中島省三の湖畔通信

霧の朝?

2021/12/12

霧が発生していると分かっていれば散歩の時間を早めればと少し後悔した。三井寺の展望台から霧の少し残る風景を眺めた。映画でも霧が立ち込めるシーンが多く出てくるタルコフスキーの「ノスタルジア」や「ストーカー」そしてアンゲロプロスの「エレニの旅」や「こうのとり、たちずさんで」らに出てくる霧のシーンの素晴らしい映像を思い出した。湖岸ポタリングで浜大津へ向かうと比叡山の麓から西大津近辺には霧がまだ漂っていた。そして琵琶湖も琵琶湖大橋や比良山も霧の中だ。冬の休日は湖岸も静な佇まいだ、観光船ミシガン号も定期検査で姿は見かけなくなった。イベント広場では露店が出ているが人影も少なく寂しさが漂っていた。そして琵琶湖の水位は当分の間は低水位が続くのであれば渇水が心配だ。

日常の時間枠?

2021/12/11

毎日、時間割通り暮しているわけではないが、先日は津へ出かけた事もあり何時もの時間が少し狂い、何か気忙しく二日ほど、本を読む時間もなかった。今日はやっと僕の日常のリズムに戻った。湖岸ポタリングも好天に誘われて膳所公園まで走った。ユリカモメがやっと姿を見せてくれたが本隊はまだ到着していないのか浜大津港で数羽を見かけただけだ。膳所由美浜のサンシャインビーチでは高校生の陸上部が練習をしていた。砂浜も草が生えて見窄らしく感じた。柳が崎に保管されている大量の砂は此のビーチに持ってくれば良いのにと思った。帰路、和田神社の大銀杏を見に寄ると落葉が進み、葉を少し残した銀杏の木が寒そうに見えた。落ち葉はかき集められて、厚みが増して上を歩くと上等の絨毯の感触が足に伝わってきた。今年もあと20日となった、拝殿に飾られた大きな絵馬には虎が描かれていた。午後は三井寺の茶房ながら亭へ向かった。茶房は静で読書には良い場所だ。二時間同じ本を読むと飽きるから僕は何時も併読するから二冊の本をリュックからだした。今話題の古典新訳のドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」と中島岳志の「思いがけず利他」を40分づつ読んだ。思いがけず利他の中では人間の業について書かれていた。そしてカラマーゾフの兄弟の方も人間の業を描いた小説と感じた。不思議と併読する本は何時もリンクしているようにおもった。まだ読み始めで内容は掴めてないが「カラマーゾフの兄弟」は長編小説で今年中には読めそうもないが、買ったのは第一部だけ、でも新訳で楽しく読めると、早速に中井書店へ残りの二部三部四部を注文しようと思った。

柳川の堆積土砂その後・・・

2021/12/10

今年の8月14日に起きた、柳川上流、宇佐山の土砂崩れで柳川は大量の土砂で埋め尽くされた。そして撤去されて、柳川河口に積まれ保管されている写真は何回か撮りに行った。そして久しぶりに柳が崎、元水泳場に出かけると、予想していた通り砂浜の再生に向けて作業が行われていた。作業が始まって時間が経つのか以前に比べ砂浜部分が大きく広くなっていた。僕が少年時代の柳が崎水泳場の砂浜が復活した様に感じ少し嬉しくなった。相当な量の砂を敷いても此の浜だけでは処分できない量の砂は何処へ運ばれるのだろうかと考えた。膳所由美浜サンシャインビーチ(人工の砂浜)の砂は海砂と聞いている、そして水位低下で痩せ砂止めの石垣も見えているから此の浜へ運べば琵琶湖本来の滋賀県産?の砂だから良いのではと思いながら工事の様子を写真に撮った。自然に流出する砂の量は如何程か分からないが土砂崩れで流出した量の凄さは何百年分が一日で流出したのではと考えると自然の力の凄さに畏怖を感じた。


爺四人は津へ・・・

2021/12/09

気の合った爺4人が津へ向かった。もちろん車で、運転はプロドライバーのOさんで安心して高速を一路、津を目指すも途中でコースを離脱、カーナビ装備の車であるのにとおもわれるが、目的地は一度、行ったことのある石水博物館なので自信たっぷりに案内するも車線変更を指示するのが遅れ四日市市内へと向かう破目になった。地上から四日市を見るのは初めてだと上空から眺めた四日市を懐かしく浮かべた。そして高速に乗り無事、カーナビの助けもあり石水博物館に到着した。そしてガーン・・博物館は展示替えの準備で休館だ。爺4人が誰も確認を怠ったからだと反省することはなかった。石水博物館は陶芸家川喜田半泥子の作品らを展示する建物は紅葉に包まれていた。僕は博物館の大きな窓ガラスに映る紅葉を見るだけで満足できた。津まで来れば食事は、うなぎ、と决めてケイタイで探し今まで行っていない店にと、カーナビで向かった。お店は想像していたイメージとは少し違った。うなぎ、は本物だが少し味がイマイチと思うのはうなぎが苦手な僕だけだった。陶芸好きのOさんMさんSさんには残念な日となったが僕には久しぶりの遠出で車窓風景を楽しめた。そして往復運転でお世話になったOさんに感謝した。


追 琵琶湖の夕景に間に合ったことが嬉しかった。

SLOW OTSUのパビリオン?

2021/12/08

夕食後、テレビを見ると、琵琶湖の水位低下の話題を取り上げていた。湖北の湖岸が干上がり島まで渡れると記者が現地取材するも水位低下による影響等の心配もなく物珍しさを楽しんでいた。番組は面白さだけを追求するだけかと・・・もうテレビはいいやと消して、新聞を開き滋賀版を読むも以前のように細かな取材された、記事もなく新聞を閉じた。もうメディアは終焉が近いとおもった。新聞を取るくらいなら文庫本でも買う方が良いのではと思った。そして二階へ・・湖畔通信のネタもなくパソコンの前に座った。散らばった本の上にパンフレットが目に・・SLOW OTSU のイベントガイドだ。其の中にヨシパビリオンが載っていた。そして今日の湖岸ポタリングで、浜大津港で写真に撮った、ヨシパビリオンをおもいだした。パビリオンなる言葉を知ったのは大阪万博だった。1970年奇抜なパビリオンが立ち並ぶ姿を上空からの光景が頭に浮かんできた。大きなパビリオンを想像しながら葦と丸太で造られた小屋の様にも見えるパビリオンの写真をパソコンの画面にだし、首を傾げた。パソコンで調べると、仮設の建築物そして貴族の庭の四阿と分かり、なるほどと理解した。今日も人っ子一人の姿も見かけない小さな丘の上でヨシパビリオンが所在なげに冬空の下に晒されていた。

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