コロナ禍の中で
2021/07/10
コロナ禍の中で、ゆっくりと読書できる状況に少し感謝しなければとおもった。今日、「夜明け前」第一部上を読み終えた。木曽馬籠宿の庄屋半蔵が江戸末期の混沌とした時代を生きる姿が描かれた物語を楽しんだ。徳川幕府の体制が揺るぎ始め、新しい時代へと変わる大きな節目に翻弄される木曽でも変革の流れが押し寄せてくる中で新しい時代へ向けて模索する若い庄屋半蔵の苦労は大変だとおもった。今、コロナ禍で大変な筈の政治の世界は余りのも無責任すぎるのではとおもいながら幕末時代の人達の責任感の強さを羨ましくおもった。我が国の権力者が責任を取らなくなったのは何時頃からと考えた。戦争責任も中途半端なまま76年が過ぎた、其れ以後、重要な問題が起きても誰一人責任をとらなかった国だから、原発事故もコロナ対策の失敗、そしてオリンピックの結末も含め、誰もが論理的に説明せず、有耶無耶に中途半端に誰もが責任を取らずに終わってしまうのかとおもうと虚しくなるばかりだ。本当にオリンピックは出来るんだろうかと・・不思議な国 日本なら出来るとおもっている人が多いのだろうか・・・・・
三枚目写真は、ウミネコ?が浜大津にやって来た。
4都県 五輪無観客
2021/07/09
朝刊の大きな見出し「4都県 五輪無観客」にも驚かなかった。そうなるだろうと予想していたからだ。緊急事態宣言が出された都市、東京でオリンピックが行われるらしい、緊急事態の中でのオリンピック開催は史上初として記憶され歴史に残って行くのだと思いながら記事を読んだ。僕は野球場へも足を運んだのは小学生の頃、近江神宮の北側に在った近江球場でプロ野球を見たのが最初で最後だ、もともと同じ場所で観戦したり応援するのも苦手で、そんな事をするよりも自分で好きな様にいられる時間が好きだったから・・・僕が出来る、スポーツと言えばスキー、登山、スカイスポーツは一人で気楽に楽しめるから長く続けることが出来た。オリンピックも無観客では競技をする選手も楽しくないのでは、そしてテレビ画面で無観客の競技を見てもたのしいのだろうかと考えた。今日のニュースでは酒類の販売に関して行う政府の不条理さは江戸時代の悪代官の様ではと余りにも理不尽なやり方には呆れるばかりだ。コロナ対策やオリンピック等事でも、先を見越した計画が立てられなかった我が国の指導者の無能さを嘆いても始まらないが・・・・
今日は坂本のKクリニックへ出かけた。血液検査の結果では腎機能の低下を指摘された。もう81歳、これから先、低下する臓器は出てきて当たり前と、真摯に体の現状を受け止めた。そして脳機能も低下するのだと自覚した。
雨日叙景
2021/07/08
雨が続き、散歩も二本杖のノールディクウォーキングは出来ず、ビニール傘で三井寺へ向った。石段も長雨で滑りやすく注意しながら観音堂へと、途中にある大きなモニターは休止中だ。雨に濡れた画面には辺りの木々が映っている、良く見ると小さなカマキリがモニターのツルツルの表面を登攀している様子を眺め、凄いヤツだと感心した。フリークライミング競技はホールドがあるが、カマキリ君は何をホールドしているのかと不思議におもいながらデジカメデで撮った。そして帰路、仁王門の石段で足を滑らせ転倒したが幸い受け身が出来たので頭は打たなかったが背中、右肘、そして左手を少し打撲した。大事に至らなくてよかったと滑った石段を見て注意していても転ぶ時は転ぶものだと、少しの油断を反省した。夕方、近くに雨が上がった時間を無駄にはできないと自転車で浜大津へ向った。毒キノコが気になり、見にゆくと毒キノコは不気味な色に変化していた、其の傍らでオオシロカラカサタケが出来ていた。明日はもっと大きくなっているのではとデジカメで撮った。そして湖岸から見る鈍色の琵琶湖を眺めた。
災害列島
2021/07/07
梅雨末期の大雨での災害が続いている現状は正しく災害列島ではとおもった。そして我が国の自然災害は今に始まった事ではない、過去の歴史を振り返れば災害の記録は夥しいが・・・災害文学と言われている、鴨長明が表した方丈記には都で起きた災害の記録が語られている、昨夜もテレビを見る代わりに、タブレットでユーチューブの方丈記の朗読を聞いた。今から800年前の大火、竜巻、地震らで壊滅的な被害を受けた様子を伝える物語は今も災害に遭えば同じ状況になることには変わりないのではとおもった。そして今読んでいる「夜明け前」の中でも幕末1854年に起きた、東海地震と南海地震が30時間で発生した、状況も書いてあり改めて災害列島に暮らしている事を何時も心の中に持っていなければと思った。東南海地震は何時起きても不思議でないと言われているが、そんな地震が起きれば築90年近い我が家は倒壊は免れないと、身近な危険を考えても仕方ないが覚悟だけはしておかねばと大雨災害のニュースを見ながら地球温暖化の危機を考えると未来の環境悪化への影響を軽減する暮しをしなければとおもった。
夜明け前・・・・
2021/07/06
「夜明け前」は有名な島崎藤村の小説、と言わなくても多くの人が知っているが意外と読んだ人は少ないと聞いている、そして僕も読んでいない一人だ。子供時代から落ち着きがなく、机に向かい宿題、そして読書などした記憶がないくらい勉強嫌いだった。高校生では夏休みの課題図書も読んだ記憶もないくらい本を読まなかったと無駄に過ごした少年時代を思い出し、最近の読書熱?に自分が驚くくらいだ。そして「夜明け前」島崎藤村」を読む、きっかけを作ってくれたのは、友人MOROさんだ。シグナル(SMS)で会話している時にMOROさんと本の話になり、僕が長編小説の話をした折に、MOROさんが、長編なら「夜明け前」をパソコンで読んだと、そして小説は大変に長く時間が掛かったと、聞いて興味を感じたからだ。最近は新刊本をよく買うので、たまにはブックオフや古本屋で探そうと、出かけるも見つからず、やむなく中井書店で注文した。第一部の上下を今日、受取、読み始めた次第だ。時代は江戸から明治へと進む日本の地方、木曽での物語は、外国の翻訳本よりも、出てくる人の名前が日本人なので違和感なく初めから物語の中へ入って行けた。何よりも時代は消費経済文明の洗礼を受けていない時代の、ほっとする長閑な時の流れが本から溢れ出て来そうで嬉しくなった。やはりホモ・サピエンスの時間感覚は歩くスピードが基本と納得した。人間の普通に歩く時速4・5キロでの行動範囲は時間を掛ければ意外と広いのだ。小説の舞台木曽路は身近な場所だと親しみを感じながらゆっくりと小説を楽しもうと思った。
浜大津の毒キノコ、オオシロカラカサタケの様相は毒キノコへと変化した、キノコの襞を良く見ると虫がいる、毒はと大丈夫なのかと写真を撮った。西部百貨店も階段の一部が残り過去の繁栄の影すら消えていた。

















