スポーツの世界
2021/06/02
昨日、メディアを賑わした、大坂選手は凄い人だと感心した。スポーツ団体の組織も大きくなれば権威と権力の権化だと思っているからプロスポーツは余り好きになれないし特に老年になってからは気楽に結果を見るくらいだ。テニスもお金が大きく動くスポーツでテニス界は権力が支配している、そんな中で自分の意見を言える選手は少いと思う、そして自分の言葉で話した大坂選手の心中はと考えた。東京オリンピックでも意見を言いたい選手は幾らでもいるのでは・・・・でも大きな圧力に負けて何も言えないのが現状では・・・論理なき政治の国で筋の通らない形でオリンピックを開催するのは良いことなのかと考えた。コロナ禍が与えた地球規模の影響を良い方向に転換できればと・・もう国単位で競うのを止めてチームや個人が四年に一回ギリシャに集まりスポーツの祭典をコンパクトな形で出来ないものかとおもった。
梅雨の中休み
2021/06/01
晴れのお天気が続き、梅雨明けしたのではと思いたいほど夏を感じた。梅雨入りが今年は早かったから梅雨の中休みと言われてもピンと来ないと空を見上げると今日も雲一つない青空が夏を知らせていた。相変わらずメディアを賑わしているのはコロナ問題が殆どで最近ではテレビを見る時間も少なくなった。スマホやタブレットを見ている時間が増えたからだと少し反省した。今日の写真は人間目線で素直に紫陽花の花を楽しんだ。打出浜湖岸では黄色い花オオバナミズキンバイが徹底的に駆除され姿を見ることが無くなった、そして今では黄色い花と言えばキンシバイだけだ。僕は湖岸に咲いていたオオバナミズキンバイの黄色の花もキンシバイに劣らず美しい花だったと殺風景な人工湖岸を眺めた。
由美浜サンシャインビーチでは市民権を得たリュウキュウツキミソウが咲いていた。
紫陽花の森?
2021/05/31
今日も五月晴れとなった。好天に誘われ湖岸ポタリングも膳所由美浜まで走った。期待した紫陽花は未だ咲き始めたばかりで花数も少なかった。由美浜の白い紫陽花は毎年撮っているから赤い紫陽花から撮り始めた。僕は紫陽花の花を撮るときにはローアングルに決めている、デジカメにはバリアアングルファイダーが付いているからお手の物だ。ファイダーを見ていると虫の目線になり楽しい世界が開けた。紫陽花を見上げると、まるで紫陽花が大きな木の様に見えた。地上の虫たちは何時も此のような感じで紫陽花の森の中を彷徨っているのかと虫になった気分でシャッターを切った。そして太陽の透過光で見る其々の紫陽花の花の色に染まった光景はファンタージー映画を見ているようで楽しかった。或る人が僕の写真を例えて鳥目線の写真だと言ったことを思い出しながら鳥から虫へと変化した目線も素晴らしいと思った。
1989年5月30日?
2021/05/30
梅雨に入って二回目の五月晴れとなった。湖畔はコロナ禍にも関わらず多くの人達が好天の休日を楽しんでいた。打出浜から見る琵琶湖は赤潮の心配もなく青い水を輝かせていた。上空には積雲が思い思いに青空に描く作品を見ていると、飛行機に乗りたくなった。そして僕は過去の時間を脳内でたどると1989年5月30日の琵琶湖上空一万フィート(三千メートル)のセスナから琵琶湖全景を撮っている情景が浮かんだ。撮影窓から琵琶湖を見ると積雲が下に確認された。約千メートル下方を浮遊しながら地上に影を落としている、雲の影は航空写真には邪魔だ。暫く旋回しながら待機すると雲が移動した?そして僕はシャッターを押した。そして脳内から現実へと今日、5月30日も晴天だが積雲が多く琵琶湖の全景を撮影するのには適さないと積雲が遊ぶ空を見上げた。もう飛ぶことはないと積雲が作る見事な造形を眺めると少し切なさを感じた。積雲の高度は低く二千メートル位を漂っていて気象は安定している証拠だ。青空に雲があるだけで気分は幸せだ。今日の湖岸は何処を撮っても絵になるとデジカメのシャッターを何回も押した。
琵琶湖全景写真は1989年5月30日に撮影したものです。
樹木の根
2021/05/29
毎日の散歩で歩く三井寺の境内には大木も多くあり、森林浴をしている気分だ。木立の中からは小鳥たちの声が聞こえると、先日、テレビで鳥たちには言葉があり、コミュニュケーションをとりながら暮らしていると知り鳥語辞典があればとおもった。今日は金堂裏から参道に抜けると、斜面に露出している根っこの迫力に、思わず立ち止まった。根っこは隣の木と繋がっているようにも見え、不思議な造形に感心して、直ぐにデジカメで撮った。いつも仰ぎ見るばかりで地中の根には気が行かなかったと、反省しながら木の根の美さに見とれた。帰宅後、パソコンのお世話になると、大きな大木でも地中、三メートルぐらいだと知り驚いた。意外と根の浅いこと知った。そして台風らの強風で神社の大木が倒れている光景を思い出した。枝を張り、何十メートルと高さがある木が簡単に根ごと倒れている姿を思い出した。根っこは水や養分を吸い上げる一番、木にとっては大切な部分だとおもうと、これから先は地面を歩く時も注意をしなければと、また目を根に向けた。

















