花の名前
2021/06/22
花の名前を知るには以前なら知っている人に聞くか、植物図鑑で見るのが普通だった。最近ではデジカメで花を撮った後にスマホのグウグルレンズを花に向けると幾つかの候補まで画面に表してくれるから便利だ。過度な便利さを批判しながら文明の機器を数多く取り入れた生活をしている僕は苦笑いで誤魔化し、今日も便利な写真機デジカメで花を撮った。浜大津港の公園ではアガパンサスが咲き始めた。青い大きな花は、青空にも、そして雨の日にも似合う花だと僕は思った。辺りには合歓の木も花を咲かせていた。少し高いところで咲く花は遠くからでは目立たない、赤い花は浮遊感があり、色合いも淡く、優しく咲いているのを見落として去年は撮れなかったが今年は優雅な花を写真に撮れ嬉しく感じた。そして今日、初めてタイサンボクの花を発見した?そんな発見などと大げさな事だが何十年も湖岸ポタリングで通っているのに気付かなかった事を詫ながら白い大きな花を写真に撮った。タイサンボクと分かったのはグウグルレンズのお陰だ。庭木に多く使用される木だとも知った。浜大津港公園のタイサンボクの木は発育途中の青年ぐらいの木で葉が多く活力を感じるが大きな花は一輪しか咲いていなかった。そして白い大きな花をパソコンにアップする時にタイサンボクの花の美しさを改めて感じた。
琵琶湖夕景
2021/06/21
琵琶湖の夕景写真は誰が撮っても美しい写真になる、以前から良く言われている写真の基本では、朝陽、夕陽は誰が撮っても綺麗な風景写真になるから写真を志すものは余り撮らないのが普通だ。そして8ミリフイルムでホームムービーを撮っていた時は、よく山川地蔵は定番の映像で、これも夕陽や朝陽の風景と同じように誰が撮っても其れなりの風景になるからと映画撮影の基本編の書物にも書いてあった事を思い出しながら浜大津港で素晴らしい夕景に呑み込まれながらデジカメのシャッターを押した。何と一時間ほどの間に100枚も夕景写真を撮ったのだ。そして、少し自分に笑った。モニターで確認すると時間と場所を変えて,写した琵琶湖夕景の画像を確認しながら今日で暫くは夕景写真はお休みにしようと思いながら日の落ちた湖岸を後にした。
まどろむモリアオガエル、働くアリ・・・
2021/06/20
昨日とは打って変わり五月晴れとなった。爽やかな風を受けて湖岸ポタリングを楽しんだ。上空には秋を想像させる雲の美術館が素晴らしい作品を展示してくれた。今年の梅雨は何時頃開けるか・・・そして今年の夏も温暖化の影響で厳しい夏が来るのではと覚悟した。巻雲がたなびく高高度は何時も気温は低いのだと空を見上げると涼しさを感じた。午後は三井寺の茶房ながら亭へ出かけた。小さな池の辺りの木にはモリアオガエルがまどろんでいた。何時もなら木を揺すり、いたずらするのだが、今日は止めて写真を撮った。そして境内で小さな白い花に気づきスマホのグウグルレンズを当てた、画面にはサカキと出た。81年も生きながらサカキの花を見るのは初めてだ。近づいてデジカメのファインダーを覗くとアリが密を集めていた。其々の時間は平等に刻まれて行くのだとシャッターを押した。
シンプルな生活
2021/06/19
今日、三井寺の茶房ながら亭で「森の生活」を読み終えた、でも再読するべき本だとおもった。ヘンリー・D・ソローが1845年7月4日から二年と二ヶ月二日くらしたウォールデン湖畔の森でのシンプルな暮しの素晴らしさを感じた。170年も前に書かれた話が色褪せないのは何故と・・現代社会でも通じる事が多いからだとおもった。小さな湖に暮しながら地球規模で自然を捉えた物語は作者の教養の深さと優しさを感じ、自然に対する謙虚な観察力はすごいなと感心しながら読んだ。そして僕は琵琶湖の辺りに81年間も暮しながら、琵琶湖の表面をほんの少し知っているだけだでは語る資格もないとおもった。辛うじて毎日、写真を撮るのが僕と琵琶湖の繋がりだ。少年時代は今よりも琵琶湖に親しんでいたと、70年前の琵琶湖の風景を思い浮かべた。浜大津港も今のような立派なものでなく、木の桟橋が何本かあり蒸気船と観光船京阪丸らが係留される長閑な風景だった。湖岸には高い建物もなく甍屋根の後ろには長等山が見え、もちろ三井寺の観音堂もよく見えた。湖上は貸しヨットやボートが浮かんで結構賑わっていた、高度成長期に入る前の我が国の風景は何処も長閑でモノやお金に追われることのない、シンプルな生活が残っていた時代だった。現代の湖岸は衝立の様な高層集合住宅が立ち並ぶ姿には自然の豊かだった、時代の面影は消えた。日々の暮しも、モノに追われているようで落ち着かないと、おもうのは僕だけではないと・・・そして今までスマホを嫌っていたのに、自分の手にはスマホがあり、FBとラインでスマホを使用している姿は、シンプルライフから大きく外れているのではとおもった。シンプルライフを始めるには、モノを減らす事からと少しづつ捨てかけているが・・まずは心の中の物欲を捨て去るのが一番だと・・そして買わない、欲しがらない・・・そしてスマホも捨てる時がくれば良いのだがと考えた。
テレビ時代の・・・・
2021/06/18
最近、テレビを見なくなった。テレビの思い出はと記憶を辿ると、小学生の時にテレビ列車が膳所駅か大津駅に列車を停止、そして客車内にテレビを展示して丸いブラウン管に映像が映し出されていたことも思い出した。本格的にテレビ放送が始まったのは、中学生の頃からだ、もちろん家にはテレビは無く、頑固な明治生まれの父は買ってくれなかった。其の頃は電気店の店先でテレビをデモ用に見せていたり、確か川口公園には街頭テレビが在った事も記憶にある、其の頃のテレビ番組はプロスか大相撲中継が子供に見人気だった。テレビで見るプロレスと言えば力道山が大人気だった。テレビを見たあくる日の学校では教室の机を隅っこにやり、仮設リング?を設営してプロレスごっこが始まった。僕は相撲派なのでプロレスごっこは好きになれなかった。でも友人に誘われて、滋賀会館の地下食堂へ中学生何人かでウドンを食べるためと言うよりテレビのプロレスを見るために出かけた。電気屋の店先も満員だからと、ウドンの代金を手に握りしめ県庁前の滋賀会館を目指した、懐かしい中学生の頃を思い出した。高校に入学すると父もテレビを買ってくれた。まだ其の頃は各家庭にテレビが無い時代で近所の知り合いが見に来ていた。長い竹竿にアンテナを付けても画面にはゴーストやノイズが映り込み、決して良い条件でテレビを見られる環境では無かったが、祖母は大相撲が好きで熱心に鏡里や吉葉山らの力士を見ていた。西部劇では名犬リンチンチン?拳銃無宿らも記憶にあると懐かしいテレビ時代の始まりの頃を思い出した。そのテレビも今ではITメディアに王座を明け渡しつつある時代になった。そして新聞も危ういと言われる時代になった。そして未来はITメディアも次の世代へと・・・便利なモノとはいかなるものかと・・・パソコンのキーボードを見た。
写真は今日、撮影したものではありませんが、二枚目三枚目は琵琶湖大橋の蜃気楼(上位)と普通の時、でも守山側が少し下位蜃気楼になっています。一枚目だけが本日の琵琶湖です。

















