中島省三の湖畔通信

可逆的?不可逆的?

2022/03/06

可逆も不可逆も僕は今日まで知らなかった。・・・今日も午後三井寺の茶房ながら亭へ本を持って出かけた。本はドストエフスキーの「白痴」4部の、残り分30ページを読み終え、19世紀の三角関係の恋愛模様は21世紀も同じではと思うのは社会面を通じて報道される、男女関係のニュースを見ていると人間は少しも進歩していないと・・でも此の複雑でどうしようもない人間の物語に魅力を感じるのは何故だろうと思いながら読み終え、お茶を飲んでいると、お店のKさんが冊子「生活と自治」をお菓子と一緒に持ってきてくれた。此の冊子の楽しみは、辺見庸さんの連載「新・反時代のパンセ」を読むのが楽しみで毎月読ませてもらっている、早速、そのページを開くと見出しには、これからどうなる?と書かれていた。一気に読んだ。重い言葉が心に何時も残る、辺見さんの文章は今の時代の危うさを伝えてくれ、愚かな僕にも気づかせてくれる、其の中で不可逆的の言葉を僕は初めて知った。科学進歩の不可逆的なテクノロジーの発展と可逆的な政治との結びつきの危険を語っていた。科学の進歩で便利な時代と危険な時代は後戻りすることは出来ない中、政治は進化せずに留まったままだ。相変わらず権力思考で基本的には19世紀と同じで、戦争も紛争も領土争いや利権争いに独裁政治と霊長類の長と言われるホモ・サピエンスの体も心も進歩しないのでは虚しくなるばかりだ。恋愛小説なら変化しない人間の悲しさや面白さも楽しめるが、戦争や紛争で多くの弱い立場の人が被害を被るのだけは防げないものかと思った。

追 これからどうなるのか? に興味がある方は「生活と自治」3月号の連載98新・反時代のパンセをお読みください。

びわ湖開き・・黄金の鍵のエピソード・・・

2022/03/05

青空の下で第67回びわ湖開きが行われた。浜大津港へ向かうとミシガン号は出航した後だった。港周辺には多くの人がセレモニーを見に来ていた、NHKの朝ドラのヒロインが一日船長を務めるのが恒例になっているがコロナの影響で二年ぶりのセレモニー?が行われたからだ。湖上セレモニーでは一日船長,市長らがミシガン号から湖上へ黄金の鍵を投げ入れてびわ湖の観光シーズンの幕を開ける行事は続けられているようだ。黄金の鍵と言っても一メートル以上あるハリボテ(金色の紙張り)?今では発泡スチロール製の大きな金色の鍵?だ。其の鍵は二個用意されていた理由が面白く今も記憶している、日本の有名な放送局のカメラマンが鍵の投下シーンを撮り損ねた事があり、その後、鍵は二個用意されたと記憶している、僕が報道船から撮影した1983年第28回のびわ湖開きの時も二度鍵を投下したとおもっているが・・・今日、掲載二枚目の写真は僕のアーカイブ写真で、大きな鍵が空中にあるのが見える、僕は失敗しないからと懐かしい黄金の鍵のエピソードを思い出した。現代はデジタルカメラ時代で失敗するカメラマンなどいる筈はないだろうと望遠レンズを付けたデジカメで沖合の湖上パレードの様子を撮った。


今日は百円商店街で町中は賑わっていた。写真三枚目

明日はびわ湖開き?

2022/03/04

午前中は青空も見られ春らしい陽気も感じられた。膳所のスーパーで買い物を済ませ何時ものカフェ、タイムでティタイム後、湖岸へ出ると上空は薄雲で青空が覆われていた。青空の琵琶湖を撮っておけば良かったと少し悔やんだ。今日もミシガン号は乗客なしで湖上を走っていた。其の訳を知ったのは午後遅く湖岸ポタリングに出かけ、浜大津港でミシガン号を見るとデッキを見ると青い幕にびわ湖開きの文字が見えた。そして今年で67回目と分かった。ミシガン号は明日のう本番での航路確認を行っていたのだ。桟橋にもミシガン号の就航40週年の記念幕が見えた。1982年に就航したことが直ぐに計算できた。はり丸とミシガン号も1982年のびわ湖開きでは湖上パレードに参加していたのではと記憶を辿った。僕が空から、びわ湖開きの湖上パレードを見たのは1967年だ、其の頃は
大津際川飛行場があり、テイクオフすれば5分と掛からずに湖上パレードする船団の上空に到達できた。そして空から湖上パレードを写真に撮った事も思い出してきた。もちろん、当時はミシガン号は無く、びわ湖の女王はり丸を中心に,みどり丸、弁天丸、そしてクルーザーやヨット、漁船まで加わって賑やかな湖上パレ−ドを空から取材する飛行機も多く、空中戦の様で少しスリルを感じた飛行少年時代も遠い過去となった。明日は地上から望遠レンズで湖上パレード?を撮って見ようと思った。

ひな祭り

2022/03/03

ひな祭り、は道具好きの父親が戦争が終わり、やっと落ち着いた頃、妹用に雛人形を京都で買ってきたのは僕の小学生の頃だった。床の間に少し大きめの雛人形が飾られた3月3日は遠い記憶の彼方へと去った。今日、写真に撮った木目込み人形の雛は母が東京から持ってきたと聞いているが定かではないが・・関東大震災を12歳で経験した母は大津で起きる地震には驚かなかったのは、東京で大きな地震に遭ったからではと小さな雛人形を見ていると母の顔が浮かんできだ。今日は春を感じる穏やかな好天の中、湖岸ポタリングで膳所由美浜の河津桜の様子を見に行った。例年ならチラホラと咲いていたが今年は少し遅いようだ。由美浜に着き河津桜を見ると先週に比べ蕾が赤く膨らんでいた。辺りを見ると一輪咲いているのを見つけた。其の花は青空に向かって一番先に咲いたよとアピールしているように見えた。間もなく由美浜では河津桜が開花すると春はスピードを上げてやって来るはずだ。春の陽射しを受け白く輝く比良の峰にも春の兆しを感じた。

透明度

2022/03/02

雨上がりの琵琶湖を写真に撮ろうと湖岸へでかけた。気圧の谷の影響が長引き思ったほどスッキリした風景を望む事は出来なかった。浜大津湖岸に佇んで琵琶湖を眺め、足元の湖面を見ると透明度の良さに驚いた。そして先日、柳が崎湖岸でも久しぶりに透明感のある美しい水を見たことも思い出した。例年よりも寒気が強く雪も多く降った所為で琵琶湖の深呼吸いわゆる全層循環が早く起こり琵琶湖の水は何時もより綺麗に感じた。今日は浜大津港ではユリカモメの姿は見られなかった。湖上では春の運航に備えてミシガン号が桟橋から離岸して港湾を一周して着岸を繰り返す慣熟航行を行っていた。コロナが終息して春の行楽シーズンに浜大津港の賑わいが戻ることを願いながらターミナルを通過した。

写真三枚目は1975年の高島市の松の木内湖周辺のアーカイブ写真で、此のような美しい光景を今では見ることはできなくなった。

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