中島省三の湖畔通信

蓬莱山

2021/01/04

今日の朝刊(朝日)の第一面を見ると「少雪なのにドカ雪」の文字に目が行った。地球温暖化の影響での雪不足で閉鎖するスキー場の記事を読んだ。湖岸ポタリングに出かけ打出浜から琵琶湖の彼方の蓬莱山を眺めた、例年どおり雪も少なく、びわ湖バレイスキー場も雪不足ではとおもった。僕が蓬莱山へ山スキーに向ったのは1964年の冬だったと記憶している其の時代は山頂へ向かうにはリフトもケーブルカーそしてゴンドラも無く人力で登るしか山頂ヘは行けなかった。そして僕は秀岳荘の木製のスキーに金具はカンダハが付いた山スキー、そしてシール(アザラシの毛皮)をスキーの裏に取り付けて江若鉄道の蓬莱駅から蓬莱山(1173.94メートル)を目指し単独登山した事をおもいだした。当時は山頂は3メートル近くの積雪があり5時間ほど掛かり、小女郎峠に着いた。山頂で京都山岳会のメンバーに単独行は危険と言われてパーティに加えてもらったことや、打見山ではカーレーターの工事現場が雪に埋もれていた事も懐かしく思い出した。リフトなど人工物のない蓬莱山から打見山めがけて直滑降(技術が無いから)で滑り降りた山は開発の波を受けて見事に自然は破壊されスキー場に変化した。カーレーターで20分で山頂への売り物でサンケイバレイ・スキー場が開設されたのは1965年だった。そして今ではびわ湖バレイと称されてアルプスゴンドラで5分で山頂へ上がれる様になった。雪不足は人工雪でカバーして冬場のスキーシーズンを営業しているのが現状だ。僕も人工骨頭の左足ではスキーは無理と諦めているが雪を見ると心が踊る、でも人工雪のスキー場には興味が無く、と言ってもリフトやゴンドラを利用して信州や岐阜そして北海道のスキー場で楽しんだ事もあり便利さを非難できる立場でないと雪の少い蓬莱山を眺めた。そして真剣に地球温暖化の危機を真摯に受け止めて対策行動を起こさなければ大変な事態になるとおもった。

正月3日

2021/01/03

やっと正月三が日が過ぎた。父親のいいつけで静かにしている正月が終わりほっとした事をおもいだした今日だった。今年の正月風景は何処もコロナ禍で静かだとニュースが伝えていた。三井寺も例年なら初詣に訪れる人も多く見かけるのだが、今日の散歩では人も少なく寂しい佇まいがコロナ禍時代を感じさせてくれた。蓮池に寄ると何時も見るアオサギは池の魚を食べ尽すつもりらしい今日も池の側で獲物の動きを待っていた。件のアオサギ君なら、食べ尽すだろうかと考えながら池を後のした。一方、湖岸はビニール製の凧を上げる家族連れや犬を連れた人も多く見かけた正月3日だった。

56億7千万年?

2021/01/02

今日も無事に雑煮の餅を食し三井寺への散歩、そして湖岸ポタリングで湖岸へ向った。浜大津一本木コロッセオ公園で空を見上げると雲がお釈迦様の形に見え、自転車を留めて暫し眺めていると、弥勒菩薩の話をおもいだした。弥勒菩薩が56億7千万年後に如来になってこの世を救いに来られると云う予言?をおもいだした。でも地球の寿命は50億年と言われているから56億7千万年後では地球は消えているのではと少し矛盾を感じながら雲を見た。雲の釈迦像は右手でガンダーラを指しているよにもみえた。そして僕は人間の考えも及ばない世界の話しを理解しなくても良いと思いながらデジカメのシャッターを押した。打出浜から琵琶湖を見ると上空に在った釈迦像の雲はガンダーラへと向ったのか姿は消えていた。今日の琵琶湖は優しい佇まいで何時も見る日常の姿を見せてくれた。

めでたさも・・・・

2021/01/01

新しい年が始まると言っても続いている時間の一区切りと新年を向かえた。小林一茶の句、めでたさも中くらいなりおらが春、をおもいだした。解説を読むと、中くらいは、どうでもよい、とのこと、本当に正月など、どうでもよいと思える、3月がくれば81歳になる爺だ。幸い元旦の雑煮も喉に詰めること無く無事食した。三井寺への初散歩で展望台から見る琵琶湖は穏やかに見えた。今年こそ琵琶湖が深呼吸してくれる気象条件が整うことを祈った。午後、湖岸ポタリングに出かけると、雪雲の勢力が増したのか湖岸は風も強く彼方は雪雲もに覆われて視界は不良だ。今年の先行きを見ているようで、厳しさを予想した。今年、読み始める本も暗い目の方がと暮れに買って置いた、柳美里氏のJR上野駅公園口を読み始めた。コロナの勢いは増すばかりでホモ・サピエンス最大の危機を無事に乗り越えられるとは思えなくなったこの頃だ。相当の覚悟をしなければと思うが軟弱な年金爺は乗り切れるか分からないが、厳しい年になるとおもった。では 本年もよろしくおねがいします。そして少しでも明るい湖畔通信が書ければと思った。

大晦日

2020/12/31

大晦日、コロナ禍の影響で社会の日常が変わってしまった。こんな経験をすることも無く、人生が終わるとおもっていたのに、悪いことか、良いことか、分からないが貴重な経験をしたことには変わらないと思った。信仰心の無い僕も今日はお墓参りに出かけた。墓参りは祖母との約束だ。幼い頃から祖母に連れられてお墓参りにはよく行ったことをおもいだしながら参った。湖岸ポタリングで見る琵琶湖の彼方は雪雲に覆われていて天気予報の通りだと思いながら今年最後の琵琶湖を眺めた。三井寺では除夜の鐘の準備が整っていた。コロナの終息を願って行われると看板に記してあった。帰路、振り返ると夕焼けが大晦日を演出してくれ華やかな夕景となった。

本年も拙い写真と文章にお付き合いいただき本当にありがとうございました。どうか良いお年をお迎えくださいますように・・飛行老人

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