中島省三の湖畔通信

今冬一番の寒さ

2021/01/08

今朝の寒さは一段と厳しく感じた。三井寺の蓮池も全面凍っていた。流石のアオサギも姿を見せなかった。湖岸ポタリングは登山用のダウン(モンクレ)を二年ぶりに着用して湖岸へ向った。今回の寒波は日本海側に大雪をもたらしている、琵琶湖周辺の山にも大雪を降らせて欲しいと願った。今年こそ琵琶湖が深呼吸できるほどの冷たい雪解けの水を琵琶湖に注いで欲しいからだ。彼方の比良山の積雪は少なく見えるが湖北の山々には相当に積もっていると聞いた。久しぶりの冷たい空気の密度の高さを感じた。夕方、テレビでワシントンの議事堂乱入のニュースを再度見た、どう考えてもポピュリズムによるクーデター?ではとおもってしまうほどの騒乱だ。もちろんトランプが先導しなかったら此処までの大事にはならなかたのではと思うのは僕だけではないとおもった。そして湖岸へ夕景を見に出かけた。寒さ一段と厳しくゆっくりと夕景を楽しむ事はできなかった。帰路、振り向くとサンロードが見え自転車を留めデジカメのシャッターを押した。

寒波襲来

2021/01/07

温暖化といっても冬は寒いのだ。湖岸ポタリングは風も強く自転車は快適に走れるのは行きだけで帰路は地獄だ。写真を撮っていても風に煽られて構図が狂った。雪雲が西から東へ進んでいる湖面は硬さを感じる波が立ち水鳥も大変だ。あまりの寒さに負けて帰路は市内へ入った。西武百貨店も解体工事が進み辺りには人影もなく寂しさが漂っていた。午後はアレックスシネマ浜大津へ気になる映画「百日間のシンプルライフ」(ドイツ映画監督フロリアン・ダービヒ・フィッツ)を見に行った。前回に続き、大きな空間を独り占めで映画を楽しんだ。映画は以前に見たドキュメンタリー映画にヒントを得た、ミニマリストの映画だ。二人の青年がアプリを開発して高額なオファーを受け、二人がひょんな事で賭けをすることになり自分たちの持ち物一万点を預け百日間を一日に一つだけ、品物を選びだし生活してゆく様は俄ミニマリストをコミカルに描きながら、現代の物の溢れた時代を考えさせられる楽しい映画ではと、おもいながら見終えた。映画のラストでは久しぶりにスッキリとした、訳は詳しく語ると映画の面白みがなくなるので簡単に、デジタル機器(スマホ)の終焉は?こんなもので良いと考えた映画だった。

ホームレス

2021/01/06

昨夕、テレビニュースがコロナ禍の影響で倒産する企業や経営悪化らで失業して行き場のない人を取材したニュースを見た。会社の寮を出て泊まる場所も無くなった人は何処へ・・・と考えた時、今日、読み終わった、JR上野駅公園口(柳美里著)の中で語られる、上野公園のホームレスの人達をおもいだした。好んでホームレスになった人などは誰もいないとおもった。小説だが著者が取材をして書き上げた物語は最近読んだ小説では特に印象に残った。主人公の人生に降りかかる不幸は耐え難いと思いながら読んだ。ホームレスの人達の間で「山狩り」と言われる非情な強制退去の実情は弱いモノたちは絶えず酷い目に会わねばならない国という社会での闇の深さを感じた・・・でも著者が後書きの中で、ホームレスの言葉を語っていた、(引用)「あんたには在る。おれたちには無い。在る人に、無い人の気持ちは解らないよ」を読んだ時、僕は恥ずかしくなった。いくら正論を語っても家があり食べ物にも困らず、日常を過ごしているものが綺麗事で語っても本質には迫れないのではと深く反省した。何時も僕は思う、美しいスタジオから高給をもらっている人達がいくら正論を吐いても絵空事だとおもった。この本の解説では原 武史氏が天皇制の呪縛がとけることなく続くこの国の現状を記していた。そして敗戦から続くアメリカの呪縛もとけることもなく時が流れるこの国は何処へ向かうのかと僕は空を見上げるしか無かった。

昔の面影もなく・・・

2021/01/05

コロナ禍で重く暗い空気が漂っている現状では晴れている日よりも曇った冬日の方が似合っていると湖岸ポタリングに出かけた。浜大津港ではコロナの影響で大型船の周航に変わりメグミ号(122トン)がメイン桟橋に係留されていた。観光客の姿もなくひっそりとした正月明けだ。打出浜で写真を撮っていると後ろから声をかけられた。振り向くと双眼鏡を持った婦人から彼方に見える白い山の名前を尋ねられた。蓬莱山だと伝えると若い頃に登山した事らを話され、神戸からと、そしてコロナの多いところからきましたからと言われた、ソーシャルディスタンスで少し会話した。帰路、商店街の自転車店でブレーキシューを取り替えてもらった、店主と賑やかだった頃の話をしながら通りを見ても人影もなく寂しいさが漂う商店街は昔の面影すら感じる事はなかった。そして菱屋町の正月風景をデジカメで撮った。アーケードに下げられた垂れ幕には菱屋町の字は見えるが迎春の文字が無かった。振り向くと石橋町の垂れ幕には迎春の文字が見えた、同じ中町商店街なのにと寂れゆく大津の中心街の実情が表れているとおもった。

蓬莱山

2021/01/04

今日の朝刊(朝日)の第一面を見ると「少雪なのにドカ雪」の文字に目が行った。地球温暖化の影響での雪不足で閉鎖するスキー場の記事を読んだ。湖岸ポタリングに出かけ打出浜から琵琶湖の彼方の蓬莱山を眺めた、例年どおり雪も少なく、びわ湖バレイスキー場も雪不足ではとおもった。僕が蓬莱山へ山スキーに向ったのは1964年の冬だったと記憶している其の時代は山頂へ向かうにはリフトもケーブルカーそしてゴンドラも無く人力で登るしか山頂ヘは行けなかった。そして僕は秀岳荘の木製のスキーに金具はカンダハが付いた山スキー、そしてシール(アザラシの毛皮)をスキーの裏に取り付けて江若鉄道の蓬莱駅から蓬莱山(1173.94メートル)を目指し単独登山した事をおもいだした。当時は山頂は3メートル近くの積雪があり5時間ほど掛かり、小女郎峠に着いた。山頂で京都山岳会のメンバーに単独行は危険と言われてパーティに加えてもらったことや、打見山ではカーレーターの工事現場が雪に埋もれていた事も懐かしく思い出した。リフトなど人工物のない蓬莱山から打見山めがけて直滑降(技術が無いから)で滑り降りた山は開発の波を受けて見事に自然は破壊されスキー場に変化した。カーレーターで20分で山頂への売り物でサンケイバレイ・スキー場が開設されたのは1965年だった。そして今ではびわ湖バレイと称されてアルプスゴンドラで5分で山頂へ上がれる様になった。雪不足は人工雪でカバーして冬場のスキーシーズンを営業しているのが現状だ。僕も人工骨頭の左足ではスキーは無理と諦めているが雪を見ると心が踊る、でも人工雪のスキー場には興味が無く、と言ってもリフトやゴンドラを利用して信州や岐阜そして北海道のスキー場で楽しんだ事もあり便利さを非難できる立場でないと雪の少い蓬莱山を眺めた。そして真剣に地球温暖化の危機を真摯に受け止めて対策行動を起こさなければ大変な事態になるとおもった。

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