一九八四年
2021/08/04
オリンピックは粛々と国の思い通りに進んでいる中で、コロナ対策では本音が出てきたのではとおもった。重症者を守るために中程度以下のコロナ患者は自宅療養になるとニュースが伝えていた。国民の命を守る事など最初から無かったのだと、首相の口からでる安心,安全の言葉はジョージ・オーウェルの小説「一九八四年」の中に出てくるビッグ・ブラザの標語の様だ。戦争は平和なり 自由は隷属なり 無知は力なり をもじれば不安は安心なり 危険は安全なり と言っているように思えてきた。今日もコロナ感染者は過去最高を記録するところが増えてきた。医療関係者らが自宅療養の危険を訴えているが政府は聞く耳を持たないようだ。僕の住む滋賀県でも一日の感染者が百人を超えた。集団免疫が出来るまでには時間が掛かりそうだ。ワクチンの効力が何時まで持つのか、変異ウイルスはまだこれからも増え続けるのかと心配な状況がまだ続きそうだ。台風が二個も此方へ向っているそうだ、不安ばかりでネガティブにはなれないと空を見上げると積雲が大活躍している姿を見て少しポジティブな気持ちが湧いてきた、なるようにしかならないと自転車を走らせ琵琶湖へ向った。
グリーンフラッシュ
2021/08/03
今日の午後、三井寺の茶房ながら亭へ行った。家でも本は読めるがコーヒを飲みながら静な環境で読書するのも格別だ。小説バイバイ、ブラックバード(伊坂幸太郎)も読んでしまったし、後は「雲を愛する技術」で気象の勉強でもと続きを読んだ。雲の話は飽きることがないとページを捲るとグリンフラッシュの写真と文字が目に・・何故か映画「緑の光線」(エリック・ロメール監督)フランス映画を思い出した。太陽が沈む瞬間に青い光線が屈折して緑色に輝く、其の光を見たものは幸せになると言われている話を聞いた女性が偶然に出会った若者と恋に落ちる物語で、ヌーベルバーグの作品が話題になった時代の映画で見た記憶はあるが1986年の映画で詳しく思い出すことが出来なかった。本を少し読み終え、庭を見ると少し明るくなり、雨は上がったと、本を閉じた。緑の光線が見たくなったといっても琵琶湖では無理だ。太陽が沈む光景を湖では見られないからだ。セーシェルでインド洋に沈む夕陽に緑の光線を期待するも見られなかったことも思い出してきた。夕食後、琵琶湖の夕景を見るために湖岸へ出かけた。雨上がりの琵琶湖の空は雲の美術館が開館した。一番低い雲の層雲が棚引いている、高積雲、高層雲も青空の中で存在感を表していた。西の空を見ると薄明光線が雲の間から見えた。グリンフラッシュは見られないが琵琶湖の広い空間があり毎日、雲を楽しむことが出来ることに感謝しながら夕景をデジカメで撮った。
上空には巻雲
2021/08/02
コロナは衰えるどころか一段とパワーを上げた様だ。感染者は増えるばかりで先行きが見通せない状態だ。気分が落ち込む時は空を眺めるしかないと今日も湖岸ポタリングへ出かけた。午前中は積雲がほとんどで気流は安定していた。午後は巻雲が空にメッセージを書いてくれるがホモ・サピエンスは、解読できそうもないと諦めて遥か一万メートル上空の巻雲を羨ましく眺めた。羽の様に軽やかに舞っているが上空の気流は不安定だと想像した。僕の乗っていたセスナやパイパー機の高度は精々3000メートルでは巻雲に触れる事など不可能だ。積雲なら身近で飛行機で雲に挨拶も出来たと巻雲が舞う青空を飽きるまで眺めた。夕景を撮りに向かうと、巻雲は形を変化させながら軽やかに舞っていた。天気予報によると明日は雨の予報が出ている、やはり上空は気流が不安定で、天気は下り坂と納得しながら夕景を楽しんだ。
三井寺の蓮池では開花が進んでいるが花が例年より元気がないように思った。
琵琶湖と雲
2021/08/01
テレビはオリンピック一色ではと夕食後、三度目の湖岸ポタリングに出かけた。家の窓から空を見た時は今日の夕景の写真は期待できないと・・浜大津港に来ると空の美術館には素晴らしい雲の作品が展示された。巻雲・巻積雲・高積雲・高層雲・積雲と雲のオンパレードではないかとデジイチで納得するまで撮った。そしてモニターで確認すると、画面に影が映っていた。良く見るとフードの影だと直ぐに分かり撮り直すも雲の動きが早く少し違ったイメージになった。メガネを掛けたままではファインダーの角まで見られないからと初期的な失敗を少し反省して、肉眼で美しい雲の姿を楽しんだ。
遊覧船ミシガン号も黄昏れのクルーズに出航して行った。膳所和田神社では風鈴祭が行われたいた、大銀杏は涼し気な音を聞きながら秋の黄葉を準備している様だ。
柳が崎水泳場跡
2021/07/31
今日の午後、自転車で柳が崎水泳場跡(柳が崎公園)へ出かけた。僕の少年時代は学校にプールが無かった、学校の水泳は長等小学校から30分ほど徒歩で向った事を自転車のペダルを漕ぎながら思い出してきた。当時は尾花川の田園地帯の中を整列して向った柳が崎水泳場は1993年に湖水の汚染が問題になり閉鎖された。そして2010年頃に整備され柳が崎公園と名称が変わった。もちろん水泳場は再開されなかった。水泳場の西側には高層マンションが建ち昔あった水泳場の客を相手にする小屋などは跡形もなく消え、大きな柳の木が一本、昔、此処が水泳場であった証を感じさせてくれるぐらいだ。水辺に近づくと打ち上げられた水草が多く見られるが綺麗な砂浜が今も残っていて、水泳場が開けるのではと思った。でも後方のマンション群が無理だよと言っているように感じた。大津市の行政は湖岸の風景の大切さを認識せずに開発業者に許可を与え続けた結果、衝立の様な高層集合住宅が湖岸に立ち並ぶ姿は琵琶湖の景観を台無しにしていることは事実だ。
柳が崎の大津琵琶湖館で撮ったアメリカ芙蓉の花、白鷺は由美浜で・・・

















