雪雲に霞む船を・・・
2021/12/31
今日は大晦日、コロナ禍が二年も続き明るい年ではなかったと打出浜から湖上の彼方には、雪雲に霞む観光船ミシガン号が見えた時に、ギリシャ映画シテール島への船出(アンゲロプロス監督)を思い出してきた。少し記憶は薄れているが、霧のシーンの美しい映画は今も印象に残っている、亡命先から帰国した老人が行き場のない社会の中で受け入れられずに、ギリシャを離れ、シテール島を目指す旅へと向かう切なく悲しくもある、人生のファイナルを描いた物語は、那智勝浦に伝わる補陀落渡海と重なってくる、熊野では海の彼方の理想郷・常世の国が在ると信じられていた時代、観音菩薩が降臨する霊場を補陀落といい、そこではすべての者の願いを聞き、救いの手を差し伸べるとされたていた。補陀落渡海は篤い信仰に支えられて18世紀まで続いたと言われている、補陀落渡海の船は乗船すると扉は閉ざされ鍵が掛けられて、30日間の食料を積んで船出するのは、死出の旅だ、シテール島も補陀落も現実にありえないのだ。信仰に支えられた希望だけだったとのではと思った。今を生きる弱い立場の人達が希望を持てる時代はやって来るのだろうかと雪雲に霞む観光船はシテール島か補陀落へ向かう船に見えてしまうのは社会が弱い立場の人達の事を考えずに進んでいるからだと思った。来年はコロナも終息して少しでも明るい兆しが見えることを願いながら湖岸を後にした。
追 拙い写真と文にお付き合いいただきありがとうございました。来年も宜しくお願いします。
歳末叙景
2021/12/30
三井寺の暮れの3日間は入山料が無料に・・観光客も少なく従業員の正月休暇で志納所(券売所)は無人だから自由に境内に入れるが国宝金堂らのお堂は殆ど閉まっていて内部を見ることができないが、西国霊場の観音堂だけは開かれていて今日も御朱印を貰う人を見かけた。湖岸ではバス釣りの人や年末休暇でジョギングする人も多く見かけた。商店街でも普段より人出も多く唯一八百与商店は賑わっていた。家では自分の出来る範囲で簡単な掃除や蛍光灯を取り替えたりと少し何時もと違った動きをするだけで筋肉痛を感じ、81歳の爺の体力はこんなものかと思い知らされた。夕方近く湖岸へ向かうと浜大津港の手摺にユリカモメが夕陽を浴びて留まっていた。以前なら数十羽以上がずらりと整列してくれたのにと思いながらデジカメのシャッターを切った。湖上を見るとユリカモメが多く浮かんでいた。今年のユリカモメの様子が少し違うのは故郷カムチャッカで何か影響があったのかと想像した。今年のユリカモメは自然の中で餌を探して飛び回っているようだ。パン屑を当てにするユリカモメより好きになった。
比良の山並み
2021/12/29
三井寺の展望台から比良の山並みが白く見え冬らしい姿を見せてくれた。今でも雪山を見ると胸が騒ぐ、でも左足はサイボーグ(人工骨頭)で医者からはスキーは止められているから諦めるしかないと恨めしく蓬莱山を眺めた。冬の蓬莱山へスキー登山したのは、56年以上も前ではと記憶を辿った。江若鉄道が走っていた頃の話だ、家の近くの三井寺下駅からでは満員の列車には乗れないから浜大津駅からディゼル気動車の二両連結に乗って蓬莱駅で下車して、小女郎峠を目指し、単独行で出発、秀岳荘の木製スキーにはカンダハの金具、そしてアザラシ皮のシールをスキーに付けて登ること三時間半でやっと小女郎峠に到着した事は今でも思い出す、怖いもの知らずの無謀登山であった。スキーもろくに出来ない自分が良くも出かけたものだと恥ずかしい思い出だ。途中で親切な京都山岳連盟のメンバーのお世話になって無事に花折峠まで滑り降りて、峠から京都バスに乗って帰った、懐かしい時を蓬莱山を見て思い出してきた。現在では蓬莱山一帯は開発され、最初はカーレーターそしてゴンドラ、今では大型のロープウェーが10分と掛からず山頂まで運んでくれる、スキー場にはリフトが乱立していて僕のスキー登山した蓬莱山の面影は何処にも残っていないのが現状だ。お正月は大勢のスキー客で賑わうのではと比良の山並みを見た。
カラマーゾフの兄弟2を読み終えて・・・
2021/12/28
昨夜、小説「カラマーゾフの兄弟」2を読み終えた。少し難解と言うより僕はキリスト教でないので宗教的な問題が語られると、理解しようと努力すると本を読むスピード落ちてしまう、以前から西洋の小説はキリスト教が背景にあり我ら曲りなりにも仏教徒では理解しずらいと思っていたら、小説の中、(3) ゾシマ長老の談話と説教より で語られている内容の数々をよんでいると親鸞上人の弟子唯円が書いた歎異抄の内容ともリンクして、キリスト教も親鸞の教えとよくにているのではと思ってしまった。親鸞の言葉、善人なおもって往生をとぐ いわんや悪人をや と共通点の多さに驚きながら第二部を読み終えた。カラマーゾフの兄弟に出てくる人物たちも世俗を生きる小悪党の様な人が多く出てくる物語は現代にも通じるものもあり面白くもあり悲しくもあり自分を考えるには良い小説には違いないとおもった。全巻を読むには年が明けてしまうが今日から第三部を読み始めた。
今日は琵琶湖で淡い冬の虹を見ることが出来た。近くの商店街で唯一歳末売出しを感じさせてくれる店が在った。
彦根は大雪
2021/12/27
僕は1940年に彦根の母の実家で生まれた。小学生の頃から冬休みや夏休みには泊りがけで遊びに行った思い出が多くあり、大雪のニュースを見ていると、彦根の思い出が浮かんできた。風が強く吹き窓や戸がガタピシと音を立てると叔母さんが雪起しの風だと言っていた事を思い出した。大津でも雪は降ったが彦根程は積もらなかったので、冬休みの楽しみは彦根で雪を見ることだった。そして実家は銭湯で家の五エ門風呂と違い大きくて暖かく広い湯船はプールの様で楽しかった。そんな実家の在る町も今では本町からキャッスルロードとなり、銭湯から駄菓子屋となり昔の面影も無くなった。仲良くしていたHさんは亡くなり今では、姉一人となって、最近は、お店も閉まってしまったと聞き寂しくなった。彦根の大雪のニュースを聞いて少年時代に遊びに行った実家の様子を心配するも最近のコロナ禍で尋ねることもなかった事を反省しながら、実家の現状が少し心配になってきた。年が明けたら訪ねて見ようと思った。そして楽しい思い出も記憶の彼方へ消えて行くのかと、時の流れの無常さに一抹の寂しさを感じながらテレビから流れてくる彦根の大雪のニュースを見た。

















