中島省三の湖畔通信

ウォールデン湖そして琵琶湖

2021/06/17

ウォールデン湖は今,読んでいる「森の生活(ウォールデン)」の中に出てくる湖であり池とも言われている小さな湖はアメリカのマサチューセッツ州コンコードに今も存在しているが現状は観光客らによる長年の汚染で大変な現状を知りショックを受けた。ヘンリー・D・ソローが1844年27歳の時からコンコードのウォールデン湖の森で暮らした頃のウォールデン湖の美しさを称えた箇所を読んだからだ。「森の生活」第九章ウォールデン湖では詩的な表現で小さな湖の佇まいを見事な文表現で語っていた。湖を地球上で暮らす生物、我ら仲間として生きた湖の姿を見事に立ち上げて想像力の乏しい僕にもウォールデン湖の姿が本の中から浮き上がってきた。ウォールデン湖は深さ31メートル、そして面積は25万平方メートルと小さく歴史も一万年から一万二千年と琵琶湖の400万年の歴史の差は比べようもないが、でも魅力的な湖だとおもった。その短い歴史の中で起きた湖の物語は植物から動物、そして魚、鳥、昆虫らとコンコードに暮らしたネイティブインディアンたちの話まで織り交ぜて語られる湖の讃歌に感動した。でもヘンリー・D・ソローが「森の生活」を書き上げてから170年が過ぎた、そして現状は汚染が進み問題になっている事を、もしヘンリー・D・ソローが知ったら、悲しむのではとおもった。そして僕は琵琶湖の事を過去にヘンリー・D・ソローの様に琵琶湖讃歌を書き表している賢人がいただろうかと・・・そして其のような書物があれば読んでみたいと思うが・・昔の本なら僕は読めないから・・・現代文のものを探したいと昔の琵琶湖を想像するが僕の知っている琵琶湖の情報では映像として立ち上がってこなかった。

今日も琵琶湖は美しい変化を楽しませてくれた。

三井寺の猫?

2021/06/16

僕は犬派で滅多に猫の写真は撮ることがなかったが珍しく猫の写真を撮った。犬は飼ったこともあり思い出もそれなりにある、セパード犬は少年時代と26歳の時と二度あり、二度目に飼ったセパード犬は訓練学校に出したこともあり、安心して散歩が出来た。命令通りに動き言うことも聞いたが犬にとってはストレスがたまったのではと反省している、三度目の柴犬は散歩と食事以外は呼んでも来なかったから、犬権?を持っていたのではと、可愛げのない愛犬を思い出した。最近、近くでは野良猫を見ることがないが、三井寺で見かける猫は野生の逞しさを感じる歩き方で境内や林の中で見る時も在る、数は4〜5匹は見かける事もあった。犬と違い、百獣の王ライオン・虎・豹らを想像させる歩き方は町中で見る飼い猫とは随分違うように見えるから不思議だ。正しく猫権?を持っている様だ。先日、志納所で見かけた猫は決まった係員の人から餌をもらいに来ていたところを三メートルから撮ったが、すぐに逃げた。三井寺の猫は馴れた人からの手から直に餌を受け取らないと係員が言っていた。境内には数十年前は野良犬もいたが駆除されたと記憶しているが猫は境内で猫権?を得て大丈夫のようだ。そしてパソコンで犬と猫の何方が多いのかと調べると、まだ犬派の方が多いようだ。そして湖岸で見かける犬たちの中には服を着たり靴まで履いているものを見かけると、僕は三井寺の猫の方が猫生?を生きているとおもった。そして何時までも三井寺の境内で半野生を楽しんで欲しいと猫にエールを送った。

