ワクチン接種
2021/05/27
今日は新型コロナワクチンの接種に出かけた。雨も上がり自転車で会場の皇子が丘体育館へは5分で着いた。受付場所は広くパイプ椅子が並び病院の様な雰囲気ではなく明るい感じだ。人数は多く見え、時間が掛かると思ったがサポートする人の数も多く手間取ることもなく注射まで直ぐに進んだ。アナフィラキシー対策として接種後15分間、パイプ椅子に座り終えるとワクチン接種の行程は終了した。要した時間は30分と短く病院での待ち時間よりスムーズな対応に満足しながら帰宅した。高齢者の接種は7月中に終わると国は伝えているが難しいのではと、そしてワクチンの接種が進み集団免疫ができるのは何時になるのだろうとテレビから流れてくるコロナ感染のニュースを見た。
今日の琵琶湖は雨雲が垂れ込め重い空気は流れず留まっている、水位は少し上がったようだ、琵琶湖は河川から流れ入る水を余裕をもって貯水してくれているから安心だ。琵琶湖に感謝、感謝・・
湖岸の漁?
2021/05/26
最近は湖岸で特定外来生物、オオバナミズキンバイの黄色の花を見かけなくなった。滋賀県の徹底した駆除作業の結果ではとおもった。そして今日の湖岸ポタリングで目にしたのは打出浜湖岸で漁師が石垣に座り休憩している傍らには摘み取られたオオバナミズキンバイがポリ容器に入っていた、本来、琵琶湖で魚を捕るのが漁師の仕事だが、県に委託され外来植物のオオバナミズキンバイらの特定外来植物駆除作業をしている姿を見かけることが多くなった。そして湖岸緑地では除草作業が進みシロツメグサやハルジオンの花も刈り取られ殺風景になってしまった。最近では大きなブラックバスを釣り上げる人も見なくなった。におの浜でも稚鮎釣りをする人も多く見かけ、最近ではホンモロコが釣れだし、釣りファンが喜んでいると聞いた。水位は魚の産卵のために高い目に保たれているから、在来種のモロコ、ニゴロブナらの産卵が進み繁殖に繋がれば良いのにとおもった。
ジャンク・ヘッド?
2021/05/25
昨日に続き浜大津アレックスシネマへ足を運んだ。僕が今、一番気になる映画「ジャンク・ヘッド」が上映されているからだ。映画はアニメ映画で堀 貴秀監督が七年も掛けて制作した素晴らしい映画をテレビの情報で知った。凄いのは監督・原案・キャラクターデザインと制作・絵コンテ・撮影・照明・音楽・声優・VFXらの作業を掘氏が一人でやり遂げた事に驚いた。しかもコマ撮り(ストップモーション)での作業では総コマ数14万枚と気の遠くなるような作業だ。宣伝のチラシには伝説のカルトムービとあるが、僕はアート作品だと思った。物語は人類が遺伝子操作による弊害で子孫を残す事ができなくなり、地下で生活空間を広げる人工生命体マリガンの社会へ人間の遺伝子を探すために向かう主人公(AI+人間?)が向かう先で繰り広げられるドラマは重く楽しく見られた。地底に広がる人工生命体の暮らす場所は廃墟のような地底の描写力に誘われ、久しぶりのSF世界の旅を満足した。帰宅後、パソコンの映画情報でジャンク・ヘッドの仔細を読んだ。監督の堀 貴秀氏が謙虚な姿勢で語っていた。そして僕はすごい人もいるもんだと感心した。
茶房ながら亭の池では今年はモリアオガエルには中々出会えないが、産卵した卵が紅葉の枝に見られた。蓮池は名の通り蓮が池面を覆い始めた。
ブータン山の教室
2021/05/24
僕は今まで、ブータンの映画を見た記憶がなく、今日、の午後、浜大津アレックスシネマで上映されているブータン映画「ブータン山の教室」を見に出かけた。昨夜、友人松田さんから電話で此の映画の事を知らされ見たくなったからだ。国民の幸福度世界ナンバー1と言われる国の映画は如何にと楽しみに見た。映画は主人公ウゲンの住む町はブータンの首都ティンプーで何ら世界の町と変わらない文明社会だ。主人公はウゲンは役所の命令で過疎地のルナナへ教育実習に向かう、途中からは歩きで6日間もかかる大変な場所にあることに驚いた。日本では幾ら過疎地と言っても交通機関や車を使えば難なく到達できる時代だ。ブータンの国土の奥深さに感心した。そして電気はもちろん生活のインフラも整っていないルナナが今も存在する国(ブータン)が存在していることが嬉しくなった。ITやデジタルに人間が近づかなければ毒される事もなく自然の中で厳しいながらも生きて行ける場所がまだ残る国ブータンを少し羨ましく思うのは恵まれた環境で暮らしているからだと思った。映画は淡々と辺境の村の生活や自然の美しさを見せながら主人公ウゲンの心が変化してゆく物語は退屈せずに最後まで見られた。良い映画だと思った。
今日の写真はライカで撮ったフイルム写真だ。今日、現像とデーターが上がってきた。写真を見るとピントを手動で被写体に合わした場所にピッタリと決まった、写真を見て頷いた。最近はピントは自動でカメラが合わしてくれ自分で操作することも少なくなった。デジタルカメラの進歩には驚くが写真の出来不出来は昔も今も変わらないとおもった。便利なカメラが人間に近づいた訳ではない、自分が便利なカメラ(デジカメ)に擦り寄って行き、フイルムカメラから離れた結果が今のデジカメ時代を招いたと反省しながらフイルム写真を見た。
五月晴れ
2021/05/23
五月晴れとは梅雨の晴れ間の事だと以前に聞いたこともあるが・・今日、パソコンでグウグルと6月(旧暦5月)の梅雨時に見られる晴れ間の事、ただし誤用で、新暦の5月の晴れ間という意味にも用いられるとあった。今日の五月晴れは、梅雨入りの早かった、今年は新暦の5月と梅雨入りが重なり、誤用を気にせずに,自信を持って三井寺の展望台から空に向って五月晴れと言った。コロナ禍の暗い気分が吹っ飛んで心まで快晴になった。湖岸も好天に誘われて多くの人が広い空間で密を気にすること無く散策や釣りを楽しんでいた。

















