中島省三の湖畔通信

渡り鳥が・・・

2021/03/04

冬から春へと季節が移り変わる頃の体調管理は難しい、そしてコロナ禍で緊張度が増すばかりでは、ストレスが溜まるのが心配だ。湖岸ポタリングの装備?着るものを選ぶのも迷う、風が冷たい湖岸を走るには風を通さないアウターが必要だと今日もゴアのパーカーを着用した。浜大津港ではユリカモメの姿は無かった、緑地ではヒドリガモの群が餌を探している、その姿を見て、まだ帰らなくても良いのかとなと・・・カモ類は帰り先が近い朝鮮半島だからではと、写真に撮った。ユリカモメはカムチャッカ半島までと遠くなので早めに帰還したのではと辺りを見回してもユリカモメの姿は無かった。打出浜のオオシマザクラの蕾も硬く本格的な春は比良の八講が済まないとやって来ないと雪の無い比良を眺めた。そして今年も湖水開きは中止なのかと浜大津港に停泊するミシガン号を見た。コロナの影響を受け社会は良い方に変わるのだろうか・・多くの人は元通りの日常が戻る事を願っているが、僕は大きく変化してコロナ後の社会は今までのように豊かな消費経済社会でなくスローダウンした中での新しい仕組みの社会ができることが持続性ある暮らしが未来に繋がり、地球温暖化を遅らす事も出来て、未来に希望がもてる時代が来て欲しいと願った。明日は雨、雲が琵琶湖を覆い始めた。

皇子が丘公園

2021/03/03

お花見のシーズンは随分と先だが、次々と咲く色んな桜の花を愛でるとソメイヨシノの咲く頃にはお花見の気分が薄れてしまうのは毎年の事だとおもいながら公園の坂道を自転車を押しながら登った。少し寒いが春の陽射しに誘われたのかハツミヨザクラが開花していた。青空の中で散らばるように咲いているハツミヨザクラの花は軽く宙を舞っているようで軽やかに見えた。やはり桜は咲き始めが一番綺麗だとデジカメとフイルムカメラで撮った。辺りを見ると蕾の木が多く終末には開花するのではと見回しても開花している木は数本だった。公園内を歩くと、仄かな香りに誘われて梅林へ向かうと白梅は既に満開で花が青空に映えていた。近くの馬酔木の花も負けじと、香りを放ち存在感を示していた。春は確かに到着しているとベンチに腰掛けテルモスの紅茶を飲んだ。そして琵琶湖を眺めると高層マンションの隙間から近江富士が見えた。

寒冷前線の通過

2021/03/02

朝、テレビの天気予報が寒冷前線の通過を伝えているのを聞いて、僕の記憶は50年以上も前に小型飛行機の国家試験を受けるために航空気象を学んでいる頃を思い出し、寒冷前線の特徴を呟いた、通過後は風向きが変わり気温が急変すると・・・飛行機の航法では気象条件が一番大事で安全に目的地まで飛行するには万全の注意をしなければならいのが空模様だった、そして寒冷前線は特に注意が必要だった事を懐かしく思い出してきた。午前中の湖岸ポタリングは寒冷前線の通過待ちと決め、諦めた。寒冷前線が通過すれば、お天気の回復も早く回復すると予想した。午後3時には雨も上がり湖岸ポタリングに出かけた。気温は下がり風もあり寒冷前線の通過後であることが分かった。雨の心配もなく、春一番の風を受けて湖岸を走った。コロナウイルスも寒冷前線の様に早く通過して欲しいと思うのはホモ・サピエンスの我儘かと琵琶湖を眺めた。

浜大津の公園広場には大きな潦?が出現していた。河津桜の写真は昨日膳所由美浜で撮影したものです。

コロナ後の世界・・・

2021/03/01

我が国の政治は相変わらず稚拙で、おまけに誠実さの欠片も感じないとテレビニュースを消した。先日、知人から読み終えたからと本を頂いた。本は「コロナ後の世界を生きる」(村上陽一郎編)で24名の識者が語るコロナ問題を、読み始めた。ページを開くと藤原辰史さんがパンデミックを生きる指針ー歴史研究のアプローチを読んだ。此の国の政治家の無責任さを感じ、頼れるのは家族、でも家族を守る事も難しい現状ではと暗い気持ちで読み進んだ。でも最後には歴史の女神クリオによって試されているとしながら、弱者に接する態度で決まるの言葉が心に残った。コロナばかりにスポットライトが当たり、光の影で苦しむ弱者を置き去りにした政策でコロナを乗り切っても社会は本当に良くなるのだろうかとおもった。今日もテレビから流れるニュースは官僚の接待問題とコロナのワクチン接種らの話ばかりではコロナ後の大切な問題が見えてこない、現状が心配になってくるばかりだ。緊急事態宣言が解除されたといって、有頂天になる市民は少いのではと感じた。ストレスを溜めないためにも運動は必要と湖岸ポタリングに出かけた。由美浜の河津桜がコロナなど関係ないと言わんばかりにピンクの花を咲かせ空に向って存在感を示していた。遠くに見える比良には雪はなく今年も暖冬だったのかと改めて地球温暖化を心配しながら花を愛でた。

2時間4分56秒

2021/02/28

びわ湖毎日マラソンは今年2021年で幕を閉じる大会になった。コロナ禍で皇子山陸上競技場には一般観客は入れなかった。午前9時15分、スタート風景をテレビで見ていると昔の大会が僕の脳裏に浮かんできた。それは、1965年の20回大会だ、アベベ選手が参加した事もあり皇子山陸上競技場近辺には多くのファンが詰めかけた、大盛況の大会だった。僕は8ミリカメラでアベベを撮ったことを懐かしく思い出した。今日は最終大会、テレビで競技場をランナーが出るのを見てから徒歩で疎水河口に掛かる橋の上へ向った。暫くすると放送車、白バイに先導されたトップ集団が見えた。選手の顔が分かっているのは市民ランナーで有名な川内さんだけとデジカメのファインダーで探すも集団の中では確認できなかった。通過するマラソンランナーの数の多さに圧倒されながら見送った。ニュースらの情報では参加者は360人とか・・1965年の大会の参加者は45人で完走者26人そして優勝したのはアベベ選手で記録は2時間22分55秒8だった。今日の大会記録は2時間4分56秒で鈴木健吾選手が国内新記録で優勝した。そして川内選手も2時間7分台で自己記録を更新した。参加者の殆どが2時間30分以内で完走する時代ではアベベの記録も遠い記憶の世界へと消えてゆくのかとおもった。もう来年のびわ湖毎日マラソン大会は行われないとおもうと寂しくなった。パソコンに写真を取り込み、写真を拡大してみるとゼッケン番号75の鈴木健吾選手が集団の中に確認できると少し嬉しくなった。

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