台風一過の琵琶湖叙景
2021/09/18
台風14号は湖国には大した被害も無く無事通過して行った。雨と風を心配したが何事もなかったと感謝した。湖岸ポタリングでは、まだ台風の影響で雲が低く垂れ込めいてる、比叡比良の上部は雲に覆われていている、水気を含んだ空気が生暖かく感じるのは台風が運んできたのかと、湖岸に佇んで写真を撮った。雲を愛でると気分が安らいで来るから不思議だ。今日の雲は積雲らの下層雲で、僕の乗っていた単発の小さな飛行機パイパースーパーキャブなら雲と戯れることが出来るのにと羨ましく空を見上げた。雲の隙間から見える青空は秋を感じさせてくれた。暑さ寒さは彼岸までと、此の時期がくると話していた祖母を何故か思い出した。そしてお彼岸にはお墓参り行かねばと空を見上げた。夕刻近く、雲と青空に誘われて又湖岸へ向った。空の青さは一段と秋を想わせてくれた。湖上の彼方の雲の間からは薄明光線が見られた。まだ台風シーズンは終わっていないが、どうか大きな台風が来ないことを祈りながら湖岸を後にした。
テレビの時間は少なく・・・
2021/09/17
最近はテレビを見る時間が少なくなった。原因はソーシャルメディアの影響も大きいとタブレットで台風情報を見ている現状に不思議を感じなくなった。もちろんスマホでも見られるが画面の大きいタブレットが見やすいからだ。そして読書時間も増えた、僕は電子書籍よりも紙媒体の文庫や単行本の方が何時でも読むことを止めるのも操作はいらないし寝転がって手で本を支えていて、間違って顔に落としても痛くないから安全だ。追最近、タブレットを胸に落とした時、顔でなくて良かったと衝撃の大きさに少し驚いた。モノを買う時はやはりパソコンを利用する、落ち着いて大きな画面で商品確認や手続きもキイボードで打ちやすくストレスを感じないからだ。心の何処かにミニマリストに憧れる気持ちがあるのに、デジカメやスマホそしてパソコンらを使用して暮している自分は何者と考える時もあり矛盾した現状を少しでも減らしたいと思うこの頃だ。テレビのニュースが自民党の総裁選の候補者を紹介しているが大統領選なら興味を持って見るんだが、一政党の代表選挙をテレビ挙げて放送している、これで良いのだろうか、メディアはもっと大切な事を報道してほしいと願うも、現代はソーシャルメディアが主流の時代へと変わってしまった。若い人達がテレビの時間には帰ることはないと思いながら時代遅れの爺は選挙報道テレビを消して、タブレットで気になる台風情報を見た。
進化し続けるスマホ
2021/09/16
今日、何時ものカフェ、タイムに寄ると知人のYさんが新しく発表されたiphone13を話題にしてテーブル仲間と会話していた。そして僕にiphone
13のカメラ性能の事で質問を受けた。ピントの合う機構が人間の目の様に見ているものだけにピントが合う仕組み?昔からフイルムで撮られた映画は主役にピントが合っていて他はボケているのはレンズの絞りを明けているので深度が浅く狙った主役にしかピントが合わないからだ。一時ビデオカメラになった折にはパンフ−カス(画面全体に焦点があっている)で平板な画面だったが最近はHDカメラと大口径レンズで主役にピントを合わせ、立体感のある画像になり、フイルム時代を超えたと言われているが、まだフイルムの味に拘った映像作家の映画も制作されているのが殆どがHDカメラだ。アップル社が今回発売するiphone13は合わせたいものにピントが自動的合うそうだ。大きなHDデジタル撮影カメラを使用せずにiphone13で映画を撮れると宣伝していた。もう既にスマホを持てばカメラマンの時代になっていて、ニュース映像等は市井のスマホを持ったカメラマンが撮った映像がテレビニュースで登場するのは日常茶飯事になった。映画も子供時代からスマホを使い簡単に動画を撮っている子供たちが映画を作るようになれば、新しい映画へと、そして誰でもが映画製作者になれる時代になるとおもった。そして棚に飾ってある8ミリフイルム撮影機を眺めながら、デジタルカメラも軈てスマホ(ihone13)に取って代わられ、無用のものに・・8ミリカメラの様に棚に飾られるのか・・デジタルカメラ市場も終焉の時が近いのではと考えるとカメラ好きの年金爺は寂しくなった。
今日の浜大津港では台風に備えて観光船ミシガン号が東向きに係留されていた。三枚目写真はライカで撮ったフイルム写真です。
秋は其処まで
2021/09/15
湖岸ポタリングで湖岸に咲いている彼岸花を見つけ、もう秋は其処まで来ているのだとデジカメで花を撮った。今年の夏は酷暑を感じずに、終わりそうだ。お陰で夏バテせずに済んだが、何故か物足りなくおもうのはジリジリと照りつける太陽光を浴び汗を滴らせながら湖岸ポタリングが出来なかったからだ。秋雨前線の停滞で梅雨を二度も感じ、おまけに大雨で大津市内でも被害が出た、そして我が家の前も川の様になり消防団の方に土嚢を積んでもらった事も今では思い出へと記憶された。今日は陽射しも優しく秋を感じさせてくれた。打出浜から湖面を見ると藻の塊が幾つも見え、浜大津の沖合ではスーパーかいつぶり号が活躍していた。少し琵琶湖の水位も下がったままでは心配だ、台風14号が雨を運んできてくれる事を願いながら膳所公園へ自転車を進めた。
日常と非日常
2021/09/14
コロナ禍での暮しが一年半が過ぎた、以前の日常を思い出す事も少なくなり今の現状が日常ではと今日もカメラを持って湖岸ポタリングに出かけた。浜大津港の寂れ様も見慣れて日常になった。湖岸の駐車場もコロナの非情事態宣言で閉鎖されているが、普段営業している時もガラ空きが日常だ。におの浜に在った西部百貨店の姿は完全に消えた。最初は建物もあり存在感を示していたが解体工事が始まると一年も経たずに更地になってしまった。広々とした空間には一二年すれば、大きな函が出来て、その眺めが日常になる日も近いのではと工事現場を写真に撮った。コロナ禍ではあるが日常の時間は流れていると自転車のペダルを漕ぐと少し先へと進む日常を待つしかないと思いながら帰路についた。

















