桜紅葉
2021/10/19
地球温暖化で気候変動が起きているのではと近くの鹿関橋から堰堤の桜並木を見ると桜の葉は色づく前に散ってしまっている葉も多く、以前のように桜紅葉を楽しむ事も出来ないのかと疎水堰堤の桜木を眺めた。三井寺の境内の桜も同じように紅葉するの待たずに落ちた葉が風に舞っていた。湖岸の桜も葉を落としている木も多く見られた。気圧の谷の影響で雲の動きも激しく晴れているかと思えば雨が降り出した。今年も秋は短く厳しい冬になるのではと空を見上げた。琵琶湖の水位が少し低めなのが気になった。例年なら台風が運んでくる雨で水位は平常水位で、護岸の石垣部分が広く見える事はなかった。今日から選挙戦が始まった。朝から候補者の名前を告げながら選挙カー走っていた。選挙公約を聞いていると各党の何れもが経済の発展と豊かな暮しを第一に挙げているが、地球温暖化の問題を考えるなら、安易に経済の発展や豊かな暮しを公約に出来ないはずだが、どの候補者も気候変動には興味がなく失望するばかりだ。ホモ・サピエンスの不思議な社会は矛盾だらけだが、選挙には行かねばとおもった。帰宅すると、宅配の不在通知が入っていた。通知を見ると福島の友人Hさんが、望遠ズームレンズを送ってくれた、嬉しい知らせだ。これから渡り鳥のシーズンで持ち合わせのレンズでは鳥や蜃気楼には不足気味だったので、嬉しくなった。荷物が届き、早速、望遠ズームをデジカメに付けて近くの鹿関橋からアオサギを撮った。顔の表情まで写っていた。支援してくれる友人に感謝しながらテスト撮影を終えた。
下方蜃気楼のシーズン
2021/10/18
夏から冬へと季節の移り変わりが秋を感じさせてくれないのは温暖化の影響で気候変動が起きている兆しではと心配になってきた。湖岸ポタリングでは冬の琵琶湖の風物詩の下方蜃気楼が見られた。午前中の琵琶湖は青空も広がり視程も50キロメートルはあり周辺の山々が確認できた。琵琶湖大橋を見ると下方蜃気楼になっていた。上方蜃気楼と違って蜃気楼マニアの姿は見られなかった。僕は午前、午後そして夕方も湖岸へ出かけ蜃気楼を写真に撮った。自然界で起きる事象の不思議さに感心していると今日、読み終えた「旅をする木」(星野道夫著)の中で語られるアラスカの大自然には及ばないが毎日、見る琵琶湖の時間もアラスカと繋がっているのだと星野さんの語るアラスカを想像した。星野さんの自然への接し方には畏敬と儚さ、そして優しさを感じながら読んだ。物語の中で語られる自然の無常さはアラスカの大自然の中で星野さんが体験されたから語れる自然の儚さではとおもった。そして素晴らしいアラスカの自然の中で過ごされた星野さんの時間が記録されている本ではとおもった。星野さんは1996年にカムチャッカでヒグマの事故で命を落とされたことも、此の本を読んでいると悲劇には感じられないのは何故と・・・やはり自然界の無常の中で起きた事だからとおもってしまうのも何故と考えるばかりだ。
読書の秋そして食欲の秋
2021/10/17
八十歳を超えると、食欲の秋は無くなったが読書は何時もしているから季節には関係ないと、午後、三井寺の茶房ながら亭に出かけた。別に態々、茶房に出かけて本を読まなくても良いのだが、集中して読むには家ではなく違う空間の方が集中しやすいからだ。買っておいて読まなかった本は少し難解と積んでおく事が多い、13年前に買った、「日本文化における時間と空間」(加藤周一著)を最近読み始めた。少年時代からSFが好きでタイムマシン等は時間の話だからと、題名に時間が付いていると読みたくなるが勉強嫌いだった僕には荷が重すぎると、分からないながらも読み進んでいて、中には、はっとするページもあり知らないことの多さを実感しているのが現状だ。