中島省三の湖畔通信

ジュウガツザクラ咲く

2021/09/29

我が家の近くの遊心庵門前のジュウガツザクラが咲き始めた。僕は桜で一番好きな花はと聞かれればジュウガツザクラと答える、ソメイヨシノの様に一斉に咲くこともない、静に気の向いた時に其々が咲きたい時に咲くから好きだ。門前には坂村真民さんの詩碑、念ずれば 花ひらく と刻まれた小振りながらも存在感がある石が今日も静に鎮座している傍らで写真を撮った。前庵主のOさんに頼まれてジュウガツザクラの伸びすぎた枝を剪定したことを懐かしく思い出した。遊心庵では坂村真民さんと二度お出会いした事もあり、其の折に色紙に、念ずれば 花ひらく を書いていだき、詩集も其の時に庵主さまからサイン入を頂いたと記憶している、真民さんの詩集愛に生きるの中にある誌、花  何が一番いいか 花が 一番いい 花の どこがいいか 信じて 咲くのがいい  を思い出しながらジュウガツザクラを愛でた。


三枚目写真は、台風が近海にあると素晴らしい雲の風景が見られる。

雲に誘われて

2021/09/28

今日は昨日の青空から一変して雲が主役となった。午前中は波状高積雲が楽しめた。琵琶湖の空間があるお陰で雄大な雲の眺め格別だ、大都会では味合うことの出来ない環境は郷土の宝物だ。湖岸のベンチに座り大空の雲を肴に雲見酒も良いのではとおもった。でも雲見酒を楽しむ人が増えたらゴミの散乱が心配だ、心無い人が飲食後に放置したビニール袋やペットポトルや缶らのゴミが見られるからだ。やはり閑散としている方が雄大な琵琶湖の風景を楽しむには今のままで良いと思った。夕方、一度雲に覆われていた空に隙間ができ鈍いながらも輝いた雲が見えた。自転車を出して湖岸へと向った。浜大津湖岸から琵琶湖を見ると上層には高積雲がそして積雲らの下層雲が入り交じる眺めは秋を感じさせてくれた。

青空の下で

2021/09/27

雲一つ無い青空と言っても全天を見れば雲は何処かにあると打出浜から琵琶湖を眺めた。今日の晴天も一年に10日程しか無い空撮日和だ。空撮では雲があると、特に積雲は地表に黒い影を映すので写真の出来栄えはイマイチだ。そんな事を考えながら青空を見上げた。湿度も低く湖岸ポタリングには最高の日となった。でも空撮と違い地上で撮る風景写真には雲が必要だと青空に雲を探すも見つからなかった。何時ものカフェ、タイムに寄ると開口一番マスターが非常事態宣言が30日で解除されたら居酒屋へ行かれるんですかと聞かれた。もう一年以上、京都へ出たこともない実情では返事に戸惑った。コロナが終息しても直ぐに以前のような雰囲気にはなれないのではとおもった。気候変動らの差し迫った問題を先送りしてまで経済優先でまた消費経済資本主義に戻るのでは折角、コロナで減速した豊かな暮しを又、加速して元に戻すのではなく、少しでも地球温暖化を遅らせる暮し方を考える方が大切ではないのかと思った。

オートバイ

2021/09/26

昨日の湖岸ポタリングでは、におの浜湖岸にオートバイが止まっているのを見かけ通り過ぎたが、気になってオートバイの所まで引き返した。月光仮面の歌の中でもオートバイなる言葉が出てくる、最近はバイクもしくは二輪の時代に何故、僕がオートバイと言ったのは1960年代のホンダのドリームとベンリーを見たからだ。ツーリング途中で湖岸に寄った、グループに声を掛けて写真を撮らせてもらった。ライダーは僕よりも遥かに若い世代の人がドリームやベンリーに乗っている、クラシックバイクの趣味仲間らしい、一人は東京から走らせてきたと言っていた。人物も撮りたかったがオートバイだけにした。オートバイだけを写真に撮ると湖岸で開かれた琵琶湖大博覧会(1968年)当時にタイムスリップしたのではと思いながらライカM6のシャッターを切った。やはりフイルムで撮る写真は違うなとおもった。露出、シャッター、距離そしてフイルム巻き上げも手動だ。パシャッと切れるシャッター音、ギアが回りフイルムを巻き上げるアナログ的な音は心地よく聞こえた。デジタル時代の中でもアナログのフイルムカメラを扱える幸せな最後の世代ではと首に掛けたライカを見た。

今日の写真は全てフイルム写真です。

新聞の役目?

2021/09/25

SNS全盛の時代、新聞は苦戦しているようだ。僕はアナログ育ちで新聞は今でも好きだ。今も朝日新聞を購読しているが、以前ほど読ませる記事が無くなった。正直、滋賀版などは読む気もしなくなった、以前は記者が足で歩き探した記事もあり地方版も充実していた。でも新聞を読むのは、今日の朝刊の様に考えながら読める記事が時々、掲載されるからだ。異論のススメでは佐伯啓思氏が「国民主権」の危うさ、と題して語っていた。世論に従う民主主義、その時の空気で右左、共通の将来像が必要、と日本の現在の有り様を語っていた。世論を空気と捉え、その空気に影響される危なさを指摘していた。其の中でジャーナリズムや知識人らも空気に流さている現状についても話していた。先日、読んだ「超空気支配社会」(辻田真佐憲)の中でも空気に流される今の日本の社会現象が書かれていた。そして今読んでいる「インスタグラム」(サラ・フライヤー)の中ではアメリカ大統領選挙でSNSがアメリカ社会の空気を動かし選挙戦に多大な影響を与えた事が書かれていた。いまや日本でもSNSが空気(世論)を動かす力を持つ時代となった現代、あやふやなフェイクニュースらに注意して空気に流されないように、衆院議員選挙に挑みたいと思った。

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