中島省三の湖畔通信

湖畔で見かける鳥

2020/12/05

冬の湖岸ポタリングは季節風が強く吹くと辛いが、今日の様な穏やかな日は水辺の鳥たちを観察したり、写真を撮って楽しむことが出来るから好きだ。浜大津港では今日もカワウの学校は開校して賑わっていた。でも一時より数は減ったように思った。夕方、近くカワウは低空飛行の編隊で大石の塒へと帰ってゆく姿は見事な眺めだ。琵琶湖は風が無くカモやオオバンが長閑に湖上に浮かんでいる姿を見ていると太平洋戦争の最中に作られた、記録映画「ある日の干潟」をおもいだした。激しい空襲や厳しい耐乏生活の戦時下で「ある日の干潟」を見た人達は長閑な干潟に暮らす水鳥たちを見てどんな思いになったのかと・・早く戦争が終わって鳥たちの様な平和な暮らしがしたいと思ったのではと湖上の水鳥を眺めた。そして鳥たちはコロナの心配もせずに毎日、自由に過ごしている姿を見て羨ましく感じた。カメラを構えて湖上のシラサギをファインダーに入れると丁度シラサギが魚をゲットしたところが撮れた。そして鳥たちは自分で餌を勝ち取らねば生きて行けない厳しさを僕に見せてさっそうと飛び去った。

雲一つ無い空・・・

2020/12/04

湖岸ポタリングで毎日走る湖岸から見る琵琶湖の風景に必要なものは雲だと思った、今日は空を見渡しても雲の姿は確認できなかった。雲一つ無い晴天が必要なのは航空写真を撮る時だけだ。そして空を見上げると、急に飛行機に乗って、上空3000メートルから琵琶湖全景を撮りたいとおもった。雲がない日は航空写真に適しているのは、地上に雲の影が映らないからだ、そして此のようなお天気は年に5日とは無いだろうと雲を探すも見つからなかった。午後は京都へ友人たちと出かけた。そして京都の空を見上げても雲一つ無い青空が広がっていた。夕方、自転車に乗って湖岸へ向った。打出浜から琵琶湖を見ると何だか寂しく感じた。それは雲が一つも見当たらないからだ。もし地球が最後の日を迎える時は、雲が見える琵琶湖を見せてほしいと願った。

利他的・・利己的

2020/12/03

「生物学入門」(五箇公一著)を楽しく読み終えた。ホモ・サピエンスも動物だが、利他的な精神を持っているのは人間だけだと書いてあると、少し自信をもって本を閉じられた。ダニの話は面白く刹那くも感じながら読んだ。遺伝子やウイルスの話はタイムリな話題ではと・・ウイルスもそれなりに苦労して生きる道を探し人間に辿りつたが人間にとってはありがたくない話だ、でも原因を作ったのは人間の経済活動で招いたことだと少し反省もした。生物の殆どは利己的行動でくらし進歩を続けている、人間だけが他の人の事を考え、助け合ったりして進化してきたと本にあった、でもホモ・サピエンスは最近は自己中になったのではとも記してあった。本の終わりの方では、今こそ利他的ヒューマニティーという、人間だけが持つ武器を発揮させる必要があります。今、人類全体が、人間社会に不安とともに広がる分断と対立を乗り越えて・・・立ち向かわなくてはならないときだと考えます。と著者は結んでいた。相変わらず今日もメディアはコロナの恐怖を煽るばかりだ、ポストコロナの社会の未来象は希望が持てる社会なのだろうかとテレビニュースを冷ややかに見た。

雲のバレエ?

2020/12/02

毎日の湖岸ポタリングでの楽しみは色んな雲を見られるからだ。今日、浜大津湖岸から琵琶湖を見ると遥か高空で雲がバレエを演じているように見えた。まるで刷毛で描いた様な軽やかな雲が青空に舞っている光景に見入りながら写真を撮った。雲の種類や名前は「空の名前」(橋健司著)で僕の撮った写真とよく似た雲を探すのだが、色々な名前が付けられているが、簡単ないわし雲や羊雲、波状雲、放射状雲、もつれ雲と其々名前がつけられているが別に見た人がイメージで名前を考えても差し支えないのではとおもった。さしづめ今日の雲はバレエ雲?白雲は踊る?と言ったところかと自分に笑った。そして同じ形は無いのだから、雲は花や昆虫、動物、魚の様に図鑑を作るのは難しいのでは考えた。僕が毎日、散歩や湖岸ポタリングで撮る写真の雲も同じ形や色など同じものが無いのは決まったことだ、これから先も雲の姿を撮り続けよう、そしてチマチマした名前など考えずに雲を楽しもうと思った。

コロナ感染報道

2020/12/01

毎日テレビか伝えるコロナ感染状況は恐怖を煽っているようで本来ならコロナの発生した社会環境や原因らをもっと大きな視野で語るコメンティターがいても良いのではと考えながらテレビを見た。毎日メディアが伝える情報はステージ4に近づいて重症者を収容するベッド数が逼迫していて医療崩壊が起きかねないと伝えるばかりで解決策らを語らず市民にコロナの恐怖を伝えているだけでは社会は暗く落ち込むばかりだ。読書中の生物学入門はタイムリな本だ、生物としてホモ・サピエンスの立場が理解でき大きな自然の中で今起きているコロナウイルス騒動も小さな事だとおもうと気分は少し楽になるから不思議だ。もともとウイルスは野生動物の体内の中で大人しく暮れしていたものが、野生動物の居住区域をホモ・サピエンスの過激な経済活動により自然破壊が進み生存区域が少なくなり動物が激減したから、やむ無くウイルスはホモ・サピエンスへと住処を変えたのだとわかったのは、生物学入門を読んだからとおもった。自然界の中で起きる生存競争とくにウイルスに、ホモ・サピエンスは科学で対抗しても永遠に決着する筈がないと思った。地球の環境問題は温暖化によって多くの問題が噴出してきた現代社会をどのように上手く解決できるかはホモ・サピエンスの知恵と行動がなければ良い方向へは向かわないのではと思った。

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