼吸した。山野草の愛好家らが持ち去らないことを願うだけだ。
写真が撮れる日・・・
2022/04/22
写真が撮れる日・・・昨日は撮れない日・・・別に、そんな日が決まっているわけではないが、今日は朝から気持ちよくデジカメのシャッタを押した。朝の散歩、三井寺の展望台から見る景色も比叡山は雨雲が山頂部を覆っていた。境内は雨に濡れた新緑が一段と美しく見えた。鶯は恋の季節だろうか境内の森?林から完成度の高いホーホケキョーの鳴き声が聞こえた。蓮池では比叡山の修行僧が付ける行者笠の様な新葉が水面に見えた。写真を撮ってモニターで確認すると僕の網膜に写った水面では無く、固まって氷の様にも見える水面がモニター映っていた。デジカメでは空気や水の揺らぎを撮像素子が感知しないのかと不思議な画面を見た。そして今日は49日ごとに検診を受ける坂本のKクリニックへ向かう日で三井寺の散歩もゆっくりとは出来なかった。検診後の楽しみは鶴喜で蕎麦と酒を飲むことだ。もちろん結果は異常なしで安心して蕎麦を食した。そして友人の元店主Uさんを誘ってカフェへ向かう途中、古い商家に寄って写真を撮った。山王祭の神輿の模型?と言っても年代物で流石歴史在る坂本の商家と感心した。その後友人と昔話をしていると青年時代に帰った気分になった。残された時間は僅かでも楽しく行こうと言って別れた。湖岸ポタリングでは雲一つない琵琶湖を眺め、そして写真を撮った。
写真を撮らない日?
2022/04/21
写真を撮らない日と言うより撮れない日となった。朝の散歩そして湖岸ポタリングでは一応シャッターを押したが湖畔通信にアップ出来る写真が無いのは今日が初めてではとおもった。パソコンで写真を探しながら、保管されている写真データーを見ると6年間の写真の量の多さに驚いた。そろそろパソコンからハードディスクに移し替えねばと思った。古いものは既にハードディスクに移してあるが、ハードディスクも満杯なので購入しなければならないがデジタルデーターは常に移し替えて保存しなければならないから手間と機材費も掛かり、本当に貴重な写真などデジカメの記録にあるのだろうかと考えた。僕の記録写真で貴重なのはフイルムで撮影した1960年代から1990年代の琵琶湖の航空写真だけではと思った。そして湖畔通信の写真は友人のMOROさんが一万枚近くの写真を何時でも見られるようにしてくれたので心配無用だ。5月1日から三井寺の書院で始まる「めぐる水」展では一万枚近くの写真をモニターで見られるように設定してくれるが、全て見るには17時間掛かるとMOROさんに教えられ驚いた。デジタル写真については暇な折、大切な写真だけを選び出してデーター保存するなら簡単だとおもった。でも選び出すには相当の時間を覚悟しなければとパソコンのデーターを見た。
今日の写真は昨日に撮った写真とフイルム写真は二週間前の町中写真です。
ウラシマソウ
2022/04/20
爽やかな季節は地球温暖化が進み短くなったのではと感じるのは僕だけではないと思った。毎日の散歩で訪れる三井寺も新緑シーズンに入り境内は生命力に溢れ歩いているだけで自然のパワーを感じる場所だ。今日も展望台傍らでは新緑と新赤?が競っている、椎木も間もなく花粉が飛ぶ季節だ。門前町周辺では5月になると木々たちが放つ香りが漂うと僕ら子どもたちは千団子さんの臭いだと言ってお祭りが近いことを臭いで感じた、懐かしい少年時代を思い出した。山野草の季節で境内ではウラシマソウが咲いていた。去年よりも少し早いのではと近づいて写真を撮った。少しグロテスクに見えるが花から出た蔓が釣り竿に見えるから、ウラシマソウになったのかと不思議な花を眺めた。護法善神を祀る護法社は千団子さんと地元では親しみを込めて呼ばれている社殿の前には池があり周囲はカラタチの生け垣で囲われているが近年はカラタチも少なくり花が咲いても目立たず気が付く人もなく僕が写真を撮るくらいだ。大きな棘があり注意しないと痛い目に遭うが四弁の花は清楚で美しく気高いとおもった。少年時代カラタチの実は覚えている、固く大きさもあり悪戯で投げ合うことも在ったから記憶にあるが花を見た記憶はおぼろげと言うより皆無だ。今日は40年以上も前に使っていたソフターと言うフイルターの一種をレンズに付けてウラシマソウやノムラモミジを撮った。ソフトな写りは流石ドイツ製ツアイスだと感心した。でもカラタチの花にはソフターは不要とおもった。棘が魅力と思ったからだ。
赤い新緑??
2022/04/19
毎日、散歩する三井寺の境内には新緑シーズンに赤くなるモミジの樹が何本かあり、毎年何気なく見ているだけで済ましていた。今日、改めて見てみると新緑と赤い新緑?の不思議さに戸惑った。同調圧力の中で暮らす窮屈さが支配する我が国の社会では人と違う生き方をするのは難しいのに自然界では新緑シーズンの真っ只中で、新緑なのに新赤?でいられる自然界は素晴らしいと思った。その後パソコンで検索してノムラモミジと分かった。午後は三井寺の茶房ながら亭へ出かけ、小説「海炭市叙景」(佐藤泰志)を再読した。短編で構成された物語は何れも素晴らしく何よりも映像が浮かんでくるから不思議だ。五年も以上も前に読んだ本だが、新鮮味を感じるのは物語に風を感じるからだとおもった。北海道の函館を舞台に繰り広げられる物語には哀感と其処に暮らさなければならない宿命に流されてゆく人達に人間として魅力を感じるからだ。そして佐藤泰志の作品は映画化される作品も多くあり、僕の見た「オーバーフェンス」「きみの鳥はうたえる」も印象に残る映画だった。「海炭市叙景」は見たい映画だがビデオでしか見られないのが残念だ。

















