トーマス・マン?
2021/04/02
有名な小説家トーマス・マンの名前を知ったのは、小説「さよなら、ギャングたち」(橋源一郎著)を読んだ時に、トーマス・マンの名前が小説の中に出てくるが、架空の人物として語られているので実在しないと思っていた。そして、近くの中井書店で本を探していると、文庫本の表紙が眼にに留まった、トニオ・クレーゲル。ヴェニスに死す、の文字の下にトーマス・マンの文字を確認した。なんだ、トーマス・マンは実在した小説家だと分かり、如何に自分がモノ知らずである事を自覚した。そして数日後、中井書店でトーマス・マンの文庫本を買った。少し難解そうに感じたので読みやすい小説を先に読んだので、暫く積んだままになっていた。今日、坂本の医院に向かう電車の中で読み始めた。トニオ・クレーゲルの少年時代から始まる物語は読み始めると、言葉の表現が時代掛かっているように感じ、少しとまどった、でも少年時代(思春期)の心の感情が描かれていて自分の思春期をおもい浮かべながら読んだ。電車の中で読んだのは小説の触り部分でおわった。トーマス・マンはノーベル賞作家で、魔の山が受賞作と知り、今読んでいるトニオ・クレーゲルとベニスに死す、を読み終えたら是非、読みたいと思った。
坂本の薬樹院の太閤ザクラは満開の時期は過ぎていた。
町中の桜の名所?
2021/04/01
今日は町中でお花見を楽しんだ。大津祭で有名な天孫神社の境内は桜の木が多く植えられていてコンパクトな境内は此の時期、桜花に覆われて花の神社の様だ。以前からライトアップは評判だったが境内に入って写真を撮ることはなかったが、今日の昼間と夜に訪れ始めて桜のシーズンに境内に入りお花見をさせてもらった。天孫神社は子供の頃は四宮神社と呼ばれていて、お祭りも四宮祭りと言っていた記憶がある、今は大津祭と言われて久しい、祭りは14基の曳山が大津の祭り町を巡行する、そして各曳山には、からくり人形と豪華絢爛な曳山が人気で多くの人が詰めかけ此の日は大津の町が賑わいを取り戻し、過つて栄えた大津の町が存在感を表すのは、毎年10月の第二日曜だ。其の天孫神社の桜も知る人ぞ知る桜の名所だ。写真を撮りながら、最近読んだ小説ツバキ文具店とキラキラ共和国、はどちらも小川糸さんの小説で、鎌倉が舞台の物語では町の佇まいが伝わってきて鎌倉に住んでみたくなるほど魅力を感じるのは何故と・・美しい桜の花を愛でた後、美味しい食事やお茶が出来る場所が神社の側には見当たらないのが残念だ。今日もライトアップを撮った後に気に入ったカフェがあれば美しいモノを見た余韻が楽しめるのにと思いながら寂れたアーケイド商店街を自転車で通り抜けた。
疎水の桜
2021/03/31
今日は黄砂の影響は少しあるものの青空が戻ってきた。ソメイヨシノの花は散らず満開のままだ。我が家の近くの疎水鹿関橋には朝から多くの人が写真を撮っていた。此の名所は春の桜シーズンだけ多くの人が訪れるが新緑の美しい時には誰も訪れないから不思議だ。如何に桜好きの民族ではとおもった。僕が好きな光景はは花が散り終わり新緑と花のジクとのグラデーションがなんとも言えない美しさが魅力だ。今日は素直にお花見写真の日とした。
今、見る映画は・・・
2021/03/30
黄砂の影響で暗く少し陰鬱さを感じながら湖岸ポタリングに出かけた。琵琶湖は視程も悪く辺りの山々は見えず重い空気が覆っている、霧ならばロマンティクな風景になるのだがと湖岸を走った。午後は、浜大津アレックスシネマでロードショウ公開された、話題作「ノマドランド」(監督クロエ・シャオ)アメリカ映画108分を見に出かけた。映画の原作は「漂流する高齢労働者」(ジェシカ・ブルーダー著)だ、原作の題名通り、高齢者の物語で明るい映画ではなかったが、今の世相の中で見る映画だと思った。静かな音楽と落ち着いた控えめな映像が高齢者たちを優しくとらえて暗くなりがちの物語を上手く運んでくれた。最初のシーンではアマゾンで働く高齢者の多さに驚いた、アメリカ社会でも高齢者が働かねば生きて行けない時代を表していた。ノマドの意味は漂流者、そして遊牧民とパソコンに記してあった。フランシス・マクドーマン演じるファンが友人からホームレスかと聞かれた時にハウスレスと答えた、ファンは未亡人で夫が死んだ後、企業が破綻して家ではなく車(バンを改造したモノ)で暮らし、其の車からアマゾンで仕事をしながら年金を貰わずにくらしているノマドだ。映画はノマドの暮らしの中で起きる友情や恋?そして放浪者同志の助け合いや友情を描いた映画に久しぶりに感動した。雄大な自然を背景に、弱いものが肩寄せあって生きる姿に人生の重さを感じるのは、俳優は主演女優マクドーマン(ファン)と男優デヴィド・ストラザーン(デヴィド)の他は本物の漂流者ノマドが演じると言うより重い人生を感じさせるからだ。映画を見終えると、僕は少し恥ずかしくなった、送ってきた人生に重みがないからだ。軽く生きた事を反省しながら館外へ、そして湖岸へ向かうと、黄砂に覆われた暗い風景が広がっていた。
雨に耐えて
2021/03/29
昨夜の雨で花は散ってしまったのではと、散歩に出かけた。鹿関橋から見る見事な桜の風景は今日も見られた。風が強く無かったのが幸いだったのではと桜花を眺めた。三井寺の境内では花びらの絨毯が敷かれた場所もあるが概ね桜は花を残していた。平日にも関わらず多くの人が行く春を惜しみながら花を愛でていた。打出浜のオオシマザクラも多ワワに花を咲かせて満開を宣言してるように感じた。におの浜のソメイヨシノも満開となり湖岸は春らんまん!の時を向かえた。異常と言える今年の桜の開花は地球からの危険シグナルだと僕は思った。真摯に此のメッセージを受け止め、一刻も早く全世界で温暖化の防止策を考え真剣に取り組まねば未来を生きる人達へ負の遺産を残してはならないと思いながらお花見をした。

















