帝国的生活様式?
2021/02/07
人新世の「資本論」は最近読んだ本の中では楽しく現代社会の実情を学ばせてくれた。1980年代から見事に生産至上主義と消費経済資本主義の真っ只中へと誘われ随分とモノを買わされたと振り返った。新しく取り組んだ仕事のために買った中途半端なビデオ機器らは五年と保たずに次から次へと出る新製品の買い替えに追われた。銀行で借り入れてまで買った機材は返済が済むと同時にビデオ機器らは使い物にならなくなった。でも僕の好きなフイルムを使用する映画や写真の機材はアナログ的でアリフレックスなどは鉄製で電気的なものはモーターだけで今も手元にあり健在だ。流石1980年以前のものは違うと思った。それに引き換えビデオ機材は跡形もなく消え、業務用のビデオテープらを再生して見ることも出来ないから数年前に全部捨てた。最近のデジカメも日本製でなく中国やフイリッピン、ベトナム製とカメラに記されている、デジカメばかりか電化製品も同じだ、僕の家のテレビも中国製のシャープ製だ,着ているジャケットのイギリスブランド、そして日本のモンベル、安さが売りのユニクロも皆んな外国で安い賃金と過酷な労働を強いられた人達が汗を流して作った製品を買っての豊かな暮らしは、正しく帝国的生活様式だと反省しながら、人新世の「資本論」を読んでいる最中だ。でも1975年に買った自転車(ビアンキ)は45年も経った今でも充分使用でき今日は久しぶりにビアンキに乗って膳所公園まで走った。それにしても最近の製品のライフサイクルの短さは消費経済資本主義の所為だとおもうと空しさを感じた。
京阪びわこ号
2021/02/06
京阪電車のびわこ浜大津駅周辺では電車を撮影する、所謂、撮り鉄をよく見かける、路面を走るラッピングされた電車を撮るのが目的の様だ。そして去年9月に600形に昔走っていた、びわこ号の塗装をした記念号も人気だ。僕もチャンスがあればと狙っていたが、今日、自分の狙った場所に居合わせ、やっと撮ることが出来た。良く電車を見ると僕の小学生の頃、流線型でカッコの良いびわこ号は絵に描いた記憶があり、塗装された、記念号の、びわこ号は似ているが姿は別物と思いながら見送った。本物の、びわこ号は二車両三台車だ、塗装された記念号は四台車ではと、家に帰り、パソコンで昔の、びわこ号を調べた。パソコンの写真を見ていると僕の記憶の中でも映像が蘇ってきた。パンタグラフは中央にあり、ポールが着いた車両で、連結部分は円筒形の金属製で、今のような蛇腹ではなかった。そして1970年に最終電車が走ったと記してあり、僕も二十代に本物の、びわこ号に乗車したことをおもいだした。そして連結部を写真に撮った憶えもあるのだがネガの存在が不明だと少し残念におもった。飛行機に夢中になっていた所為で江若鉄道や京阪電車をもっと撮っておけばよかったと少し悔やんだ。
併読も楽しい・・・
2021/02/05
読書と言っても一日に数回本を開いて読む時間は数十分から一時間くらいだから自分では読書好きには入らないとおもっている、勉強嫌いの自分が本を良く読むようになったのは60歳を超えてからだ。もともと気移りする方で同じ本を読み続けるよりも併読する方が好きだ。今回、動物農場(ジョージ・オーウェル)と人新世の「資本論」(斎藤幸平)の二冊は同時に手に入ったから併読する事になった。教養本と小説とが今回は見事にリンクして楽しく読み進めたが、動物農場は早く読み終えた、人新生の「資本論」まだ読書中だ。資本論などの難しい本は読んだことがないが著者が解りやすく現代の生産至上主義資本主義の行き詰まった話らは理解できた。そして動物農場では動物が革命で人間から農場を奪い取った後の話はロシア革命後のソ連のスターリンらの特権政治と生産至上主義らを、動物を介して描いた小説は楽しく読めた、同じ作家の一九八四年は独裁管理社会の重さで暗くなりながら読み進んだ事をおもいだした。人新生では生産至上主義を矛盾点を示しながら、マルクスは晩年、生産至上主義から脱却してエコ社会主義へと変化?した過程を著者が時代背景らを語りながら新しい社会に適した資本論の話を語って行く・・・これから先の時代を生きてゆく人達のためにも必要ではと読み進めている、二冊の本が時代を超えてリンクして僕に未来の社会の方向を想像させてくれた。
疎水の閘門
2021/02/04
毎日の散歩で必ず京都疎水に架かる鹿関橋からトンネルへ向かう疎水の流れを見るが、今、点検と清掃のために水が止められていて僅かばかりの水が細い一本の流れを作って京都へ向っていた。京都への飲水は第二疎水から取水されるので水道水らは大丈夫だ。大津では明治時代の面影を残す唯一の場所だ。今日は北国橋から閘門の写真を撮った。三保が崎の揚水機場から取り込まれた琵琶湖の流れは此の鹿関?閘門で水流は二つに別れ、そして閘門を通らずに迂回させられた水流は一本の川になって京都へ向かう、閘門には扉が間隔をあけて二つ設置されているのは水流を調節するために迂回させた流れとの段差を克服して船を安全に本流に浮かせるための閘門だ。パナマ運河の様な仕組みといってもスケールは小さいが見事な閘門だと思った。疎水の通船を琵琶湖浜大津港から運行する時は、この閘門の第一扉と第二扉の間に通船を入れ水位の調節をしてから迂回させた本流に通船を送り出す仕組みだが、閘門は人力で水門扉の開閉は大変な時間がかかりそうだ。数十年前は閘門の上には監視小屋があったが今は木が植えられているだけだ。今年の春の通船は始まるのかと閘門を写真に撮った。
浜大津の公園では児童たちが凧揚げをしていた。
琵琶湖の深呼吸・・・
2021/02/03
今朝の朝刊(朝日)滋賀版に琵琶湖が深呼吸したと伝えていた。久しぶりに明るいニュースと記事を読んだ。三年ぶりの確認と滋賀県が発表した事に触れ琵琶湖の全層循環の仕組みを詳しく記してあり深呼吸の意味が分かるのではとおもった。県担当者は「生物の危機はいったん脱したが、二年間全層循環しなかった影響がどのように出るか、油断せずに注視したい」としている、と記事は結んでいた。僕が琵琶湖の深呼吸を知ったのは大津青年会議所で琵琶湖の環境問題を取り上げた映画制作に携わった折に、滋賀大の教授岡本巌さんが琵琶湖の水が全層循環することを深呼吸に例えて話された事が今日も懐かしくおもいだしてきた。湖岸ポタリングで見る琵琶湖は何故か一段と美しく感じた。これで湖底近くで暮らすイサザも安心しているのではと琵琶湖の北を見た。
写真三枚目は取り壊しが進む西武百貨店・・あの特徴ある外部階段は消えいた。

















