戦争が・・
2022/02/24
テレビがロシア軍がウクライナへ侵攻した事を伝えていた。僕はロシアが侵攻せずに外交問題で解決するのではと楽観していたから、アメリカが発する情報には懐疑的な目で見ていたが、アメリカの情報網は正確で今回の侵攻も予測していた事は凄いと思った。一番心配なのは一般市民が戦争の被害巻き込まれ犠牲者が出ることだ。一刻も早く戦争終結の道を探って欲しいと願うしか無いとニュースを見た。ロシアは好きな映画や小説も多く、今もドストエフスキーの「白痴」読んでいる、映画ではタルコフスキーの作品は何れも好きな作品ばかりだ。ソ連が崩壊してから自由で豊かな国になり平和な国・・でも独裁国家となったロシアには幻滅するばかりだ。素晴らしい芸術の国から戦争の国へ向かうのは悲しいことだ。
今日も琵琶湖上空では積雲が躍動して素晴らしいショーを見せてくれた。町中では商店街の老舗のウインドウに雛が飾られていた。
積雲は天才?
2022/02/23
北海道や東北地方では大雪で大変な事態になっているが僕の暮している大津は琵琶湖の南で雪も湖北の様に降らず、湖岸ポタリングには好都合だ。打出浜湖岸から琵琶湖を眺めると積雲が強い偏西風を受けてダンスをしている様に見えた。大きくうねる雲の姿は恐竜にも見え迫力を感じ思わずデジカメのシャッターを押し続け数十枚も撮ってしまった。カメラのディスプレで確認すると納得の写真が数枚撮れていた。その後、上空の積雲ショーを見ていると、雲は天才である、と言う言葉を思い出した。以前に友人の元新聞記者Oさんが教えてくれた事を思い出した。石川啄木が書いた短編の「雲は天才である」で、一度ネットで読んだ事を思い出してきた。物語は学校の教員の話が主で肝心の雲は何時出てくるのかと苛ついた記憶だけが蘇った。今日は一日中、積雲の躍動は続いた。夕方近く、雲に誘われて湖岸へ向かった。風が強くなり雲の動きもダイナミックになり午前中よりも迫力を感じた。浜大津の湖岸に佇んでいると、飛行機を操縦したくなってくると何時も決まって思い出すのは、大津際川に飛行場が在った時代だ。小さな飛行場では、可愛い羽布バリのスーパーカブPA18の135馬力のライカミングエンジンをフルスロットルにすると、積雲の高度5000フィートまで僅か10分くらいで白い雲に到達、でも雲に近づくと乱流に小さな機体は翻弄されるも難なく雲と戯れる事が出来た、飛行少年時代が雲と一緒に僕の脳裏に浮かんくる飛行老人だ。
無題
2022/02/22
何も書けない時は写真だけでも良いのではと言って気分を軽くしてくれるのはホームページを制作してくれた友人MOROさんだ。今日も琵琶湖は冬型で波風が強く湖岸ポタリングも大変だ。水鳥たちも風を避け浜大津港突堤付近に集まっていた。オオバンよりもキンクロハジロが多く見られた。最近オオバンは湖面で見るより陸地で餌を喋んでいる姿を多く見かけ、人が側を通っても逃げなくなった。ユリカモメも20羽ぐらいが浜大津港周辺で見かけるだけだ。今年は湖水開きが行われるのかと、コロナ感染者が増える県内の状況が心配だ。大津保健所も検査らの業務が大変と思ったのは濃厚接触者のPCR検査が5日目にやっと届いた、もちろん陰性だったが、もっと早くできればと考えるのは、待つ方としての希望だが・・・早くコロナ禍が終息することを願うのみだ。
猫のいる文具店
2022/02/21
猫のいる文具店、まるで小説の様な書き出し?稚拙さが売りの僕にはエッセイすら満足に書けないからとパソコンのキーボードを見た。家から自転車で10分ぐらいの処にある文具店へ筆と紙を買うために向かった。以前は近くにも何軒かあり便利だった、今では、町中にあるのはT文具店だけとなった。筆と紙は5月に三井寺の書院で友人の陶芸美術家Oさんと二人展を三井寺さんの好意で開催することになり、ポスターに使用する字を書くことになった。三井寺の長吏Fさんは書の達人、上手い人がおられるのに何故、僕がと・・話に乗せられ、稚拙な字を書く事になり、家には筆も紙もないから文具店に出かけた次第だ。T文具店は商業高校の同級生が嫁いで来た店で数年前に亡くなり、次の世代が営業している、猫好きは先代からの引き継ぎか?代金を精算しようとカウンターへ行くと手入れされた綺麗な猫が招き猫にも見えた。良く見ると大きな暖簾にも迫力ある猫が描かれていた。そしてモノの積まれた所から此方を見ている猫に気が付いた。僕が暖簾の絵が気になり尋ねると、絵を書かれた人は有名な人だと教えてくれた。そして猫に見送られて店から出た。帰宅後、硯箱をだして、久しぶりに墨をすった、新しい筆で、今回のタイトル、めぐる水、を練習した。上手く書こうとは思はないがと自分なりに気に入った字を書くまで数十枚も紙を使ってしまったが、とりあえず完成した。小学生時代から変わっていない下手な字が紙の上で踊っていた。
航空写真
2022/02/20
航空写真も最近ではドロンで撮影したものが多く、高度も低く150メートルと航空法で定められているのとワイドレンズでの撮影では手前が大きく見え、空を飛んでいるものにしたら不思議な感じだ。最近は僕の撮った航空写真を見てドロンで撮られたのですかと聞かれるが、説明するのも面倒で違いますよの一言で済ませている、スカイスポーツで空を飛んだ人ならセスナやヘリで撮った写真とドロンの写真の違いは分かる筈だ。僕は飛ぶことが好きだから、ドロンには興味がなく写真を撮るなら航空機をチャーターして撮ろうと思っているが、実現することはない、不景気で高いチャーター料を支払うクライアントがないからだ。今日も僕のアーカイブ写真を一枚掲載しました。1970年代の堅田真野浜上空からセスナで撮影した写真は空撮専用カメラ、エアロタクに4x5フイルムで撮った写真は40年以上経った今も色が褪せる事もなく往時の琵琶湖の姿を記憶したままだ。もちろん撮影上空までは僕が操縦して、撮影時には飛行クラブのパイロットに操縦を変わってもらい撮影するのだが大型カメラは一枚撮影する度にフイルム交換するから一旋回に一回しかシャッターを切れないから真剣勝負での撮影だった、と撮影時の緊張感を懐かしく思い出してきた。飛行クラブが消滅してからは、ヘリコプターをチャーターしての撮影が多くなったのは、八尾空港へ向かうのが大儀になり大津にある臨時着陸場まで着てもらい、移動時間の短縮とお天気が読め撮影も便利になった。超低速で飛行できるから中型カメラを使用して同じ構図で数枚撮れるから、緊張せずに撮影できた。僕は固定翼の技能免許しかないので回転翼ヘリコプターは操縦する楽しみがなかった、でも空中に浮かんでいるのが好きな僕には楽しい時間を思い出し写真をアップした。

















