中島省三の湖畔通信

線状降水帯

2021/08/14

線状降水帯の言葉が天気予報で頻繁に使われる様になったのは2014年8月の広島土砂災害以降と見られるとパソコンにあった。でも僕は2013年9月に大津市で大雨の被害が出て京津線は長い間、水害に寄る線路被害で運休していた。そして大津市内でも被害がでた。我が家の前も川のようになった。三井寺(長等山)からの大水で土砂が流出して雨後は町内総出で清掃作業をしたことも思い出し、其の頃に、線状降水帯の言葉が最初に使用されたのではと思った。今日も秋雨前線による線状降水帯の影響で家の前の道路は二回も川の様になった。そして我が家にも水が入ってきた、下水道も一時逆流してトイレが使えなくなった。九州や広島の大災害から見れば災害には値しないかも分からないが、今日は同じ町内でも川の近くでは床下浸水の被害も出た。三井寺の境内を流れる川も溢れて観音堂へ向かう石段へは向かえなかった。気候変動による災害はこれからも増え続けるのではと考えると不安が募るばかりだ。夕方、近く雨が少し小止みになった時間に琵琶湖を見に行くと水位が少し上がっていた。琵琶湖は余裕を持って大雨を受け止めてくれると湖面を見て安心しながら湖岸を離れた。

アンネイブルコントロール?

2021/08/13

コロナ禍で制御不能に陥ったと新聞が伝えていた。制御不能は航空用語ではアンネイブルコントロールではと思い出した。飛行機を操縦していて無線でアンネイブルコントロールと発信する状態は死を意味するのではと思いながら記事を読んだ。コロナ禍の問題は東京ばかりではない、僕の住む滋賀県もまん延防止措置状態で日増しに感染者が増え続けていて収まる気配がないから不安が募るばかりだ。ワクチン頼みでは解決出来ないのではとおもった。大規模の患者収容施設を建設しなければ大変な状況になるのではと心配した。秋雨前線も心配だ。ホモ・サピエンスの社会活動で気候変動を招いたのは間違いないと研究者が発表した。温暖化対策も遅遅として進まず危険度は増すばかりだ。50年に一度の災害と表現されるが、先日も豪雨災害に遭われた方が、もう毎年に一度、豪雨災害が起きているのではと語っていた。本当に此のままでは気候変動による災害でホモ・サピエンスの時代はアンネイブルコントロールの時代に入っている事は確かだと思った。

最終飛行

2021/08/12

僕は題名に飛行と名が付いているだけで本を買ってしまう、「最終飛行」(佐藤賢一著)もそうだ。飛行機大好き人間でおまけに小型飛行機にも乗っていたから尚の事だ。そしてサン=テグジュペリの「人間の大地」や「夜間飛行」らでは飛行機航路の開拓時代のノンフィクション小説は未開地の空を飛んでいる気分になれる好きな小説だ。「最終飛行」の本の帯にはアメリカへ亡命したサン=テグジュペリはドゥ・ゴール派にもヴィシー派にも属さなかったので亡命フランス人の間で批判を浴びる。そんな葛藤の時期に書かれたのが「星の王子さま」・・・とあり此の本の読後、「星の王子さま」を再読しようとおもった。「最終飛行」は524ページもある長編だ。読み始めるとナチスドイツがフランスに侵攻した時代から物語が始まる、まだ読み始めたばかりで、76ページほどでは展開が想像できないので楽しみだ。サン=テグジュペリが190センチもある大男だと、初めて知り、窮屈そうにコックピットに座るサン=テグジュペリの姿を想像しながら本を閉じた。そして今日は日航機墜落36年目の慰霊登山の日だ。520人の命を奪った大きな航空機事故は忘れることはできないと心からご冥福をお祈りした。

門前の詩碑

2021/08/11

毎日の散歩、帰路は三井寺の仁王門から大門通の坂を下ると直ぐ右に尼寺の遊心庵があり門前には坂村真民さんの詩碑がある、有名な「念ずれば花ひらく」を刻んだ石が今日も挨拶してくれた。前庵主のOさんは坂村真民さんと親しく、真民さんも何度か遊心庵を訪れられた時もあった。詩碑の前にはユリの花が咲いて詩碑の「念ずれば花ひらく」に応えているように思えた。仏教詩人の坂村真民さんの詩は誰にでも分かりやすく、素直に受け入れることができると、僕も時々、坂村真民さんの詩集を開き読み返す時もあり親しみを感じる良い誌だ。帰宅後、坂村真民さんの詩集を開き「花」 何が一番いいか 花が一番いい 花の どこがいいか信じて咲くのがいい  を読み終えて門前のユリも喜んでいるのではと暫く詩集を読んだ。

天気の爺 琵琶湖夕景を楽しむ

2021/08/10

「雲を愛する技術」(荒木健太郎著)を読んだ影響で湖岸に佇んで雲を見る時間が長くなった。毎日、二、三回は、琵琶湖岸へ自転車で向かうのが僕の日常だ。今までならデジカメで琵琶湖と雲を感覚的に撮っていたが、雲を愛する技術を少し学んだ所為で写真を撮っている時間よりも雲を愛でている時間が長くなった。特に上空の雲が複雑な動きをしている時は雲の作品が期待できるのではと湖岸近くのベンチに座り待つ事が多くなった。今日も夕食後、浜大津港へ向かうとミシガン号が黄昏れの湖上遊覧に出航するところだった。客も少なく密にはならないと安心しながら見送った。午前中は温帯低気圧の影響もあり比叡山に掛かった雲から小雨が時々、風に流された雨粒が降った。そして夕刻の空は雨雲が一掃されて青空が広がる中で高積雲や巻積雲そして低いところではロール状の雲まで見えた。雲が気流の流れを可視化してくれるので、其の場所の気流が分かり、セスナ機なら気流に翻弄されるだろうなと層積雲を見ていると、懐かしい飛行機時代を思い出してきた。もう雲と戯れることもない飛べない自分が少し寂しくなった。時計を見ると6時35分だ、周囲は少し明るさは落ち、空の雲たちも赤く染まってきた。湖上を見ると北東方向の雲も夕焼けになった。琵琶湖のお陰で大パノラマの夕景が楽しめる環境に感謝しながら家路についた。

追 今日の朝刊(朝日)で長崎原爆被災者の岡信子さんの記事を読んだ。核廃絶へ命ある限りと切実に体験を語る92歳の岡さんの願いを聞きき入れ我が国の政府も核禁条約に加盟すべきだとおもった。

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