中島省三の湖畔通信

琵琶湖の波音

2022/04/18

今日の午後、ブランチ大津京へ出かけた。目的はモンベルで夏物シャツを買うためだ。店内で半袖シャツを探しても僕の必要としている胸に両ポケットがあり、ポケットにはフラップが付いているシャツを探すも見つからず、店員さんに尋ねると、今年のカタログにも無く生産が中止された、と返事があった。アウトドアー専門店のモンベルもファション重視に方向転換したのかとアロハや片ポケットのお洒落なシャツを見ても僕には興味が沸かなかった。大きなポケットが付いたシャツは便利だと僕は思うのだが最近は機能優先から見てくれのファション性重視とモンベルまでが変わってしまったのかと少し失望した。仕方なくTシャツと夏用チョッキを買ってモンベルを出て、隣のユニクロで物色するも欲しいモノは無かったが、Tシャツを二枚買った、モンベルのTシャツ一枚分でユニクロでは二枚買えた、もちろん素材はモンベルが優れているが、拘ることがなければユニクロで充分と思った。物作りも薄ぺらな流行を追う方向に向かったのかと堅実なモノを生産していたモンベルだったのにと過去の物作りを振り返った。そして外へ出て、近くの柳が崎湖畔へ向かった。砂浜の再生?工事は終わって広い砂浜が広がっていた。豪雨の災禍で柳川に堆積した山砂が役に立ったのではと砂浜を写真に撮った。水際に出て砂浜に打ち寄せる波の音を聞いていると心が鎮まり、雑念が消えた。何時も聞く波音は人工湖岸のコンクリートや石垣に打ち当たる波は水の悲鳴が聞こえて来るようで心が落ち着く事は無かった。今日は自然の砂浜に打ち寄せる波の優しい声を聞けた、心安らぐ日となった。

写真日和

2022/04/17

一年を通して一番爽やかな気候が続くのは4月中頃から5月中頃までだ。空を飛ぶにも、写真を撮るにも空気が安定していて、そして視程も良く、僕はこの時期が大好きだ。山スキーは新雪こそ味わえないが安定したザラメ雪の上を滑るのは難なくスキーを走らせることが出来る、そして山の新緑を楽しめるからだ。航空写真も大地が芽吹きを感じる壮大な眺めを飛行機の窓を開けて春の新鮮な空気を吸いながら上空から地上を撮影する快感は忘れることが出来ないと青空を見上げた。三井寺でも新緑のパワーが境内を駆け巡っているようで、今日も木々からのパワーを感じた。湖岸では稚鮎釣りが盛んで釣り仲間たちが集っていた。におの浜のシバザクラも一気に咲いた。午前の湖岸ポタリングでは蜃気郎を期待して望遠レンズを付けたデジカメは役にたたず、シバザクラの咲く情景を撮るもイマイチだ。蜃気楼は下方で、空気が冷たい所為で上方蜃気楼は出なかった。午後はシバザクラを撮りに再度、におの浜へポタリングした。ワイドレンズでシバザクラと琵琶湖を撮り楽しい写真日和となった。

散歩写真

2022/04/16

湖畔通信を始めた頃のデジカメはコンパクトデジカメで撮っていて、時々一眼デジカメを使っていたが最近はデジイチ(一眼レフ)で撮ることが多くなった。一番の原因は折角撮影するのだから大きなデータで記録して置けば後々役立つからだ、そして友人Hさんからの機材提供のお陰で写欲がでてきたからだ。散歩写真は不要不急の爺だから気楽に時間を気にすること無く歩いていると、犬も歩けば・・諺の様に意外と良い被写体に出会う時がある、そしてパソコンで写真を確認できるから費用も掛からないから気楽に撮れるのもデジタルカメラのお陰と感謝しながら今日も随分撮った。三井寺を散歩している時、八重桜の名所が境内にある事を思い出した。護法善神を祀っている護法社殿前にある桜樹を思い出し向かったが、桜は満開の時期が過ぎて苔の上に少し大きめの花びらが広がっていた。残念と、枝に残っている八重ザクラを撮った。良く見ると先日、撮った八重桜と違い花弁も少ない清楚な八重桜が強い風に揺れていた。今日は湖岸も風が強く波立っていた。風速20メートル近く感じる強風に体が揺れる湖岸で写真を撮った。やはり風が強い日は福井若狭の原発群が気になる、高浜と美浜の老朽原発が事故を起こせば一時間も掛からずに放射能を含んだ雲が琵琶湖上空に達するからだ。そんな事態が起これば僕らが避難する場所は無いだろう、そして命も危うくなると考えると危険な老朽原発は即停止してほしいとおもった。

足の踵が感じる自然?

2022/04/15

夜来の雨も上がり、散歩に出かける時間には霧雨程度で、傘は必要なかった。新緑が雨に濡れ一段と鮮やかさを感じさせてくれた。最近、歩くと右足の踵が少し痛く感じるが、三井寺の総門を潜ると土の道に入ると踵の痛みが消えるのは何故と思った時、40十年近くも前、僕が琵琶湖の環境問題をテーマにした映画を作っている時に、解説をお願いした滋賀大学教授の鈴木紀雄さんが、録音所で画面を見ながらアドリブで解説の折に、画面に映る老婆が歩くアスファルト道路を見て、自然の土の道なら足を痛める事もなく幾らでも歩けるのに、と言われた事を思い出した。今日も境内を歩いて散歩している時は踵に痛みも感じないが、仁王門を潜るとアスファルト舗装された道になり、大門通を歩く頃には僕の右足の踵が再び痛くなり始めた。改めて地球の表面を覆っている土の柔らかさがホモ・サピエンスにも必要だとおもった。江戸時代、東海道を行き交う人達は柔らかい土道を疲れずに一日十里も歩けたのかと自動車や自転車専用のアスファルト舗装の大門通を下る足取りは重く感じた。

文中にある映画は「変わりゆく琵琶湖」(16ミリフイルム1983年制作解説鈴木紀雄)で今も映写機があれば見られるが・・・

写真は個人で湖岸を清掃する人を時々見かけ、この人達のお陰で湖岸が美しいのだと思った。今日の蜃気楼は下方で気候が冬型に戻った所為だ。三枚目はフイルムカメラで今日撮影した写真です。

静な境内

2022/04/14

近くの桜の名所、疎水に掛かる鹿関橋から見る眺めは花は散ってしまったが新緑シーズンになり美しさは花の頃よりも今の方が色彩も豊かで植物のパワーを一番に感じる本当の自然美を感じることができるのに橋上には人の姿と言えば僕一人だ。疎水の流れの先には観光通船が二艘が客を待っていた。堰堤下部の通路には通船に向かう観光客の姿が見えた。京都蹴上までの一時間の船旅を楽しむ人もコロナの影響か一艘は閘門に繋がれていた。小型船の乗客一艘12人と少なく三艘でも36人では運べる数も知れたものだと思いながらデジカメのシャッターを切った。三井寺の境内も静で、僕は何時も鬼貫の句を思い出す、鬼貫が三井寺を訪れた江戸時代は境内には今のように桜が多くなかったのではと、すっかり花を落とした桜を見ながら歩くと、八重桜が見えた。八重桜は少し離れた場所で咲いていた。近くに寄って花を愛でていると、先日友人から送られてきた手紙にあった、百人一首をおもいだし、頭に詩を浮かべ、字を追った、いにしえの奈良の都の八重桜 けふ九重に においぬるかな と心で読んだ。そして写真も撮った。午後は湖岸へ向かうと、僕の好きな鈍色の琵琶湖が雨の降る前の光景を見せてくれた。

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