第三章の中では、福沢諭吉が語った、大勢順応主義は今も変わっていない事を記していた。そして1940年戦争に走る軍部に中国政策を批判して衆議院から除名された斎藤隆夫の名前を知った。大勢に流されない人達の名前の殆どは歴史の時間から消されたしまうのかと思うと、空しさを感じるばかりだ。もう直ぐ衆議院選挙が行われるが大勢から外れ正論を語る人にと思うが、候補者がいるのかと考えた。時間の話は面白いから読みつけられると思いながら本を閉じた。そして湖岸へ向かうと琵琶湖は冬の様相を表していた。今年も秋は短く、冬がもう其処に来ているのではと、今の瞬間を切り取るのが写真だと思いながらシャッターを押した。
商業施設へ・・・
2021/10/16
二年前に開業した商業施設のブランチ大津京のモンベルに靴を買いに出かけた。大津旧市街の北方、競輪場跡に出来た商業施設で大津市の公園も併設された広い空間があり平日は空いているが、今日は公園部分は家族連れで賑わっていた。此のような光景を見たのは初めてだ。テントを張ってキャンプ気分を味わっている姿も見られた。遊具も少なく広い空間は自由に利用できるのは良いことだとおもった。スポーツ広場もあり高い建物の商業施設でなく比叡山も見えるから遠出したような気分にもなれるのではとおもった。コロナも一休みで誰もがほっとしたのではとモンベルに入った。目的は履きつぶした靴を買い換えるためにきたのだから、靴コーナーへと、店長のIさんを見つけ今履いている靴と同じものを出してもらった。選ぶのも時間はかからない、サイズも同じの、色違いを買った。新しい靴を履いて、古い靴は処分をお願いした。左股関節はサイボーグで丈夫になったのか左足の太ももは右足よりも筋肉量が多く丈夫だが耐用年数が後、五年くらいではと・・・できたら人生も其れまでには終えたいと思うが寿命だけは如何ともしがたいと右足を見ると少し細く見えた。毎日平均8千歩歩いているから靴は10ヶ月しか持たないと、新しい靴での一歩を始めた。
今日の琵琶湖の夕景は季節の変わり目を知らせているのか、暗く静だった。
青空の日
2021/10/15
雲一つ無い青空を見上げると、無性に飛びたくなるが、翼が無いのが残念だと悔しくなるも進化の過程でホモ・サピエンスは飛ぶことへ、シフト出来なかったのかと、鳥たちが羨ましくなった。今日のような好天は一年間に数日しかない航空写真日和だ。余程チャンスに恵まれないと高度三千メートルから琵琶湖全景を写真に撮ることが出来ないと思いながら石坂線に乗って坂本のKクリニックへ向かった。7週間に一度受ける検診の為だ。今日もK先生から異常なしですよと言われ気分は爽快だ。昼食は鶴喜蕎麦が今日は休日で何時もの喫茶店珈琲人で済ませた。帰路の車内は殆どの人がスマホを見ているが僕は車窓風景が好きなので大津比叡山麓の田園風景を楽しんだ。コロナ感染者も少ない日が続いて道行く人の顔にもゆとりを感じた、マスクで口元は見えないが目の輝きが戻ってきたからだ。今年も秋は短いとの予報がでているが間もなく紅葉シーズンになるが、コロナの第六波が心配だ。帰宅後、自転車で湖岸へ向かった。打出浜から見る琵琶湖は雲一つ無く、湖面も青、空も青、の安定した日常の風景を眺めていても、彼方の若狭原発群が気になってくる、高浜と美浜の老朽化した原発の再稼働は絶対にさせてはならないと思いながら青空を眺めた。
坂本では芙蓉の花が夏を惜しんでいるように咲いていた。

















