震災から11年が過ぎた・・・
2022/03/11
震災事故の当日、テレビから流れてくる大津波のライブ映像に釘付けになって見ていた事を思い出した震災記念日だ。当時、実際に津波に遭遇され被災された方々は実体験として心の奥に記憶されたことと・・・でも僕の記憶はテレビ画面の枠の中で見た、此処と彼処では大きな隔たりがあると思いながらテレビニュースが伝える震災記念日の様子を見た。福島第一原発事故の後処理は未だ何時終息するのか分からないと言われている、原発は事故が起きれば壊滅的な状況が予想されるのに原発は廃止出来ないのは何故と思うしかない僕・・・そしてロシア軍の侵攻でウクライナの各地で起きる戦火の様子も僕はテレビ画面でカメラマンが切り取った戦場の悲惨な場面を見ているだけだ。逃げ惑う市民、そして幼い子ども達の過酷な様子を見て悲しさを感じるだけだ。そしてプーチンに対する怒りを表してテレビに向かって叫ぶだけだ。テレビ画面の中で起きている此処と彼処の違いを本当に自分は感じたり、思ったりしているのだろうか・・テレビを消せば此処と彼処のつながりは無くなり、枠外(現実社会)へ出る、我が国の平和な日常が目に入ってくると彼処の事は何処かへ消える・・・今日も琵琶湖へ出かけるとパステルカラーの青空が春が来たことを知らせてくれた。此処は静でオオバンの鳴き声が湖面を渡って行く音だけが聞こえてくる、彼処(ウクライナ)で起こっている戦火の音でも聞こえてきたら、もっとウクライナの事を考えるのではと琵琶湖の静な佇まいをデジカメで撮った。僕のライフワークで撮る琵琶湖も枠で見た狭い空間だと空を見上げた。
金沢へ向かうのは・・・・
2022/03/10
毎年此の時期に内視鏡検査を受けに金沢のHクリニックへ向かうのが通例になって20年以上が過ぎた。1998年に友人の紹介で金沢済生会病院のH先生の内視鏡検査を受けたのが僕の初内視鏡体験だった。もう半年も検査を受けるのが遅れていたら人工肛門だとH先生に言われてから24年が経った。其れ以来、金沢のHクリニックで毎年内視鏡検査を受ける事が続いている、近年は友人Fさんと一緒に向かうようになって久しい、昨夜は金沢の町へ繰り出すもコロナ禍の影響で美味しい寿司屋は休業していた。毎年出会う個人タクシーKさんに開いているお店を探してもらうが回転寿司屋しか開いていなかった。でも流石金沢と納得の回転寿司?は注文して握るので美味しくいただけた。そしてショットバーへで検査の無事を願って乾杯した。お陰で検査も無事終わったが、ポリープは三個も切除しての話だ。今日は残念ながらお酒を飲めない日となった。でも念願の21世紀美術館にも行けたので大満足の金沢行だった。
歴史は日常の積み重ね・・・
2022/03/09
湖岸ポタリングで毎日通る浜大津港の桟橋に琵琶湖汽船135周年観光船ミシガン号40周年の記念幕が掲げられた。琵琶湖汽船は以前、太湖汽船と言われていた、其の頃は定期航路も多く湖上交通は華やで汽船乗り場は何時も賑わっていた。今は其の面影すら感じられない寂れた佇まいだ。湖上を行き交う船の姿もない静な湖面を眺めていると人の作った文明が少し賑わっただけの短い時間が過ぎただけではと・・・日常の積み重ねが平和に続いて行くことを願いながら湖岸を走った。
青空の一日
2022/03/08
今日は春を想わせる青空を見上げウクライナでの戦争を想像するも長閑な平和な空気が支配している我が国では悲惨な状況を肌身を持って感じる事は出来なかった。早くウクライナに平和が訪れる事を祈ることしか出来ないと又、青空を見上げた。琵琶湖では渡り鳥の数も少なくなり、帰った鳥もあるのかと湖上の少なくなった水鳥を見た。ユリカモメの数も少なく今日は10羽ぐらしか見られなかった。遊覧船も定期運航が始まるも乗船ターミナルは静な佇まいだ。三井寺の桜木の蕾も固く今年の開花は4月になるのではと思った。午後は三井寺の茶房へ向かうと門が閉ざされていた、臨時休業ではと諦めて、境内を後にして、歴史博物館の併設しているカフェへ向かった。最近、経営者が変わって、美味しいコーヒーが飲める店へと変わった。窓際の席でコーヒーを飲みながら小川糸さんの「真夜中の栗」を読んだ。小説と違いエッセイは喫茶店で読むには丁度良い、文庫本だ。其の中で、紛争や戦争に関係したエッセイもあった。人間はぜんぜん進歩しないどころか、むしろ後退している、と記された箇所もあった。エッセイを読みながら、ロシア軍の侵攻で何も関係のない市民の幸せが奪われ、他国へ難民として向かうも過酷な人生を強いられ、希望までも奪われかねない状況が待ち構えている現実に世界は一刻も早く問題解決に叡智を尽くしてほしいと願うしかないと思った。
日常・・・
2022/03/07
何も書くことが無いとパソコンの前に座った。ウクライナでは差し迫るロシア軍の首都キエフに向けての侵攻が何時始まるか分からない中で、其処に暮らす普通の人々の日常は以前の日常と比較にならないほど過酷な状況ではないのかと思うも此方は至って長閑で平和な日常が続いている、平和ぼけの我が国に暮らす、僕には生の戦場の恐ろしさを感じる事は出来ないし、どうする事も出来ないから、何も出来ないでいる空しさを唯感じるだけの日常だ。昨日読んだ、生活と自治に記載されいる、連載 新・反時代のパンセの中で、辺見庸氏がジャン・ジャック・ルソーは18世紀の哲学者が、21世紀の人間の決定的弱点を予言していたようにもみえる。「人間のすべての知識のなかでもっとも有用でありながらもっとも進んでいないものは、人間に関する知識である」(「人間不平等起源論」本田喜代治=訳)として引用していた。軽く読んだだけでは本当に意味を理解できていないとおもうが、人間は本当に進歩していないと、そして僕も進歩していないから恥ずかしくなった。
浜大津港ではヒドリガモが緑地へ飛ばずに歩いていた。鳥も歩くほうが楽なのかと写真を撮った。二枚目写真です。

















