中島省三の湖畔通信

ヴェニスに死す

2021/04/12

先日、文庫本でトニオ・クレーゲルに続きヴェニスに死す、を読んだ。映画ベニスに死すは、ルキノ・ヴィスコンティの1971年の作品で予告編を見た記憶はあるが、映画は見ていないので本を読み終え、急に映画を見たくなったのでツタヤでDVDを借りた。映画はベニスに死す、でヴェニスではなかった。トーマス・マンの原作を読んでから見る楽しみもあり、今日の午後、131分の作品を見た。映画では主人公アシエンバハは音楽家になっていた。本と始まりは違った、アシエンバハがベニスへ向かう汽船のシーンから始まった。本と違って幻想的な海を航行する汽船が芸術家の悩みの闇の深さを象徴しているようなファーストシーンで映像に引き込まれて行った。生真面目な老音楽家が避暑地で美少年に恋をする切ない物語は主人公アシエンバハを演じるダーク・ボガードのアップを多用した映像に老音楽家の恋の戸惑いらの苦悩する表情が読め、小説で想像しながら読むのとは、違いは映像好きの僕には楽しめた。でも主人公の心の闇の深さは小説の方が感じられた。五十年前のフイルムで撮影された映画は素晴らしいと思いながらDVDを見終えた。コレラが観光都市ベニスを寂れた町に変えてゆく様子は空気感まで伝えるフイルムならではの映画はやはり大スクリーンで見たいと思った。そしてコレラでは無くコロナウイルスの感染拡大で観光都市や町が寂しくなっている我が国の様子と映画で見るコレラ感染で寂れる観光都市ベニスのシーンがオーバーラップしてきた。

コロナ禍の日常

2021/04/11

コロナは一向に収まる気配を感じさせないまま一年以上が過ぎた。慣れてしまったのかコロナ禍が日常となった。町中では殆どの人がマスクをして生活している姿を見ているとSF映画を見ているようだ。スマホで記念写真を撮る人もマスクをしたままだ。コロナ時代の記念写真と考えての事だろうかと・・本来なら写真は自分の表情を撮るのが常識だ。人間の習慣までも変化させるコロナウイルスの正体は本当に分かっているのだろうかと毎日、メディアが伝えるニュースを見ても、一年前と同じを事を伝えている様に感じた。ワクチン接種も我が国は世界の中では出遅れていて少し心配だ。変異株のウイルスに対しての有効性などの信憑性らも正確に報道してほしいと思った。東京五輪よりも大切な事が多くあるのではとニュースを見ながら少し不安になった。

新緑を見ていると心が鎮まるのが救いだと思った。

移ろいゆく季節・・

2021/04/10

三井寺も新緑のシーズンへと駆け足で進んでいる境内では、まだ八重桜が花を散らせずに春を惜しんでいた。鶯の鳴き声も本調子になってきてホーホケキョーが樹間から聞こえてきた。カメラを向けると鶯ならぬイソヒヨドリが新緑の中に見えた。千団子さんの池端ではカラタチの花が咲いていた。季節は初夏へと向っていると肌で感じた。湖岸では桜のシーズンも終わったと思っていたら由美浜湖岸では桜が咲いていた。湖岸では稚鮎を釣る人の姿を見かけるようになった。コロナ禍の日常でも長閑な湖岸風景が見られほっとしながら湖岸ポタリングを楽しんだ。

ウワズミザクラ?

2021/04/09

淡墨桜は知っているがウワズミザクラを知ったのは今日が始めてだ。午後、三井寺の茶房でお茶と読書を終えて、護法社(千団子さん)の境内で八重桜を写真に撮った。白い美しい八重桜の花はピンク色の花よりも清々しさを感じて暫し見入った。そして仁王門前の信号を渡ろうと左手を見ると写真を撮っている人に気づいた。良く見ると白い花を咲かせた木が見え、興味を持って近づいてみると、白いモフ☆モフした大きな花で、名前が分からないのでスマホのグウグルレンズで検索するとケムシと出た、やはり研究者のIさんが正解率60から70%だと言っていた事を思い出しながら、再度、スマホを花に向けてグウグルレンズで調べると、ウワズミザクラと出た、そして掲示された写真と同じ花だと分かった。モフ☆モフの花を良く見ると小さな花で構成された豪華な桜バナナの様にも見え少し可笑しくおもった。風が強くアップで撮るには少し手間取った。そして近くを見渡すとウワズミザクラの木は他にも在った。ご近所であり良く通る道なのに気付かなかっと花に詫たい気持ちになった。今日は如何に自分の観察不足だったことを反省、そして僕の生きる世界は知らないことが殆どだ、これから先、どれだけ生きるか分からないが色んなことを知っていこうと思った。

花まつり

2021/04/08

4月8日はお釈迦様の誕生日で、花まつりに祀られる誕生仏は誰もが知っている右手を上に左手を下にし仏像だ、右手は天を指し左手は地をさしている、天上天下唯我独尊の言葉は有名だ。意味は俺が一番偉いと、捉えるのは誤解で、政治家や権力者だけが俺がいちばん偉いと、誤解したままで権力の座に居座っている姿を、お釈迦様はどのように見ておられるのだろうかと扇面に描かれた、誕生仏を見た。絵は近江の画家でモダンな絵画で有名な柴田晩葉の絵だ。そして「天上天下唯我独尊」本当の意味は、金子みすゞさんは「みんなちがってみんないい」と・・・「私たち一人一人の命はそのまま尊いのだ」と言うのが本当の意味らしいと知ったのはパソコンで調べた結果だ。今日は三井寺の金堂で灌仏会(花まつり)が執り行われた。僕は儀式が終わった、午後に金堂にお参りして誕生仏に甘茶をかけて日常の無事に感謝した。何時もならお釈迦様の誕生日は桜の花が咲いているが今年は散ってしまった。でも八重桜がお釈迦様の誕生日に花を添えていた。今日は何となく心が鎮まった一日となった。

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- 管理

× 閉じる