水無月を食す
2021/06/30
6月30日は水無月を食す日だ。京都が本場の様だが大津も都に近かった所為で風習が伝わり今も続いていて、今日も丸屋町の和菓子店に並べられた三角形の白いウイロウの様な形の上に小豆を乗せた和菓子が売られ、近くの人が買いに来ていた。グウグルで見ると室町時代から始まった風習は夏の暑さを乗り切るために氷室の氷の破片の三角形をイメージして涼しさを感じる和菓子にしたて小豆は悪魔祓いの意味があると記してあった。僕の少年時代は和菓子屋と言うより饅頭屋が近所に多くあり,其々の水無月を店頭に並べていたが、今では饅頭屋も少なくなり、昔の風習も語り継ぐ家庭も少なくなったのではと、僕も光風堂で水無月を二つ買うと四角形になった。水無月を食す風習も大津の町では消え行くのではとおもった。
今日の写真は久しぶりにフイルムカメラで撮った。琵琶湖の写真はデジカメのモノクロで撮影したものです。
静な町
2021/06/29
大津の中心街と言われた商店街も寂れるばかりだ。町中に映画館もなく、これといって人を呼ぶ施設は何もないのが実情だ。膳所に在った西武百貨店も取り壊しが進み此処に百貨店が在ったと想像することも難しくなった、パルコも撤退、その後、変名した企業が入るも賑わいは戻らず静な町へと変化した。県立図書館や新しくリニューアルされた県立美術館も瀬田地区にあり交通機関を利用しなければ行けない場所にあり僕も車を止めてから遠のくばかりだ。県庁前に在った滋賀会館の跡地にはNHK大津放送局が陣取っているがホールも無く大きな建物が威容を誇っているだけで市民には縁遠くなったと僕はおもった。浜大津から膳所和田浜迄の湖岸を埋め立てながらパブリックスペースとしての利用は琵琶湖ホールが在るくらいでその他の土地は高層集合住宅とホテルで埋め尽くされている、行政の都市開発の失敗例として滋賀県では大津市が有名だと聞いた事を思い出した。2100年には日本の人口が今の半分になると予想されているから、湖岸に立ち並ぶ高層集合住宅は如何なる姿に変化しているのかと80年先の時を想像した。
最近の新聞を見て・・・
2021/06/28
今朝、新聞(朝日朝刊)を開いて全面広告に驚いた。最近、新聞には全面(16面17面)広告のページが増えたのではと思った。広告はアナログ的な表現で、大きな文字で人間に戻ろう、と書かれていた。皆んな植物になってしまったからなのかと少し自分に笑った。今、僕が読んでいる小説「植物忌」と重なったからだ。僕は広告を見て、動物に戻ろうなら理解できるとおもった。そして、天声人語では忙しい世間の事情を知った、映画はファスト映画が流行っているらしい、長い映画をダイジェスト版で楽しむ人が増えていると記していた。そして僕は二年前に見たタル・ベーラ監督のサタン・タンゴ(7時間18分)の映画を思い出した。此の映画をファスト映画でダイジェスト的に見ても意味不明で理解することは出来ないと思った。そして本の事にも触れていた、最近は長編小説にチャレンジする人も少ないとして筆者は長編の「夜明け前」(島崎藤村)をダイジェスト本はやはり、遠ざけておくとして結んでいた。僕は最近、「魔の山」を読み終えたが、また長編小説を読みたいとおもっている、年老いて時間が早く過ぎる感覚を止めるにもゆっくりと進む大河の様な小説が良いのではと思うこの頃だ。
浜大津叙景
2021/06/27
コロナ禍で苦戦を強いられている観光業は大変な状況は毎日、湖岸ポタリングで通る浜大津港の佇まいを見れば分かる、インバウンドで海外からの観光客で賑わっていた頃はミシガン号も満員で定時運行や臨時運行まで行われていた頃を思い浮かべながら休日限定運行?するミシガン号を見送った。豪華観光船ビアンカ号は終日桟橋に繋がれたままだ。元気なのは学習船うみのこ号だけだ。今日も学童を乗せ琵琶湖上を航行しているようで姿は無かった。ポストコロナ後の観光の在り方は大きく変わるのではと思いながら琵琶湖を眺めた。
併読のすすめ・・・
2021/06/26
今、併読している本は、植物が主役?の二冊、ノンフィクションの「樹木たちの知られざる生活」ペーター・ヴォールレーベン著とフィクションの「植物忌」星野智幸著は樹木や植物の話で現実と空想の世界へ行き来しながら物語の世界を楽しめるからと今日も少し読んだ。植物忌は今まで読んだことのないジャンルで不思議な感覚に陥った。人間が滅びた後も植物を中心とした自然は活力を持って宇宙の時間を刻み続ける世界を想像するとほっとするのは何故と思った。そしてノンフィクションの「樹木たちの知られざる生活」では人間の想像を遥かに超えた植物の社会の複雑さを知らされると、宇宙ばかり注目するのでなく、地中の不思議さにも注視しなければと思った。「樹木たちの知られざる生活」を読んでからは、三井寺の散歩で見かける樹木たちの様子に注意が行くようになった。三井寺の総門を潜って直ぐ右には大きな幹の中央部は朽ちて空洞になった椎木が持ち堪えて何十年も元気に存在感を示しているのは「椎木を守る会」の人が周囲に植えた木たちが根っこを通じて栄養を椎木に送っているからではと思った。三井寺の境内には百年を遥かに超える樹も多く見られる境内は、威容を感じる森だとおもった。時々、太い幹に触れて会話を試みるが、まだ僕には木の言葉が理解できていないから無理だ。何時か何百年と生きた木に近辺で起きた歴史を語ってもらえたらと大きな杉の木を見上げた。

















