ダイナミックな琵琶湖の光景
2022/01/05
毎日、二度は湖岸を訪れる、午前中の湖岸ポタリングと夕景を楽しむためだ。最近は寒く夕方に湖岸へ向かうのは躊躇する時もあるが琵琶湖の魅力に誘われ、寒さを堪えて今日も自転車で向かった。昼間の風も収まり琵琶湖は穏やかな姿を見せてくれた。刻々と変わる琵琶湖の表情をデジカメでは捉えきれないと湖岸に佇んでダイナミックに躍動する雲と湖面を眺めた。素晴らしい琵琶湖の風景を写真に収めるなら、やはりリバーサルフイルムが一番ではと思った。残念ながらリバーサルフイルム(ポジフイルム)は高価になり趣味では使えなくなったが、デジカメのフルサイズなら我慢できる写真が撮れると今日はデジカメフルサイズで撮影した。帰宅してパソコンにアップしながら美しい琵琶湖の光景を見ていると言葉は要らないとおもった。唯 其れだけのこと・・・・
8,000,000t?
2022/01/04
8,000,000tこの数字は昨日の朝日新聞別紙グローブ1月3日の11ページの見出しに記された数字だ。今回はゴミ問題を取り上げているので興味を持ち読んだ。八百万トンものプラスチックごみが一年間に流出している事に驚いたが、その数字の下には「究極のごみ」問題が載っていた。言うまでもなく原発から出る放射能を含んだ核のゴミの処理問題は未だ解決していない、青森県六ケ所村の施設も工事着工から29年経っても完成しない事情が詳しく書かれていた。世界は79年のアメリカスリーマイル島原発事故、そして86年チェルノブイリの原発事故後は安全対策を強化したことによって建設費が増加したこともあり原発建設は激減した。我が国では2011年3月11日に福島第一原発事故が起きているのに、まだ原発をローベース電源と考えている、そして福井高浜と美浜の老朽原発を再稼働するという危険極まりない事態だ。其の上に核燃料リサイクル施設建設や最終処分場も決まっていない中で原発の利用を諦めることなく進める此の国の行動は世界の情勢から大きくかけ離れている現状には失望と虚しさを感じるだけだ。今日も湖岸に佇んで季節風の吹いて来る彼方の老朽原発が事故を起こさないかと心配が募るばかりだ。琵琶湖は心配された水位低下も回復した。もし事故が起きれば近畿14万人の命が危うくなることは誰もが分かっていることなのにと、美しい琵琶湖を眺めた。
今日も青空が・・・・
2022/01/03
今日も青空が広がり風も弱く湖岸ポタリング日和となった。水位もマイナス25センチになり11月のマイナス69センチから大きく回復して青空の下で琵琶湖が大きく見えた。琵琶湖の深呼吸(全循環)も間もなく行われるのではと青い琵琶湖をながめて僕は深呼吸した。湖岸は散歩や凧揚げをする家族連れの姿も見られる長閑な正月風景だ。滋賀県ではコロナ感染者の数が少しづつ増えているのが心配だ。第六波に繋がらないことを祈るのみだ。そして大津の商店街は正月でもあり眠った様に静だ。僕の少年時代はお年玉を握りしめた子供たちが玩具屋に詰めかけて賑わっていた頃を思い出してきた。商店街には玩具屋は四軒はあった、模型は平野屋だけで模型好きの少年で溢れていた頃の商店街の正月風景の記憶を持つ人も少なくなってきた。映画館も商店街には大黒座と公楽座があり正月は立ち見席で大入り満員だった事も懐かしい思い出だ。アーケードの下は余りにも静すぎてデジイチのシャッター音が大きく感じた。
青空の琵琶湖
2022/01/02
青空の下で湖岸ポタリングを楽しんだ。浜大津港で見かけるユリカモメの数が少なく感じた。二日前までは群れをなしていたのに何処へ行ったのかと辺りを見ても10羽ほどが人が与えるパン屑に集まって飛んでいた。水位が回復して浜大津湖岸の石垣も三段目からは水面になった。冬場の標準水位のマイナス30センチ以下になったのではと浜大津港の突堤を見た。湖上を見るとオオバンの数が例年より少なく感じるが渡り始めの頃は相当数見かけたが、今は琵琶湖の何処にいるのかと辺りを見渡すも姿は無かった。ユリカモメを探して膳所公園まで自転車を走らせた。膳所公園の入江も水位が回復して葭原も元気を取り戻した。湖上のエリに目をやるとユリカモメが休息していた。入江に掛かる橋の上でデジカメを出すと、パン屑を与える人と間違えたのか数羽が近くまで飛来したが、デジカメは餌でないと確認したのか直ぐに飛び去った。僕は基本的に野生動物には餌を与えない主義だから餌を使って野生動物を撮りたくないと思っているからだ。由美浜湖岸で青空を見上げていると、今年も気候変動で起きるとされている災害が心配になってきた。
新春叙景
2022/01/01
新年を迎えると僕は何時も小林一茶の句「目出度さもちゅう位なりおらが春」を思い出す、僕は改まって新年を迎える儀式は未だに理解していない年が変わった処で何も変わらないのだからとおもっている、正月飾りのしめ縄も止めて久しい、そして毎年、来ていた伊勢神楽も止めてしまった。時間は新年だからと言っても日常が続くだけと思うから正月と言っても楽しくも面白くもないと思ってすごしてきたから改まって新年を迎えることもないとおもっているから、素直におめでとうございますは言いたくないから、挨拶も日常の儘が好きだ。今年も湖畔通信は日常を記録しながら拙い文章で綴ってゆきますが、今年もよろしくおねがいします。

















