山岳飛行士ドン・シェルドン
2022/01/30
併読していた「風に賭ける」ジェームズ・グレイナー著を読み終えた。著者もパイロットだから飛行機操縦の臨場感が紙面を通して伝わってくると自分も操縦している感覚になるのは、やはり飛行機を操縦していたからだ。アラスカの山岳飛行士ドン・シェルドンの活躍を描いたノンフィクション小説だ。マッキンレーと言えば多くの登山家の命を奪った、気象条件の厳しい山だ、1984年、冬季のマッキンリーに世界で始めて単独登頂するも下山中に行方不明になったことは有名だ。その山岳群はアラスカ州に存在する世界の登山家を今も魅了している領域で登山隊の荷物を山岳地帯のベースキャンプまで運んだり、遭難者を救出するために氷河や高所の窪地に危険を顧みずに飛行機を着陸させたりして大活躍した飛行士ドン・シェルダンは1947年から1973年までの間に墜落したり不時着等で何度も飛行機を壊しながらも命を失わなかったのは奇跡に近いのではと思いながら物語を読み終えた。管理され規制だらけの中で飛行する現代では考えられない飛行機の物語を実感できるのは、僕が飛行機を操縦していた時代も少し規制や管理が緩かった時代で、琵琶湖周辺の空域でパイパースパーカブPA18に乗って大空を自由に飛行していた、懐かしい記憶が蘇り、飛行少年時代に戻れた、楽しい本だった。
新聞を読んで・・・
2022/01/29
新聞の購読者が減っているのは日常、新聞配達の様子を見ても実感できる以前なら各家に新聞が入れられていたが今は次の配達先までバイクで向かう、僕の少年時代は新聞配達は大きな新聞の束を抱え1軒1軒歩いて新聞を配っていた時代を懐かしんだ。今日も新聞の話題だ。朝刊(朝日)多事奏論(吉田純子)「コロナ禍と日常」を読んだ。「偶然の豊かさこそ 文化の土壌」は僕の心が響いた。(記事)孤独の果を見る気がする。無関係の他人を巻き込み、自らの命を絶とうとする惨事が相次いでいるこの世界に。と始まる記事は、偶然の出会いが少なくなった現代社会(コロナ禍)の窮屈さら、そして自分の体験を通して音楽の大切さも・・・そして最後には、国民を、ウイルス対策という大義名分で従わせる策にに気付いてしまった為政者たちが、今後、権力の使い方を見誤ることはないか。の記述は心に留めた。そして最後では、私たちの方にも「あきらめ」という精神の防御作用がはたらきはじめていないか。私たちが警戒しなければならないのは、もはやコロナだけではないはずだ。と結んでいる、記事を読み終えると、新聞の大切さを感じた。記事の全文は是非、新聞で・・・・
写真の鳥はイソヒヨドリの幼鳥?
時代劇と言えば鞍馬天狗
2022/01/28
今日の朝日新聞(朝刊)オピニオン&フォーラムでは時代劇を取り上げていた。時代劇どこへゆく 耕論 では 俳優の高橋英樹、歴史学者の磯田道史そして脚本家の森下佳子がそれぞれの立場で時代劇の未来を語っている記事を読んだ。僕が今まで見てきた時代劇ではなく現代の時代劇から未来への期待をそれぞれの立場で語っているが僕の想像する時代劇とは少し隔たりを感じるのは、僕が今年82歳と高齢で少年時代に見た頃の、時代劇は素晴らしかったからだ。小学生の時に見た時代劇と言えば嵐寛壽郎の鞍馬天狗が活躍する映画は今も強く印象に残っている、そして近くの三井寺で鞍馬天狗のロケがあり、生で鞍馬天狗の嵐寛壽郎ことアラカンと近藤勇役の大河内伝次郎の二人が並んで休んでいる光景は今も脳内に、記憶を呼び出すと鞍馬天狗が白馬に乗って疾走して現代に登場しそうだ。テレビが発達してきても映画の大きなスクリーンで見るアラカンの立ち回りの美しさは子供にも格好良く見えた。今日もパソコンのウィキペディアで嵐寛壽郎を見ると、最初は女形で芝居や歌舞伎で演じていたから、映画での立ち回りではアラカンの着物の裾が乱れなかったと記してあった。役者経歴の中では、波乱な人生の中でも、優しさと気っぷうの良さをもっ豪快な役者と、そして飛行機は大津の天虎飛行場で訓練して操縦士の資格を持っ事も記してあった。アラカンは、右門捕物帖でも、むっり右門と大人気だった。僕は中学生まではアラカンを始め大スターが多く誕生して時代劇の一大ブームの中で映画を見続けた。そして黒澤明監督の「七人の侍」が公開されると僕の映画の見方に大きな変化が起きた。そして益々映画の魅力に翻弄されて学校での勉強はおろそかになり、学業の成績の芳しくなかった、少年時代を懐かしく思い出し、僕の時代劇を考える日になった。
0センチメートル・・・・
2022/01/27
琵琶湖の水位が0センチメートルの標準水位となったことをTVニュースが伝えていた。渇水を心配していたが去年12月の大雪が水位の回復を早めたのではと思った。浜大津港の長い突堤の丸い穴?が一列に並んで見えるのも二ヶ月ぶりだと写真に撮った。ユリカモメも餌を与える人が増えたのか常時見られる様になった。ヒドリガモらは人を警戒しながら彼方此方で餌を喋んでいる姿に逞しさを感じた。ホモ・サピエンスの世界は新型コロナウイルスに翻弄されて三年目を向かえた。霊長類の長と自認していてもウイルスには勝てずに未だワクチンなどに頼らねばならない脆弱さを現しながら温暖化による気候変動への対処もままならぬ現状を知っているのか知らずにいるのか・・・未来への不安は募るばかりだ。
ワクチン接種三回目
2022/01/26
新型コロナワクチン接種を受けない友人もいるが、僕は個人の自由意志で決めれば良いとおもっているから人には薦めないが、しかし三回目の接種は少し迷った、メディアからの情報を聞いているとオミクロン株には効果があまり期待できないとしたデーターもあるからだ。そして細菌やウイルスの種類は何兆もあるといわれている、新型ウイルスだけを対象にしている現在の状況を見ていると、もうメディアが流す新型ウイルスの感染情報には一喜一憂するのは止めようとおもった。基本的な対策をして生活していれば大丈夫ではと思い始めた。元来、僕は胃腸が弱く、体のウイークポイントは胃腸だけで体は元気だ。今年82歳に、良くも長生きしたものと自分に感心するが、考えてみれば内科はいうに及ばず外科、耳鼻科、眼科、歯科、皮膚、泌尿器と、全ての、お医者様に、お世話になったお陰だと改めて感謝した。そして今日、近くのクリニックで三回目の接種を受けた。何となく自分の弱さが少し恥ずかしくなった。今日は運動をしないようにと言われたが、夕方、湖岸へ自転車で向かった。浜大津港ではユリカモメが手すりに並んでいるのを見て、午前中のポタリングで、見かけた大型のカモメを思い出した。帰宅後、図鑑を見るとウミネコと分かった。何故、海鳥が琵琶湖に?ナゾがまた一つ増えた。

















