三年目に入った・・・
2022/02/14
三年目に入った新型コロナ時代?人生のファイナルの貴重な時をコロナの所為で窮屈な暮しを強いられるとは想像すら出来なかった。友人との飲み会も自由にできず、最近はコロナが恨めしくなってきた。でも悪いことばかりではないと思うのは、落ち着いて本が読める時間が出来たお陰で、長編小説も読むことが出来たと少しコロナ禍の時代に感謝?しなければと思った。ただ写真に関しては最近、同じ場所ばかりでマンネリ化したと今日の湖岸ポタリングで撮影した写真を見て思った。今日も100枚ほど撮ったがイマイチなものばかりと少し物足りなさを感じた。近場でも探せば新しい発見もあるのだが、冬場は少し体調(お腹の調子)も悪く内面的にはトーンダウンしているが、見かけは元気なので、人様から見れば元気な爺に見えるから、此方も少し虚勢で対応しているのが現状だ。早くコロナが終息して友人仲間と楽しく出会える日が待ち遠しく感じるこの頃だ。
今日の青空に春を感じて、少し気分が明るくなった。
死せるキリスト・・・
2022/02/13
今読んでいるドストエフスキーの「白痴」二部の中にムイシキン公爵がロゴ−ジンの家を訪ね帰り際に目にする絵がハンス・ホルバインの「死せるキリスト」のコピーを見る、シーンで僕は本を読むのを留めた。絵が気になり読み進むことが出来ず、直ぐにパソコンで検索すると、16世紀のドイツの画家、ハンス・ホルバインの「死せるキリスト」の画像を見てあまりのリアルさに驚いた。磔から降ろされ、傷ついたキリストの姿は墓の中で横たわっている絵に少し衝撃を受けた。そして僕は本(白痴)を読み進んだ。やはり無宗教?に近い僕はキリスト教が背景にある小説を100%理解することは出来ないが、新訳のお陰で少しは理解でき、其の上、パソコンという文明の利器を利用すると絵画(名画)までも見られ読書の厚みがプラスされ小説の背景を少し想像することも出来たと、便利な時代に感謝した。そして仏教が盛んな此の国では宗教絵画と言えば寺院や美術館で鑑賞できるが宗教心よりも芸術?優先で見てしまい描かれた作品の時代背景までを想像できる、知識の無い僕は眺めるだけだ。幼い頃、祖母に連れられて、お彼岸には近くのお寺で展示される、地獄絵図や涅槃図を見ながら信心深い祖母が、お釈迦様の話や地獄極楽の話をしてくれたことを懐かしく思い出してきた。そし日本の仏教のことも学ばねばと少し反省した。
大空のメッセージ
2022/02/12
僕は青空高くで躍動する巻雲を見ていると文字や絵のように見えてしまいSF小説や映画の場面を連想して、これは宇宙や地球そして琵琶湖が発するメッセージではと考えるが未だ一度も解読出来たことはないが?(笑)研究者でもない僕がそんな能力は無いとおもいながら青空の雲を見た。スタニスワフ・レムの小説「ソラリス」では惑星ソラリスの海は感情を持った生命体として描かれている、そして映画「メッセージ」でも地球外生命と人間とのコミュニケーションでは異星人がスクリーン(透明)越しに蛸が出す墨、それとも黒いスモークでメッセージをだすと言語学者が試行錯誤して何とか異星人のメッセージを解読して無事に地球から去ってもらう映画も楽しかった。映画「メッセージ」の異星人は絶対的強さで地球人の武器の全てを無力化、そして手も足も出ない人類、に痛快さを感じた。それからアーサー・C・クラークのSF小説「地球幼年期の終わり」では、地球外生命の力は強く、武力を使用せず、瞬時に地球上の全ての武器を無能化にして人類を救う?小説は今でも思い出す、今ロシアのウクライナ侵攻が噂されて世界に戦争の危機が迫っているこんな時に地球外生命体がやってきて地球上の武器を全て無力化して戦争を止めて欲しいと青空に願いながら雲のメッセージをデジカメで撮った。
フランス、原発建設再開・・・
2022/02/11
僕はオリンピックよりもフランスのマクロン大統領がが脱炭素社会を目指ためには原発が必要と発言した、ニュースに驚いた。ヨーロッパ諸国は脱原発の方向に走っていると思っていたのに・・・ウクライナ問題でロシアからの天然ガスの供給への不安もある事とおもうが、2028年に原発6基の建設を始め、さらに2035年に稼働させる計画、さらに8基も増やす計画には唖然とした。ドイツは原発には頼っていないがフランスの原発で発電された電気を輸入しているのは周知の通りだ。核のゴミの処理は一部オンカロなどで永久保管が始まっているが世界全体では未だ原発からでる放射能汚染された核のゴミを完全に処理する事はできない、トイレの無いマンションに例えられる原発に頼る文明の未来は決して明るくないとおもった。我が国も脱炭素を目指すためには原発が必要と明言しているから、フランス大統領マクロン氏の発言に追い風を受け日本でも新規の原発の建設が再開されるのではとおもった。僕の好きなウルグワイの元大統領のムヒカさんの言葉を思い出す、誰もが豊かさを求める時代を止めて楽しく暮らせる時代を目指す時ではと・・・でも以前に見た、ビデオ「愚か者の時代」では遠に転換点2015年を過ぎた今、はたして温暖化を止める事ができるのかと心配になってきた。
耳で見る映画?
2022/02/10
久しぶりに三時間近い長編の映画「ドライブ・マイ・カー」濱口竜介監督179分を浜大津のアレックスシネマで見た。テレビや新聞が話題作として良く紹介している映画を見に行った。「ドライブ・マイ・カー」は村上春樹の短編小説集に記載されている「ドライブ・マイ・カー」の映画化だが短編小説を179分の長編映画に出来る脚本の力に驚いた。映画は演出家の家福が自分の妻の音との葛藤を描いた物語だが、妻は最初の部分だけで後は妻を巡る若い俳優と家福の心理描写と運転手の女性を巡る、三時間近い映画は聴き応えがあった?と言うのは映像を主体に見る僕の趣向から少しかけ離れた耳で見る映画となった。セリフに神経を注いで見る映画には少し疲れた。ベルイマンの映画の様に言葉が重要な役割を果たす物語は字幕に追われて肝心の映像が・・・でも日本映画なので耳で処理出来たから納得出来た、大作だが、見終えると、なんだか小説を読んだ様な気分になったのは何故と、多分、映像重視の僕には少し物足りなかったのではとおもった。赤い車、サーブ900(スウェーデン製)のシーンも多く車好きには良いのではと・・・館外へでると辺りはすっかり暗くなっていた。浜大津港で観光船を見ていると、タル・ベーラ監督の「倫敦から来た男」の夜の港シーンの美しいモノクロ映像を思い出し、思わずデジカメをリュックから出し撮った。そしてタルコフスキーやタル・ベーラの美しい映像が主体の映画を見たくなった。

















