中島省三の湖畔通信

自宅療養?

2021/08/24

新型コロナウイルス変異株が威力を増して日本全国では感染者が増えるばかりだ。僕の住む滋賀県も緊急事態宣言を国に要請したとニュースが伝えていた。そして県内のコロナ感染者の自宅療養の人も1000人に近くなり大変な状況になり少し心配だ。テレビで見る自宅療養の患者の急変で対応する医療従事者は限られているからた、対処できるのか、医療崩壊がはじまっているのでないのか、国の体制は大丈夫なのかと不安になるばかりだ。今日からパラリンピックが始まるがコロナ禍の問題が解決しない限り明るい気分になれないとテレビを消した。


浜大津港と琵琶湖文化館ではアオコが少し見られた。

地蔵盆

2021/08/23

今日は地蔵盆で、コロナ禍でなければ市内の各町内では地蔵盆の行事が行われ子供たち(最近は幼い子)と大人が地蔵尊を祀った場所に集い、大きな数珠(大きな数珠)を尼僧の読経に合わせて回す姿も見られる夏休み後半のイベントだが二年も続けて中止となった。僕らの少年時代は町内にある薬師堂に地蔵尊を祀り、8月23,24日の二日間、数珠回しの行事が済むとスイカやお菓子が配られて、皆んなでわいわいがやがや、楽しく遊んだ記憶が浮かんできた。戦後間もない頃は楽しみの少なかった時代で、夏休みの中では一番の楽しい集いでもあった。23日の夜は同じ町内の組別に子供たちが趣向を凝らし劇や踊りを披露した時代もあったなと懐かしい地蔵盆を思い出してきた。今は核家族化と少子化で子供たちの姿も少なく最近では地蔵盆は高齢者の集いとなっている町内がほとんどではと思った。我が家の地蔵尊は小さな庭の片隅にある祠の中には二体のお地蔵様が祀られていて一年一回地蔵盆の8月23日には近くの尼寺遊心庵から庵主さまにお参りしてもらうのが年中行事で本日も二人の尼僧さんに読経してもらった。祖母は信仰心が厚く毎日、お参りしていたが僕は一年一回この8月23日にお参りするだけとなった。我が家の地蔵尊の由来は、祖母に幼い頃に聞いた朧気な記憶によると、曾祖父さんが河川改修の折に見つけ家に持ち帰ったのが、我が家のお地蔵様だ。それ以前に辿られたお地蔵様の歴史は僕には分からないが自然石に微かにお顔が彫られている二体のお地蔵様は今後も大切にお守りして行きたいと思った。

今年もアオコが・・・

2021/08/22

琵琶湖に今年もアオコが発生した。湖岸ポタリングで湖岸を膳所方面へ向かう途中、琵琶湖文化館近くで湖面を見ると水面が緑色になっているのに気づき自転車を止めた。近づくと異臭はしないが緑色のペンキを流した様に湖面がなっていた。アオコの発生だ。アオコと言えば僕が初めて見たのは長野県の諏訪湖で1969年に見たのが最初だ。大津JCで琵琶湖の富栄養化防止の映画撮影で仲間と諏訪湖まで出かけた時だ。緑色のペンキを流した様な湖面を小さな船が走っている光景は今も僕の脳裏に刻印されたままだ。其の頃は琵琶湖では淡水赤潮もアオコも発生していなかった。淡水赤潮が琵琶湖で発生したのは1977年で、それから石鹸運動が起きて琵琶湖の富栄養化防止条例へと向った。アオコはずっと後で発生した。滋賀大学教授の鈴木紀夫先生はアオコの毒で牛が死んだ例がアメリカであると言われたことも懐かしい思い出となった。淡水赤潮は近年琵琶湖では発生の滋賀県発表はないが、元になるウログレナプランクトンは今も琵琶湖で生きているそうだ。アオコの方は毎年発生が続いているが以前ほど騒がなくなったのは何故と、不思議に思う、そして今日の浜大津港のアオコの発生も僕が確認しただけではアオコの発生にはならない、滋賀県がアオコを認めて始めて琵琶湖でアオコ発生となるから・・今日のアオコは僕が発生と言っているだけだ。

コルベ神父

2021/08/21

コルベ神父の事を知ったのは、朝日新聞の天声人語でコルベ神父の事が書かれているのを読み、初めて知った。ドイツナチス時代、ポーランドのアウシュビッツに在った、ユダヤ人強制収容所で飢餓死刑を宣告された人の身代わりを、自分から申し出て亡くなられた神父として有名な人で、1930年には長崎を訪れ、1931年に、長崎市本川内町の麓に修道院を建て布教活動もされた方だと「優しさと強さと」アウシュビッツのコルベ神父(早乙女勝元著)の中に記してあった。此の本は1983年に発売されていて、買った記憶は既に無く、天声人語で知ってから何気なく本棚を見ると、優しさと強さと、の背表紙に書かれた文字が僕の目に入った。本を手に取ると表紙にはメガネを掛けたコルベ神父の写真が載っていた。強制収容所の過酷な状況は以前に読んだ記憶もある「夜と霧」V.E.フランクル著の中で人間が其処までも残酷非情になれる怖さを感じながら読んだことも思い出した。そして映画でも「サウルの息子」ネメシュ・ラースロー監督ハンガリー映画2015年で収容所内部の非情で残忍な場面が自分目線で描かれかなりショッキングな映画だった事も記憶に新しい、其の中に出てくるゾンダーコマンドは同じ囚人でありながら収容所内での過酷な死体処理などをする役目だが何時、死刑にされるか分からない状況の中で働く過酷な任務が描かれた、映画の存在も思い出した。そして今日、読み終えた、「優しさと強さと」の中で語られるコルベ神父の崇高な人間性を感じながら、自分なら、そんな行動など出来ずにおろおろして死んで逝くのが関の山だと思った。地球上では差別や貧困そして紛争も続いている、アフガニスタンやミヤンマーそしてアフリカで今も続いている戦争禍に近い場所で暮らす弱い立場の人を救える事は出来ないのだろうかと、何も出来ない僕が考えてもどうにも出来ることではないが・・・・・


三枚目の写真は昨日の虹の続きです。

虹を追って

2021/08/20

雨が続いて気分は塞ぎ気味だが今日は久しぶりに元気が出た。と言うのは夕食後、湖岸ポタリングに出かけると,疎水の入り口の三保が崎へ来ると前方に虹が見えた。信号の変わるのを待って161号を渡り橋の上から虹を見た。久しぶりに見る虹に感動した。そして写真を撮り始めると何時ものカメラではなく近くにあったものを持ち出した所為で水平が取りづらく何枚も撮った。構図に拘る僕は急いで浜大津方向へ自転車を走らせた。浜大津港ではイマイチと打出浜へ急いだ。虹は待っていてくれた。自転車を止めて琵琶湖東岸にデジカメを向けて数十枚撮った。確認するも古いカメラなのでモニターが鮮明に見えず諦めた、そしてスマホでも撮った、何か気ぜわしく感じ写真を撮るのを止めてゆっくりと虹を堪能した。虹を眺めていると最近読んだ「雲を愛する技術」(荒木健太郎)の中で虹に付いても書かれていた、虹も雲の仲間だと思い出した。雲は少年時代から大好きな飛行機とは切り離せないと何時も空ばかり見ているだけで満足していた。最近、雲を愛する技術を少し得とくしたのか見事な雲に出会える機会が増えたように思える、そして琵琶湖が呼んでくれるからと感謝しながら家路に付いた。

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