三井寺の菩提樹

2021/06/15

今日は友人のIさんを案内して三井寺の一切経蔵の傍らに在る菩提樹の花を見に行った。一切経蔵に近づくと、エキゾチックな香りを漂わせながら菩提樹はたわわに花を咲かせ凛とした佇まいで立っていた。花の香りまでは写真には映し込めないとIさんと菩提樹の花を撮った。三井寺の菩提樹は多分インド産クワノキ科ではと思うが自信はないと香りを嗅いだ。家に帰りパソコンで調べると、有名なドイツ民謡の菩提樹はセイヨウシナノキとあり、中国ではシナノキ科の菩提樹だとあった。三井寺の菩提樹は何科なのか明日、木に訪ねてみようと思った。朝の散歩では展望台近くで赤い小さな苺を見つけた。子供の頃、三井寺の林の中で見かけたヘビイチゴではと思いながら写真に撮った。そして食べた記憶もあるのではと思った時に口の中に酸っぱさと甘みを感じた。でも食したかは定かではないと、赤い苺の実を見た。美味しそうだ、でも口に入れることなく帰宅した。

遅ればせながら「森の生活(ウォルディン)」を・・・

2021/06/14

昨日、26年も前に買っておきながら読むことがなかった本を、手に取ったことは昨日の湖畔通信に経緯を書いたが・・・もし1996年、買った時に読んでいれば僕の映像作品も少しは変わっていたのではと思った。「森の生活」の作者ヘンリー・ディヴィッド・ソローはアメリカ合衆国マサチューセッツ州コンコードに1817年7月12日に生まれてから1862年に没するまで小さな旅行や探検以外にはコンコードを離れることがなかったと記してあった。1845年にハーバード大学を卒業するも大学に残り研究を続け、1845年に大学を離れ、輝かしい経歴を捨てて人里離れたコンコードで暮らし始めた。そして森の生活はウォールデン湖の森で暮らした二年と二ヶ月の暮らしをまとめた本が森の生活だ。170年も前に記された本を昨日から読み始めたばかりだが、一人で森の中で暮らす姿は、方丈記の鴨長明とオーバラップしてくるが、此方は百七十年前で、現代で方丈記の時代と違い生活も今と余り違わないから今の社会の暮らしと比べやすく、便利なモノの無用さを考えながら読んでいる、如何にモノを欲しがる事で自分の生き方が束縛され、モノ(家・お金・資産・車)を持つことにより借金を返済するために貴重な時間を一生捧げねばならない資本主義経済の問題点を簡単で明瞭な言葉で語っているから疲れずに読み進んで行けると今日も少し読んだ。僕の好きなホセ・ムヒカ元大統領も読んだではとおもうほど賢者は似ていると思った。

今日の琵琶湖周辺には積乱雲の姿が見られ、もう夏だと実感した。

久しぶりに天声人語を・・・

2021/06/13

天声人語は言わずと知れた朝日新聞の顔みたいなものだったが。最近は読むことも少なくなった。何故か今日は天声人語に目が行った。書き出しは、森の木々たちが考える以上に「利他」的なのかもしれない。ドイツの森林管理官を務めたペーター・ヴォールベンさんの著書「樹木たちの知られざる世界」に、古い切り株の話が出てくる・・・として本の中に出てくる話を紹介していた。樹木が見えない地下では根が繋がって弱った木には元気な木から養分が送られ古い切り株が朽ちること無く生き続ける、植物の世界でも利他的な活動がおこなわれていとして、今、コロナ禍での世界の繋がりの有り様も利他的にワクチン接種も恵まれた国だけが行うのでなく平等に世界の貧しい国へも配分される事を木に例えて結んでいた。今日は何故か新聞を読む前に、三井寺の散歩では境内には、大きな木の根っこが露出しいる場所があり、以前にも写真を撮ったことがあるのに、また今日も其の場所に向かい、写真を撮ったのは何故と思いながら湖畔通信を書いているのは木に誘われたからではと思った。そして「樹木たちの知られざる世界」を注文しよう决めた。本棚を見ると「森林の荒廃と文明の盛衰」そして「森の旅 森の人」と「森の生活」の背表紙が目に入った。環境問題には興味をもっていたので買っておいって読まなかった本に気がついた。まず「森の生活」(ヘンリー・D・ソロー著)を手に取った。25年も前に買っておきながら読もうともしなかった自分に恥ながらページを開くと本の世界へ誘われた。時間が掛かるが読もうと思った。

協力し合う樹木が力強く見えた、写真は三井寺にて今日撮影。

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